消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.206 国債の格付け

2008-01-04 22:19:23 | 格付け会社


 「格付け」とは、「専門機関が企業の経営状態を分析し、債務の元利の返済能力を簡単な記号で表示する」ものである。

  民間企業が対象になるが、国債を発行する各国の政府もまた、格付けされるようになってきた。この政府に対する格付けを「ソブリン格付け」という。それは、その政府が発行した国債の元利支払い能力の評定のことである。ソブリン(sovereign)とは、「独立国、主権」という意味である。

 「ソブリン格付け」は、企業の格付けよりも難しい。格付けの主たる判断材料は、過去の倒産データである。財務状況と債務不履行の確率を、過去のデータよって計算し、それを参考にして格付けが行われている。しかし、こうした分析が行われるのは、民間企業に関してのものに限られる。

 ところが、国の場合、企業ほど財務情報が公開されておらず、実態がつかみにくい。また、企業と違って、国の債務不履行の事例は少なく、統計処理による格付けを行いにくい。戦後に関しては、日本を含めて先進国政府が債務不履行を起こした事例は、皆無である。

 そのこともあって、ソブリン格付けに関する説明責任を、格付け会社の多くは、はたしてこなかった。

 
例えば、二〇〇二年四月、財務省の黒田財務官が、ムーディーズ、S&P、フィッチという三大格付け会社に説明を求める文書を提出した。フィッチというのは、SECから、NRSROとして認知されていた格付け機関の一つであるが、他の二社と違って、パリ証券取引所に上場するフランスの企業、フィマラック(Fimalac)の子会社であり、本拠を、ロンドンとニューヨークに置いている。

 これら三社は、一九九八年以来、二〇〇二年まで一貫して日本国債の格付けを下げてきた。二〇〇二年五月三一日には、米国の格付け会社ムーディーズが、日本国債の格付けを、Aa3から、A2に引き下げた。ムーディーズは、引き下げの前から、日本国債の格下げの予告をしており、これに対し、日本の財務省が意見書を出していたのである。ムーディーズが、日本の国債を、アフリカのボツワナ並みだとしたとしてジャーナリズムが面白可笑しくはやし立てた。

 二〇〇二年五月末時点での、格付け会社による日本国債の格付けについては、日本の格付け会社の格付投資情報センターと日本格付研究所は、最高格付けであるAAA(トリプル・エー)を与えたが、ムーディーズは上述のように、格下げし、S&Pも、AAからAAーに格下げしたのである。米国の二社は、日本の国債の格付けを先進国では最低のランクに落としたのである。

 そして、同年六月八日、S&Pは、このまま放っておくと、日本国債の格付けはまだまだ下がり、BBになると警告した。S&Pの格付けは、すでに説明したが、AAA、AA+、 AA 、AA- 、A+ 、A 、A- 、BBB+ 、BBB、BBB- までが投資適格であり、ここから下位が投機的なものである。以下、BB+ 、BB、BB- 、B+ 、B、B- 、CCC+ 、CCC、CCC- 、CC、C、D である。各ランクで一段下がることを一ノッチ(notch)下がるという。BBまで下がるということは、日本の国債は投機的なノッチにまで下げられるという意味である。まさに、日本の国債は、ジャンクボンド並みになるということである。AA-  からBBになることは、八ノッチも下げられるということである。これに対して、日本の財務省が怒ったのも無理からぬことであった((石川秀樹「よくわかる経済」、http://www.allabout.co.jp/career/economyabc/closeup/CU20020622A/index.htm)。

 黒田財務官の文書は、日本国債の格付けが低すぎること、さらなる格付けには根拠を欠くこと、そもそも、格付け会社の国債格付けの基準が不明であるので、明確に基準を提示してほしいというものであった。回答したのは、フィッチのみであった。

 正式の政府機関の公開質問状に対して他の二社は回答しなかった。それぞれのウェブ・サイトで触れられてはいるが、フィッチの正式の回答を含めて、黒田財務官の質問にキチンと答えたものではなく、国債格付けの根拠は提示されないままであった。

 国際通貨研究所専務理事であった浅見唯弘は、こうした格付け会社の姿勢に対して以下五点にわたる苦言を提起された。

 (一)格付け機関は公器である。公器によるソブリン格付けは市場に大きな影響を与えるので、格付けの根拠を明示すべきである。財務省が書簡を公開しているのだから、格付け機関も回答を公開すべきである。

 (二)政府の債務には、自国通貨建てのものと外貨建てのものがある。通常、返済が困難に陥るのは、外貨建て債務である。外貨は、自国通貨増発で対応できないものだからである。つまり、自国通貨建て債務は、自国内での増税や通貨増発で返済できるものである。にもかかわらず、二〇〇二年五月のムーデーズは、日本政府が保証した外貨建て債務よりも、自国通貨建て国債のランクを四ノッチも低くしたのである。外貨建て政府保証債はAa1、国債はA2とされた。通常と異なる判定をしたことの真意をムーディーズは明らかにしていない。

 (三)マクロ経済面で、日本の財政赤字だけが重視されすぎている。しかし、日本はG7の中でもっとも低い租税負担率にあるので、国債償還に回せるの徴税能力がまだある。この点を格付け米系格付け三社は考慮に入れていない。

 (四)財政面のみを重視するのではなく、総合的なマクロ経済指標で日本を評価するべきである。

 (五)ムーディーズは、国債格付け以外に、国に関する「カントリー・シーリング」という格付けを導入している。二〇〇二年五月時点の日本の国債はA2という低いものであったが、カントリー・シーリングは外国通貨建て政府保証債と同じAa1であった。その上で、日本の企業は国債のランキングを上限(シーリング)とするのではなく、それを超えてもよい。しかし、カントリー・リスクを超えてはならないとしたのである。これまでは、国債のランキングが企業のシーリングであったのだから、カントリー・シーリングが国債のランキングよりも高くなれば、国債のシーリングを超えて企業のランキングが存在できるようにした。しかし、なんのためにそのようなことをしなければならないのか。国債、カントリー・シーリング、企業格付け間の複雑な関係をムーディーズは明確にできていない(浅見唯弘「[2002]、三ページ)。

 この最後の五つ目のの指摘は重要である。

 
もしも、格付け会社とM&A専門の投資ファンドが連携してしまうと、狙った企業の吸収合併が容易になる。日本の企業を買い漁ろうとすれば、格付け会社がまず日本のカントリー・シーリングを下げ、国債の格付けを引き下げればよい。これらの格付けの引き下げによって、日本の企業の格付けランキングが軒並み下がり、それとともに、それら企業の株価も下がる。株式交換による買収がそれによって容易になる。過去、日本で、韓国で、そうした事態の発生をみた。


 格付け会社は、国債の格付けの基準を公表していないし、たとえ相手の国家機関からの抗議があっても格付け会社は無視できる。自分たちの格付けは、単なる私的意見にすぎないとうそぶけるのである。


 引用文献


浅見唯弘「[2002]、「格付けシステムの問題点は何か─日本国債の格付け論争を考えるー」、
     『Newsletter』、No. 4、九月二日号、国際通貨研究所


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