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山城 (やましろ)の 久世(くせ)の鷺坂(さぎさか) 神代(かみよ)より
春ははりつつ 秋は散りけり
=巻9-1707 作者未詳=
山城の久世の鷺坂では、神代の昔から、このように春には木々が芽ぶき、秋になると木の葉が散って、時がめぐってきたのだ。という意味。
「山城の久世の鷺坂」は京都府城陽市の久世神社の東の坂で、大和から近江へ通じる街道に当たっていた。
街道で絶えず往還する鷺坂から眺める景色がいつの年も規則正しく季節に応じて変化している、ということに感動して歌った歌だ。
「はりつつ」の「はる」は、「萌る」で、春に草木の芽や蕾がふくらむこと。
歌碑の説明に、
”江戸幕府の老中・久世大和守の屋敷があったため、ここは久世山と呼ばれていた。昭和になって、この辺りに住んだ文人が、山城国の久世の鷺坂と結びつけ、ここを鷺坂と呼んだのが地元住人に受け入れられ定着した。この歌碑は久世山会が建てた。”とある。
何故、京都にある坂の歌の歌碑がここ文京区小日向(こひなた)にあるのかが、上記歌碑の説明でわかった。
山城国の久世の鷺坂と結びつけて称したくらい、ここ小日向の久世の鷺坂は、
明治時代は坂下には旧江戸川(現神田川)が流れ、見晴らしもよく桜の名所であったようだ。
この歌碑は昭和7年7月に建てられたもので、地下鉄有楽町線江戸川橋駅から北へ200m程のところの、
東京都文京区小日向2丁目19と21の間にある鷺坂の曲がり角に立っている。
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