消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.136 補充移民

2007-07-27 22:15:18 | 老齢化社会を生きる(福井日記)

 補充移民(Replacement Migration)とは、出生率の低下がもたらす高齢化社会を回避するために必要とされる国際人口移動のことを指す。

 2000年3月、国連経済社会局人口部(Population Division, Department of Economic and Social Affairs, United Nations)が、『補充移民:人口減少・高齢化の解決策か?』という報告書を出している(公刊は2001年、UN[2001])。

 それによれば、1995年から2050年の間に、日本とヨーロッパのほとんどの国が人口減少に直面する。イタリア、ブルガリア、エストニアなどでは、人口が、現在よりも4分の1から3分の1ほど減少するであろうと推計されている。

 加えて、高齢化が急速に進行する。それは、中位数年齢に表現される。たとえば、イタリア。中位数年齢は2000年には41歳であったが、2050年には52歳にまで伸びると予想される。高齢者を65歳以上、若者を生産年齢人口(15~64歳)と定義しよう。高齢者人口に対する生産年齢人口の比率を扶養人口指数とする。つまり、それは、高齢者1人を何人の若者が支えているかという数値である。イタリアの現在地は4~5である。これが2050年には2になる。つまり、高齢者を支える若者数が半減するのである。

 国連人口部の報告書は、少子化で悩む8か国と2つの地域の推計を行ったものである。8か国とは、フランス、ドイツ、イタリア、日本、韓国、ロシア、英国、米国であり、2つの地域とは、ヨーロッパ、欧州連合(EU)である。

 これら諸国は、低出生率と寿命の伸びによって、急速に高齢化が進行する。ただし、米国だけは、今後50年間に人口は4分の1ほど増加する。1995年時点で米国の人口を1億5,000万人ほど上回っていたEUの総人口は、2050年には1,800万人ほど下回る。

 ヨーロッパの中では、イタリアがもっとも深刻な人口減少に見まわれる。総人口は、1995年から2050年にかけて28%ほど減少しそうである。

 少なくとも、かなり長期にわたって、先進国では人口が増加する展望はほとんどない。それゆえに、国連報告書は、補充移民なしに将来の人口減少を回避することができないと主張している。ただし、必要とされる補充移民の規模は、国、地域によって異なる。

 EUでは、1990年代の移民の純流入を維持することによって、人口減少を十分阻止できる。しかし、ヨーロッパ全土では、この倍近い移民の流入が必要となる。

 韓国は、必要補充移民数は多くはないものの、これまでの移民送出国から移民受入国に転換する。イタリアと日本の必要補充移民数はかつてないほど大規模なものである。フランス、英国、米国は、近年の水準の入移民数をやや下回る数で人口規模を維持しうる。

 高齢者を支える若者を増やすためには、人口規模を維持するのに足りる補充移民数だけでは足りない。より大規模な補充移民を必要とする。

 その結果、総人口に占める入移民とその子孫たちの割合は、日本、ドイツ、イタリアでは30~39%にも達すると推計されている。

 補充移民なしに、扶養人口指数を現在のレベルに維持するには、生産年齢人口の定義を変えなければならない。15歳から75歳までを生産年齢人口としなければならない。つまれい、10歳上限を引き上げなければならなくなる(同報告書に関するプレス・リリース、http://www.un.org/esa/population/unpop.htm)。

 もちろん、報告書は、補充移民だけでこと足れりとしているわけではない。定年の年齢を引き上げ、高齢者の医療保障を充実させ、労働力を保護し、年金・医療保険を拡充させるべく、雇用者・被雇用者の負担を増大させる、等々の施策を呼びかけている。しかし、移民と地元民との共生が可能となるような社会建設を、報告書は、もっとも重視しているのである。ただし、容易に想像されるように、ことはそれほど簡単なものではない。

