国民健康保険料
.こんなことが許されるのか! “サラ金”より酷い! 非情取り立ての実態 生活費も子ども名義の生命保険も 毎日新聞2016年2月25日
(サンデー毎日2016年3月6日号から)
▼「差し押さえ500件以上で交付金4000万円」 収納率アップのカラクリ
「売掛金を差し押さえられた」「保険料を払うために借金した」―。国民健康保険(国保)の保険料(税)が高すぎて払えず、やむなく滞納する人に対し、自治体が徴税攻勢を強めている。国民の命を守るはずの国保が、生存権を脅かす事態が広がっている。
横浜市で広告関係の仕事に携わるAさん(62)は、3年前のことを悔しそうに振り返る。「心臓が張り裂けそうでした。まさか売掛金を差し押さえようとするなんて」
Aさんは2000年に脱サラして会社を立ち上げた。当初は飲食店や不動産会社などから仕事の依頼が相次ぎ、毎年順調に売り上げを伸ばしていた。しかし05年、取引先が倒産して300万円の売掛金が回収できなくなった。借り入れをして凌(しの)いだが、その後もまた別の会社が倒産し、150万円が未回収に。追い打ちをかけるように08年のリーマン・ショックの波をかぶり、取引先が激減した。
「月平均300万~350万円あった売り上げが150万円前後まで落ち込んでしまいました」従業員の給料を工面することを優先したため、所得税や市民税、国保料(自治体によっては国保税)などの滞納額は合計300万円ほどに膨らんだ。13年夏、市から「期限までに230万円の国保料滞納分を一括で払わなければ差し押さえをする」という通知がきた。Aさんは親戚や知人に頼み込んで70万円を借り、ローン会社から230万円の融資も受けることができた。ところが、思いもよらぬことを聞かされる。取引先に、売掛金の事前調査の文書が送られてきたというのだ。
「『信頼』で商売をしている中小事業者にとって、滞納とか差し押さえを知られることは致命的です。創業時から取引のあった大口を含め、1社を残してすべて取引先を失ってしまいました」
所得の1割を占める保険料
1カ月後には、残りの滞納分も全額支払うよう督促され、分割納付誓約書を提出。従業員を減らした分、社長であるAさん自ら現場の仕事に携わり、妻も介護のパートやファミリーレストランでの皿洗いなど三つの仕事を掛け持ちし、毎月17万円の保険料を払いながら、何とか生活を維持した。Aさんはこう訴える。
「滞納したのは私が悪い。でも、『払う』と言って足しげく役所に通って理解を求めているのに、得意先に文書を送るのはあまりにも無慈悲です。事業の現状や見通しなど、こちらの話にも耳を傾けてほしいのに相談できる雰囲気ではない。こんなやり方で徴収されていたら、追い詰められる人はたくさんいるでしょう」
国保料(税)の高さに苦しむ自営業者は少なくない。千葉市で理髪店を営むBさん(61)はこう話す。
「好き好んで滞納しているわけではないんですよ。払えるものならサッパリ全額払いたい。でもね、普通の生活をしていてはとても払えない額なんです」
4人家族で年所得120万円だが、保険料は年18万円。所得の1割以上を保険料が占める。自治体によっては年所得250万円の4人家族が支払う国保料が年40万~50万円にもなるところがけっこうある。
Bさんは30年前に理髪店を開業して以来、“地元の散髪屋さん”として親しまれてきた。最盛期は年に1000万円程度の売り上げがあったが、バブルがはじけた頃から暮らしに影が差し始め、400万円を切るくらいに下がったという。
「お客さんの給料も上がりませんから、2~3週間に1回整髪に来てくれていたお得意さんが、2カ月に1回くらいに間隔をあける。1000円カットのお店も増えてきたでしょ。チラシを配ったりして努力してきましたが、なかなか売り上げに結びつかなくて……」
客足が落ちたところに追い打ちをかけたのが妻の病気だ。うつを患って10年になる。国保料を滞納していると保険証を取り上げられて治療が続けられなくなる恐れがあるため、分納申請をした。
