消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(290) オバマ現象の解剖(35) 米中融合(4)

2010-03-10 20:47:09 | 野崎日記(新しい世界秩序)

三 各国の米国債保有状況


 米国債の購入地図はこの数年間で大きく塗り替えられた。中国の躍進はいうまでもないが、米国の運命共同体である英国もしばらくは保有額を減少させていた(日本と同じく、〇九年五月より盛り返している)。〇九年五月一六三七億ドル、六月二一四〇億ドル、七月二一九九億ドル、八月二二六九億ドル、九月二四九三億ドルと第三位を回復)。

 オフショアの金融機関の存在感が増大した。

 そして、意外なことに米国の忠実な僕(しもべ)であるはずの日本が麻生元首相訪米前までは米国債購入を減らしていた。ただし、その後、急増させている(〇九年五月六七七二億ドル、六月七一一八億ドル、七月七二四五億ドル、八月七三一二億ドル、九月七五一五億ドルと中国に追いつきつつある)。

 また急速に台頭してきた新興国、とくにブラジルが重要な購買者としてのし上がってきた。

 〇九年二月時点での米国債保有上位五か国・地域は以下の通りである。括弧内は、前年同期比である。この時点の数値を採用したのは、まだオバマ外交が本格的に展開されていず、各国がオバマ政権の動向を注視していた段階だからである(http://www.treas.gov/tic/mfh.txt)。

 一位は、いうまでもなく中国で七四四二億ドル(前年同期比五二・八%増)。
 二位は日本で六六一九億ドル(一三・五%増)。じつは日本は〇五年から〇六年に減少させていた。〇八年中に少し買い増したが、それでも絶対額において〇五年水準に戻っていなかった。

 三位にカリブ諸島に登録されている金融機関。タックス・ヘイブンの金融機関が購入者として急浮上した。一八九一億ドル、対前年比八二・〇%という激増ぶりである。世界金融危機の原因の一つであるタックス・ヘイブンへの依存を米国政府が強めたことは、オバマ政権が金融規制を強化できないことを示している。

 四位は石油輸出国で 一八一七億ドル (二四・四%増)。個別の国の名前を出さずに石油主出国として一括されている理由は、政治的な意味がある。中東の複雑な政治状況の下で、特定の国の突出を公表したくないという米政府の思惑を示すものである。オイル・ショックのときのキッシンジャー(Henry Alfred Kissinger)外交の産物である。膨大なオイル・ダラーで米国債を大量に買ってくれるはずのサウジアラビアの名前を、アラブ諸国から親米だと非難されないためにも、出したくなかったからであるといわれている(Fisk[2009])。

 そして五位ブラジルの一三〇八億ドル (一〇・八%減)。その他が一兆二五四三億ドル (二四・三%増)。

 合計三兆一六二〇億ドル (二八・〇%増)である。全体として、対前年比二八%も増えたという数値だけを見るかぎり、通常いわれているようなドル忌避はないと受けとられかねない。しかし、そうではない。少数の国が、強い政治的な思惑から買い増していることと、オフショア市場を利用した巨大な投資集団による急激な米国債購入の増加が、ドル忌避はないとの印象を与えているだけのことである。中国、カリブ、ブラジルがドル崩壊を食い止めている三つの勢力であった(〇九年三月にはロシアが急浮上して、ブラジルを抜くことになる)。〇八年九月に、日本が中国に首位の座を譲って以来、わずか半年で、米国債の保有額で、八二三億ドルの大差がついた(http://blogs.yahoo.co.jp/yada7215/51439197.html)。

 〇九年での、これら上位五か国の位置は、〇五年一二月時点から大きく変化している。

 〇九年で一位の中国は、〇五年では、三一〇〇億ドルで二位であった。〇五年一二月から〇九年二月までのわずか三年と三か月で保有額を二.五倍弱に増やしたのである。

 〇九年で二位であった日本は、〇五年時点では六七〇〇億ドルと飛び抜けた一位であった。しかし、〇五年から〇九年にかけて日本は買い増すどころか、八〇億ドル強ほど保有額を減らしている(ただし、繰り返しになるが、この二月時点から九月までに、日本は八九六億ドルも激増させた。末期の麻生政権の政策であった)。

