飛鳥への旅

飛鳥万葉を軸に、
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死者の書の旅 その5(小説「死者の書」第5-7章”郎女神隠し”)

2006年09月08日 | 死者の書の旅
第5章は、死者が記憶を思い起こす場面から始まる。

「おれは活きた。闇い空間は、明りのやうなものを漂わしてゐた。・・・
耳面刀自。おれには、子がない。子がなくなった。おれは、その栄えてゐる世の中には、跡を貽(ノコ)して来なかった。子を生んでくれ。おれの子を。・・」

南家郎女が留まる万法蔵院の小庵の戸を、明け方前に激しく揺する物音があった。

第6章は、郎女の失踪。家から二上山へと行く。奈良の家屋敷の描写。失踪前の郎女の称讃浄土経の写経、千部写経を始める。そして彼岸の日に二上山の峰の間に荘厳な人の俤を見る。

「郎女の家は、奈良東城、右京三条第七坊にある。祖父(オホヂ)武智麻呂(ムチマロ)のこゝで亡くなつて後、父が移り住んでからも、大分の年月になる。父は、男壯(ヲトコザカリ)には、横佩(ヨコハキ)の大將(ダイシヨウ)と謂はれる程、一ふりの大刀のさげ方にも、工夫を凝らさずには居られぬだて者(モノ)であつた。・・・」
「姫は、ぢつと見つめて居た。やがて、あらゆる光りは薄れて、雲は霽(ハ)れた。夕闇の上に、目を疑ふほど、鮮やかに見えた山の姿。二上山である。その二つの峰の間に、あり/\と莊嚴(シヤウゴン)な人の俤が、瞬間顯れて消えた。後(アト)は、真暗な闇の空である。・・雲がきれ、光りのしづまつた山の端は、細く金の外輪を靡(ナビ)かして居た。其時、男嶽・女嶽の峰の間に、あり/\と浮き出た 髮 頭 肩 胸――。姫は又、あの俤を見ることが、出来たのである。・・」

そして第7章は、郎女の神隠しである。

「南家の郎女の神隱(カミカク)しに遭つたのは、其夜であつた。家人は、翌朝空が霽(ハ)れ、山々がなごりなく見えわたる時まで気がつかずに居た。
横佩墻内(ヨコハキカキツ)に住む限りの者は、男も、女も、上(ウハ)の空になつて、洛中洛外を馳せ求めた。・・姫は、何処をどう歩いたか、覚えがない。唯、家を出て、西へ/\と辿つて来た。・・姫は、大門の閾(シキミ)を越えながら、・・岡の東塔に来たのである。・・山ををがみに……。まことに唯一詞(ヒトコト)。當(タウ)の姫すら思ひ設けなんだ詞(コトバ)が匂ふが如く出た。・・奈良の家では誰となく、こんな事を考へはじめてゐた。此はきつと、里方の女たちのよくする、春の野遊びに出られたのだ。――」
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写真は奈良の明日香(現在の奈良市奈良町)に残る中将姫ゆかりの場所
写真①:高林寺:中将姫が住んでいた屋敷あと
写真②:誕生寺:中将姫誕生の地
写真③:徳融寺:藤原豊成公(中将姫の父)の邸跡
写真④:徳融寺:豊成公と中将姫の御廟と伝える二基の宝きょう印塔