消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

現代米国の黙示録 02 黙示録と『レフトビハインド』 2

2006-08-21 02:34:38 | 現代宗教

 新約聖書コリント人への手紙」第1、第155157節には、いわゆる「携挙」のことが書かれている。これは、使徒パウロが、コリントという町の教会のクリスチャンに宛てた手紙である。そこでは、イエスが、「私はまた来て、あなた方を私の元に迎えます。私のいる所にあなた方を置くためです」とある。パウロも言う。「私はあなた方に奥義を告げましょう。私たちは皆が眠ってしまうのではなく、変えられるのです。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです」。

 

 イエスを信じた人たちは、忌まわしこの地上からいずれイエスの元に連れていかれ、永遠の命を授けられるという信仰が「携挙」である。

 

 レフトビハインド』は、そうした携挙から取り残された人たちのことを書いたものである。神がこうした行為を見せるのは、これまで、神を拒絶してきた人たちに最後の注意を出すためであると、この小説は力説する。堕落した世界から神を信じる者たちを連れ去り、残された人たちに自らを悔い改めさせるべく、地上に大きな苦難をもたらすというのである。

 

 さらに聖書では、「反キリスト」(the AntiChrist)の悪魔のペテン師が現れ、多くの人たちの心を掴み、世界的指導者と自称して地上に戦乱を巻き起こすと予言されている。イエスは言った。

 

 「私は私の父の名によて来ましたが、あなた方は私を受け入れません。他の人がその人自身の名によって来れば、あなた方はその人を受け入れるのです」と。

 

 小説では、この携挙が、生じたことが執拗に書かれている。一瞬のうちに、敬虔なクリスチャンたちがこの世から消え去った。そのために、世界中で大混乱が起こった。

 

 小説では、携挙から取り残された牧師の口を通して、黙示録の解説が行われる。携挙の日から7年間、残されたもの(レフトビハインド)の苦難が続く、その期間は、最初の19か月の「封印の審判」、その後に続く同じく19か月の「ラッパの審判」、そして残り3年半の「鉢の審判」となる。これは、「大艱難時代」(トリブーレイション)といって、もっとも過酷な時代である。艱難は、時を追って厳しくなる。この7年を生き延びたとき、イエスが救済に来る。そして平和な「先年王国」(ミレニアム)がイエスによってもたらされる。しかし、それまでの間は、「反キリスト」の大ペテン師によって、第三次世界大戦を初めとした様々な第艱難が起こされると説かれる。

 

 大ペテン師とは、一夜にしてルーマニアの大統領になり、その後、日をおかずして国連事務総長になるニコライ・カルパチアである。彼は、国連の公用語をすべて話し、世界統一政府を作るために、各国がそれぞれの保有武器を9割廃棄し、1割を新世界統一政府に供出し、国連の本部もイラクのバグダッド近郊に移し、その地を新バビロンと呼ぶという大構想を掲げて国連事務総長の地位を得たと説明される。

 

 また、大ペテン師が人類にもたらす大災害を、小説は、黙示録第5章との絡みで解説する。それは、「7つの封印のある巻物」のことである。7つの封印のうち、最初の4つは、白い馬、赤い馬、黒い馬、青ざめる馬である。5つめの封印は、回心したユダヤ人の布教者たちの殉教、第6の封印は聖者たちの虐殺、そして、7の封印は黙示録第113節から14節に記されている2人の証人の虐殺である。

 

 1の封印の白い馬は、それに乗る反キリストを暗示する。大ペテン師が平和を人類に約束しながら体制を整える1か月から3月間を指す。2の封印である赤い馬は戦争を暗示する。これが第三次世界大戦である。戦争自体は3か月から半年で終息する。3の封印は黒い馬で、飢饉を意味する。そして、5の封印が、飢饉と疫病の結果、生み出される死を暗示する青いざめた馬である。

 

 小説は、こうした黙示録の封印を忠実になぞりながら、ストーリーを展開し、さりげなく、父ブッシュを褒め、通貨統合、環境保護、世界政府を唱える勢力を反キリストとして断罪して行くのである。恐怖を煽り、米国に反対する世界の勢力を反キリストとしてクリスチャンの米国人は打倒しなければならないと、米国人の保守的心理を煽るのである。


現代米国の黙示録 01 黙示録と『レフトビハイインド』 1

2006-08-20 15:54:15 | 現代宗教

 