「5000円や8000円、1万円など払える分だけ分納してきましたが、役所に来て滞納分をまとめて払うように言われました。仕事や家族の病院への付き添いで役所の窓口に行く時間もない」
生活はギリギリ切り詰めている。毎朝7時にスーパーに行き、「3000円以内」と決めて家族3人分の安売りの冷凍食品などを買いだめする。それでも家賃や諸経費を払うと家計は毎月マイナスだ。
「国保料はとても高すぎて払えない」「保険料を払うために働いているようだ」「食べる物も我慢している」といった声もある。なぜこんなことになっているのか。
非正規増で進む加入者の「貧困化」
国民健康保険が出来て50年。誰もが安心して医療を受けられる皆保険制度が日本人の長寿を支えてきた。だが今、加入者の「貧困化」と、高すぎる保険料という「構造的問題」が国民を苦しめている。
1984年当時、国保加入世帯の平均所得は179・2万円だったが、2014年は116万円に減少。主に大企業のサラリーマンが加入する「組合健保」や、中小企業中心の「協会けんぽ」と比べると、国保はもともと加入世帯の平均所得が低かったが、最近は、非正規労働者の加入が増え、年間所得100万円未満の世帯が半分を占める。逆に1人当たりの保険料は上がり続け、84年当時は3・9万円だった保険料が9・3万円(14年度)になっている。
厚生労働省が2月9日に発表した2014年度の国保の財政状況の調査によると、国保料を滞納している世帯数は前年より約21万世帯減ったものの、約336万世帯。滞納率は16・7%。
滞納世帯が増加の一途をたどっているのは、何も“悪意”で払わない人が増えているわけではない。国保に詳しい立教大コミュニティ福祉学部の芝田英昭教授はこう話す。
「国保は被用者保険のような事業主負担がないため、公費負担が必要です。しかし、国は84年までは約45%あった国保への国庫支出金の割合を、今では約25%にまで減らしています。国が社会保障の抑制を続け、国保料の国庫負担を削減してきたことが滞納を増やしている最大の原因です」
独自財源で補填(ほてん)できない多くの自治体は、保険料の引き上げに走る。
「最も所得の低い層が、最も重い保険料負担に苦しんでいる。払えない人が増える分、それがさらに国保料の上昇につながるという悪循環に陥っているのです」(芝田教授)
滞納者への制裁措置の一つが、保険証の取り上げだ。保険料納付が滞ると、通常の保険証に代わり、有効期間が1~6カ月の「短期保険証」や、医療機関窓口で医療費全額(10割)をいったん払わなくてはならない「資格証明書」が交付される。14年度には短期保険証は101・9万世帯、資格証明書交付は23・4万世帯にのぼる。
体調が悪くても受診を我慢し続け、症状が深刻になって病院に運ばれる人も後を絶たない。全日本民医連の調査によれば、14年だけで、手遅れによる死亡例が56例あった。
滞納が続くと、保険証の扱いとは別に、預貯金、不動産などの差し押さえを受けることがある。滞納分を分納しているにもかかわらず、振り込まれた10万円の年金が即、差し押さえられたり、生命保険や子どものための学資保険を差し押さえて強制解約するなどの事例も各地で起きている。
「ノルマ達成」「人事評価」…
「真面目に働いてきた人が病気で倒れて稼ぎを失うなど、払いたくても払えない状況に陥るケースもある。生活実態を把握しないまま画一的に徴収するため、食べるものも食べずに国保料の支払いに充てるなど、追い詰められてしまうケースが多発しているのです」
そう話すのは、全国商工団体連合会(全商連)常任理事の勝部志郎さんだ。
勝部さんによると、最も差し押さえしやすいのは預貯金で、次が生命保険や学資保険だという。
「会社員の場合は給与、事業者の場合は売掛金を差し押さえられたり、見せしめ的に車にロックをかけるという方法もあります」(勝部さん)