 三位であったカリブのオフショア金融勢力は、七七二億ドルで五位であった。三年そこそこの間に、保有額を二・四倍強ほど激増させたのである。

 四位であった石油輸出国は、〇五年では七八二億ドルで同じく四位であった。これも二・三倍強と保有額を伸ばした。

 劇的な変化は、〇九年で五位であったブラジルである。〇五年では二八七億ドル、一五位という位置であった。三年三か月の間に保有額を四.五倍強も激増させたのである。

 上位五か国から消えた国の代表は英国である。〇五年と〇六年はさすがに米国の盟友として英国はそれなりの米国債購入者であった。〇五年には一四六〇億ドル、〇六年には二三九一億ドルと九三一億ドルも増やした。この両年とも、英国の保有額は日中につぎ三位であった。しかし、その後、英国は、保有額を減らす傾向を示している(5)。ただし、英国は、〇九年九月には三位に復帰した。二四九三億ドルである。それでも、ピークの〇六年に比して減少させている。

 数値の変化を確認しておく意味で、各国毎に〇六年と〇五年の保有額を記しておく。〇六年のランキングで並べる。括弧の外が〇六年、括弧内が〇五年である。

 一位は日本六四四三億ドル(六七〇〇億ドル)、二位は中国三四九六億ドル(三一〇〇億ドル)、三位は英国二三九一億ドル(一四六〇億ドル)、四位は石油輸出国一〇〇九億ドル(七八二億ドル)、五位は韓国七〇〇億ドル(六九〇億ドル)、六位カリブ諸島の金融機関六八〇億ドル(七七二億ドル)、七位台湾六三一億ドル(六八一億ドル)、八位香港五三九億ドル(四〇三億ドル)、九位ドイツ五二五億ドル(四九九億ドル)、一〇位ブラジル五二一億ドル(二八七億ドル)、一一位カナダ四七八億ドル(二七九億ドル)、一二位ルクセンブルク三八六億ドル(三五六億ドル)、一三位メキシコ三四五億ドル(三五〇億ドル)、一四位シンガポール三〇六億ドル(三三〇億ドル)、一五位メキシコ二九七億ドル(三〇九億ドル)、一六位スイス二七二億ドル(三〇八億ドル)、一七位トルコ二二三億ドル(一七四億ドル)、一八位オランダ一八四億ドル(一五七億ドル)、一九位アイルランド一七七億ドル(一九七億ドル)、二〇位タイ一七三億ドル(一六一億ドル)、二一位ベルギー一六九億ドル(一七〇億ドル)、二二位スウェーデン一六九億ドル(一六三億ドル)、二三位イスラエル一六二億ドル(一二五億ドル)、二四位ポーランド一四二億ドル(三七億ドル)、二五位イタリア一四一億ドル(一五四億ドル)、二六位インド一四〇億ドル(九九億ドル)、その他の諸国一五三六億ドル(一四九五億ドル)、総合計二兆二二三五億ドル(二兆三三九億ドル)であった。

 CIA World Fact Bookによると、二〇〇六年の為替レート・ベースで、世界のGDPは四六兆六六〇〇億ドル、米国のGDPは一三兆二二〇〇億ドル、米国を除く世界のGDPは三三兆四四〇〇億ドルであった。

 日本のGDPは四兆九一一〇億ドルで米国を除く世界のGDPの一四・六八%、二〇〇六年一二月時の米国債の国外保有全体に占めるシェアは二八・九七%。ドイツのGDPは二兆八九九〇億ドルで米国を除く世界のGDPの八・六七%、二〇〇六年一二月時の米国債の国外保有全体に占めるシェアは二・三六%。中国のGDPは二兆五一二〇億ドルで米国を除く世界のGDPの七・五一%、二〇〇六年一二月時の米国債の国外保有全体に占めるシェアは一五・七二%しかなかった。英国のGDPは二兆三四一〇億ドルで米国を除く世界のGDPの七・〇〇%、二〇〇六年一二月時の米国国債の国外保有全体に占めるシェアは一〇・七五%であった(http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2815067.html)。