 人口減少と高齢化の進展という2つの流れを摘出するのに、この報告書は、6つのシナリオ(ケース)を置いている。

 シナリオ1は、1998年の『国連人口予測』(UN[1998])の想定に基づく推計値。これは、入移民を含めた単なる人口推計値である。2000~2050年までの推計であるが、ここでは、日本は、50年間にわたって入移民ゼロと想定されている。入移民は米国とヨーロッパに集中する。米国では、50年間で3,800万人、年平均76万人の入移民がある。ヨーロッパ全体では、50年間で1,880万人、年平均37万人強の入移民があると想定されている。

 シナリオ2は、シナリオ1に、1995年以降は入移民ゼロという想定を加えたものである。当然、人口減少・高齢化の進展はシナリオ1よりも急激になる。

 シナリオ3は、2000年時点での人口規模を維持するために必要とされる補充移民数である。米国を除き、シナリオ1で推計される入移民の数よりも、必要とされる補充移民の数の方がはるかに大きい。たとえば、イタリアでは、シナリオ1の50年間の入移民数30万人、年平均6,000人に対して、シナリオ3では、必要補充移民数は、それぞれ、1,260万人、25万1,000人と格段の大きな数値になる。EUで見ると、シナリオ1ではそれぞれ1,300万人、27万人に対して、シナリオ3では、4,700万人、94万9,000人になる。

 シナリオ4では、生産年齢人口数を維持するのに必要な補充移民数である。この数値は、シナリオ3よりも大きい。たとえば、ドイツでは、シナリオ3の1,700万人、34万4,000人から、シナリオ4では、2,400万人、48万7,000人になる。生産年齢人口100万人を維持するためには、イタリアはもっとも多数の補充移民を必要とし、年平均6,500人が必要である。次がドイツで6,000人、もっとも補充移民を必要としない米国ですら、100万人の生産年齢人口当たり、年平均1,300人を補充する必要がある。

 シナリオ5では、高齢者1人を支える若者(生産年齢人口)の数が3人に維持するのに必要な補充移民数である。こ数値は、シナリオ4よりも大きい。たとえばフランス。50年間に必要な補充移民数は、シナリオ4の500万人に対して、シナリオ5では、1,600万人になる。日本も、3,200万人から9500万人になる。

 シナリオ6では、1人の高齢者を支える若者の数を2000年時点のその国数値を維持するのに、必要な補充移民数である。この数値は、シナリオ5よりも格段に大きい。たとえば日本では、5億2,400万人(年平均1,050万人)という、とてつもない巨大な数値になってしまう。EUでは、6億7,400万人(年平均1,300万人)。もちろん、報告書は、こうした想定は非現実的なもので、単なる例証だけだとことわっているが(UN[2001], p. 3)、2000年時点の高齢者人口を支える生産年齢人口比を将来50年間にわたって不変とするためには、こうした天文学的数値となるのである。


 日本のみを抽出すれば、以下のようになる。

 総人口は、1995年の1億2,547万2,000人から2050年には1億492万1,000人にまで減少する(ibid., p. 126, Table A.8)。同時期、生産年齢人口は、8,718万8,000人から5,708万7,000人に減少する(ibid.)。高齢者人口は、1,826万4,000人から3,332万3,000人に激増し(ibid., p. 127, Table A.8)、総人口に占める高齢者人口の割合は14.6%から31.8%に激増する(ibid.)。高齢者人口に対する生産年齢人口、つまり、扶養人口指数は、4.77から1.71に下がる(ibid., p. 126)。

 そして、2050年、必要な補充移民とその子孫が総人口に占める割合は、人口規模を2005年現在の水準に維持するというシナリオ3では17.7%になり、同じく2005年水準での生産年齢人口を維持するというシナリオ4では30%、扶養人口指数を3.0の水準に維持するというシナリオ5では54%、1995年の扶養人口指数4.8を維持するというシナリオ6では87%にもなる(ibid., pp. 53-54)。



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