 『旧約聖書』に当たる「エゼキエル書」第3839章には、北の果てから敵の大軍が、ペルシャ、リビア、エチオピアという敵側同盟軍を引き連れてイスラエルを攻めてくるが、神の御業によって、敵軍は壊滅し、その武器は燃料になり、敵側兵士は鳥の餌食になり、敵の死体は大きな墓に埋葬されると予言されている。全米で650万冊を超すベストセラーとなり、「レフトビハンド現象」という言葉すら生んだテイム・ラヘイ&ジェリー・ジェンキンズレフトビハンドは、バイブルでの予言がことごとく的中し、悪魔に支配されるようになった世界を救うべく、イエス・キリストが再度、クリスチャンを救いに降誕してくるという黙示録的歴史観を前面に押し出したものである。

 

 

 経済破綻に苦しむロシアが、繁栄するイスラエルを攻めたが、神の怒りに触れて殲滅されてしまったという書き出しで始まる。

 

 

 イスラエルが繁栄するようになったのは、ハイム・ローゼンツバイクというユダヤ人植物学者が開発したミラクル肥料のお陰である。わざわざ灌漑しなくても、ミラクル肥料に水を加えるだけで、砂漠を肥沃な土壌に変えることができるようになったというシナリオである。この肥料のお陰で、大地には穀物が稔り、穀物輸出によって世界有数の富裕国になった。イスラエルは、周囲の石油輸出国よりも豊かになった。世界の国々がミラクル肥料の製法を知りたがったが、イスラエル政府はこの重要機密を外部に公開しなかった。開発者のローゼンツバイクは、外国勢による誘拐を防ぐために、イスラエル政府の厳重な警備体制下に置かれた。

 

 

 ロシアがこの肥料を略取するために、イスラエルに夜襲をかけた。ロシアは核弾頭を装備したミグ戦闘爆撃機や大陸間弾道ミサイルをイスラエルに送り込んだ。奇襲はロシア版パールハーバーと呼ばれた。誰もがイスラエルは破壊され尽くすだろうと覚悟した。

 

 

 しかし、奇跡が起こった。戦闘機やミサイルのことごとくは空中爆破されて、建物の上でなく空き地に墜落して炎上した。これは、イスラエル軍のミサイルで打ち落とされたものでなく、神の御業であった。地上が燃え盛り出したとき、大きな霰が、降ってきた。それで地上の炎熱地獄が解消され、つぎに雷鳴とともに激しい雨が降ってきた。火災は完全に収まった。ロシアの戦闘機とミサイルは一機残らず壊滅した。ロシア人の死体とともに、エチオピア人、リビア人の死体も混ざっていた。これはロシアが中東諸国と同盟を結んでいたことの何よりの証拠であった。しかし、イスラエル国民はかすり傷ひとつ負わなかった。

 

 

 戦闘機の残骸の中に残された燃料は、イスラエルの6年間分の燃料に匹敵するものであた。死体はハゲタカの餌食になった。疫病の蔓延を防ぐために、死体は急いで大きな墓に埋められた。これは、聖書の言葉を本に作り出された荒唐無稽な小説である。

 

 

 ここに、「レフトビハンド現象」が集約されている。現実に米国人の心理を脅かす国際的なテロリズムが存在する。米国人には強烈な仮想敵国への憎しみの感情がある。中近東諸国に追いつめられている(と見なす)イスラエルへの連帯感がある。荒唐無稽なこの種の小説のシナリオはあり得るという感情も米国人の多くがもつ。そうした感情に訴えたのがこの小説である。現在の現前で展開されている恐怖は、すでに、聖書、とくに「黙示録」で予言されていたものである。予言通り、歴史は進行している。米国人よ、そして、米国を中心とするクリスチャンよ、いまこそ、悪と闘う正義の戦争に立ち上がろうと、この小説は米国人に呼びかけた。

 

 

 この小説のアイデア提供者であるティム・ラヘイTim LaHaye)は、23歳で牧師資格を取り、25年間、サンディエゴの「サドルマウンテン・バプティスト教会」というメガ・チャーチの牧師を務めている。クリスチアン・ヘリテージ大学も創設している。ジェリー・ジェンキンズJerry B. Jenkins)が実際の執筆者である。原著は1995年、邦訳は2002年。