飛鳥への旅

飛鳥万葉を軸に、
古代から近代へと時空を越えた旅をします。
「リンクメニュー」(分類別目次)機能付。

万葉アルバム(関東):千葉県、木更津市馬来田 武田川・町原橋畔

2012年07月23日 | 万葉アルバム(関東)

春の野に 霞たなびき うら悲し
この夕影に うぐひす鳴くも
   =巻19-4290 大伴家持=


春の野に霞がたなびいて(このように季節は春の盛りを迎えたというのに)私は切なさで胸がいっぱいになる、この夕暮れの光の中に、鶯が鳴いているのを聞くと。という意味。

「うら」は心、「夕かげ」は夕方の淡い光の意味。

天平勝宝5年2月23日の有名な歌。
家持はこの2年前に少納言に任ぜられ、越中から帰京しているが、政治の実権は藤原仲麻呂に握られ、家持には大伴家の没落をひしひしと感じる時期にあたる。
この歌は家持自身の心の反映なのだろう。大伴家の没落、それを再興しようと試みるが、巨大な政治の渦の中でもがき苦しんでいるように思う。

馬来田と大伴家持の関係、実は・・・
壬申の乱で大友皇子は自殺したとされるが、実は房総上総に逃げ延びたという伝説あるのだ。
市原の飯給に関係した神社があるし、隣の君津市の小櫃の白山神社とかお腹川がありその川で切腹したとか、木更津市の富岡地区に12所神社があり、つき添いの后12人の伝説を持っている。その中の1つに、「大伴馬来田」という武将がいたといわれ、上総に逃げ延び上陸したとして、馬来田の名の起こりになっているようだ。
大伴馬来田の兄に大伴長徳がおり、その曾孫が大伴家持なのである。

この写真の万葉歌碑は木更津市馬来田の武田川・町原橋畔に建てられている。
馬来田の里山の雰囲気はまだまだ万葉の頃の息吹が感じられるようだ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