 くどいが、〇九年三月のデータも示しておく。括弧内は〇八年三月時点の数値である。〇九年三月時点での保有額の多い順に並べてある。
 一位は中国七六七九億ドル(四九〇六億ドル)、二位は日本六八六七億ドル(五九七四億ドル)、三位はカリブ諸島の金融機関二一三六億ドル(一〇八七億ドル)、四位は石油輸出国一九二〇億ドル(一五〇七億ドル)、五位はロシア一三八四億ドル(四二四億ドル)、六位英国一二八二億ドル(二〇〇一億ドル)、七位ブラジル一二六六億ドル(一四九一億ドル)、八位ルクセンブルク一〇六一億ドル(八九八億ドル)、九位香港七八九億ドル(六〇五億ドル)、一〇位台湾七四八億ドル(四〇八億ドル)、一一位スイス六七七億ドル(四一二億ドル)、一二位ドイツ五五〇億ドル(四二一億ドル)、一三位アイルランド五四七億ドル(一七六億ドル)、一四位シンガポール三九一億ドル(三三三億ドル)、一五位インド三八二億ドル(一一八億ドル)、一六位メキシコ三六三億ドル(三八三億ドル)、一七位韓国三三一億ドル(四〇七億ドル)、一八位トルコ三〇二億ドル(二八七億ドル)、一九位フランス二七一億ドル(一五億ドル)、二〇位ノルウェー二六二億ドル(四四五億ドル)、二一位タイ二六〇億ドル(二五七億ドル)、二二位イスラエル一九四億ドル(六五億ドル)、二三位エジプト一八五億ドル(一二七億ドル)、二四位オランダ一七六億ドル(一五〇億ドル)、二五位イタリア一六六億ドル(一一一億ドル)、二六位チリ一五五億ドル(九七億ドル)、二七位ベルギー一五四億ドル(一二八億ドル)、二八位スウェーデン一二五億ドル(一三二億ドル)、二九位フィリピン一二四億ドル(一〇八億ドル)、三〇位カナダ一一九億ドル(二一九億ドル)、三一位コロンビア一一二億ドル(六七億ドル)、三二位マレーシア一〇六億ドル(九二億ドル)、その他一五六七億ドル(一二〇七億ドル)、総計三兆二六五二億ドル(二兆五〇五八ドル)であった。

 列記された諸国の保有額が、総計の九五%強を占めている。すでに指摘したこと以外に〇八年三月から〇九年三月までの変化には次のような特徴がある。

 ①ロシアの急浮上が目立つ。九〇〇億ドル強も積み増した。ロシアも本気で米国を支える政策に転換したようである。

 ②いままで米国のドル政策に冷淡であったフランスまでもが米国を支えようとしだした。ただし、経済力の大きさからすればフランスはまだ本気になっていないともいえる。

 ③英国、ルクセンブルク、ドイツ、スイス、アイルランド以外のヨーロッパ勢は総じて米国に冷淡で、おつきあい程度に米国債を保有するにすぎない。

 ④隣国カナダも冷淡である。

 ⑤とはいえ、七六〇〇億ドルも外国人による米国債保有が増えた。これは、三〇%もの増加である。

 ⑥当然ではあるが、米国債保有は米国との政治的関係を反映しているものと思われる。

 〇九年五月の〇八年五月からの増加額も示しておく。保有額の大きさ順に配列してある。

 三位カリブ(八九三億ドル増)、四位石油輸出国(二八七億ドル増)、五位英国(七四億ドル減)、六位ブラジル(二四三億ドル減)、七位ロシア(六〇八億ドル増)、八位ルクセンブルグ(二一一億ドル増)、九位香港(三二八億ドル増)、一〇位台湾(三六八億ドル増)、一一位スイス(二一八億ドル増)、一二位ドイツ(一〇三億ドル増)、一三位アイルランド(三五〇億ドル増)、一四位シンガポール(九〇億ドル増)、一五位インド(二〇八億ドル増)、一六位韓国(一〇億ドル減)、一七位メキシコ(八〇億ドル減)、一八位トルコ(一億ドル減)、一九位ノルウェー(一〇八億ドル増)、二〇位タイ(六〇億ドル減)、二一位フランス(二五九億ドル増)、二二位イスラエル(一三七億ドル増)、二三位エジプト(六〇億ドル増)、二四位イタリア(五五億ドル増)、二五位オランダ(七億ドル増)、二九位ベルギー(三三億ドル増)三〇位チリ(三六億ドル増)、三一位スウェーデン(-二億ドル増)、三二位マレーシア(三一億ドル増)、三二位コロンビア(四三億ドル増)、三三位フィリピン(二八億ドル増)、三四位カナダ(一八八億ドル減)、その他(四〇一億ドル増)。

 ほとんどの国が米国債保有を増やして米国財政を支援してることが明らかであるが、それにしても総じて先進諸国が米国債に冷たく、日中だけが飛び抜けて大きいことが分かる。

 欧州先進国とカナダのこの一年間に積み増した累計額は、一〇八〇億ドルしかない。

 日中を除くアジア(含む石油輸出国)の増額累計は、一四三〇億ドル、ラテンアメリカ(カリブを除く)は、二四四億ドルの減少である。繰り返しいうが、いかに日中の増加額が大きかったかが分かるであろう。日本の場合は、米国による強い要請(事実、麻生元首相がワシントンに呼びつけられてから日本の国債保有は増え始めた)があったからであると推測されるが、政治的には米国に従属していない中国が単独で二九四七億ドルもの激増ぶりを示した背景にはかなり重大なことが控えているようである。


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