国保料滞納による差し押さえは、「生活を圧迫してはいけない」など、国税徴収法に基づいた制限が加えられており、高額療養費や生活保護費、児童手当などは金額にかかわらず差し押さえられない。しかし、差し押さえが認められていない財産であっても、口座に振り込まれた途端、「残高がゼロ」になるように“狙い撃ち”されることが現実に起きている。
元特別国税徴収官で、現在は「滞納相談センター」会長を務める大野寛税理士はこう解説する。
「小泉内閣の三位一体改革が行われた10年ほど前から、自治体の徴収が非常に厳しくなったといわれています。国から地方へ税源を移譲した結果、徴税に力を入れる自治体が増えてきているのです。それまでは、税務署の徴収が一番厳しいといわれたのですが……」
大野税理士は、徴収に当たる自治体職員の専門性の低さや教育システムの問題を指摘する。
「役所の人事異動でたまたま国保の担当をしているという人が少なくない。経験が浅いことに加え、徴収においては国や自治体が強い権限を持っている、ということばかり徴収担当者は教え込まれ、マニュアル通りに差し押さえを実行する。憲法の基本的人権に関する教育が足りていないのです」(大野税理士)
市区町村の徴収現場では、職員1人が担当する滞納者数は1000人台から2000人ともいわれ、丁寧な滞納整理が困難とされる。「差し押さえのノルマ達成を求められる」「人事評価の対象になる」(自治体職員)という実態もある。
支払う意思があることを示す
新規差押件数500件以上 4000万円」
「現年分収納率伸び率2・5%以上 交付額1億500万円」―。
これは、東京都の「国民健康保険調整交付金交付要綱」という文書にある算定表の一部だ。
国保を運営する市区町村が、加入者から保険料をどれだけ集めたかを示す「収納率」。この収納率によって市区町村への交付金配分に差をつけ、率を上げた方に交付金が多く入るというインセンティブ(動機付け)が働く仕組みになっているのだ。都国民健康保険課によると、05年度から交付金を出しているという。都の国保料(税)収納率は86・74%(14年度)で全国最下位だった。前出の芝田教授はこう話す。
そもそも、払えない額の国保料にしておきながら、資産を没収するということ自体がおかしい。収納率を高めるために調整交付金を傾斜配分するやり方は、保険証の取り上げなど、生活困窮者を医療から排除することにもつながりかねない。それが結果的に治療の手遅れを招き、医療費増大の要因にもなる。長期的にみれば、徴収の強化は社会保障費抑制につながらないのです」
今、どれほど多くの国民が経済的に追い詰められているか。千葉県商工団体連合会が昨年、会員約1150人に生活実態を調査した。
滞納している税で最も多いのは国保で63・9%だった。次に市県民税34・7%、国民年金25・1%、消費税25・1%と続いた。
また同年10月の調査(対象は約240人)によると、滞納がない人でも「無理して払っている」が60・3%、「借金して払っている」が6・6%あった。事務局の鈴木英雄さんはため息まじりにこう話す。
「消費増税と景気の落ち込み、社会保険料の負担増で、多くの滞納者が複数の税目、保険料の滞納者になっています。サラ金より酷(ひど)い多重債務問題が、国や自治体によって引き起こされているのです。こうした苦境に喘(あえ)いでいる住民の実態をきちんと把握すべきです」
厚生労働省は国保の財政を安定させるために、18年度から運営主体を市区町村から都道府県に移す。市区町村に積極的な調整を求め、徴税攻勢はますます強まることが予想される。
国民は、どう対抗すればいいか。「滞納を恥ずかしいと放置しておくと事態は深刻化する一方です。督促の通知が届いたら、あるいは来る前に役所に行き、いかに納付が困難か、生活実態を詳しく説明しましょう。その際、『払いたいけれど払えない』という支払いの意思を示すことが大事。そして滞納分の分納を約束することです」(前出・全商連の勝部さん)
さらに、「納税の緩和措置」などの制度を利用することもできる。国保は社会保障だ。加入者の生活が破綻する前に国庫負担割合を引き上げ、高すぎる保険料を下げることが急務だ。
(本誌・藤後野里子) (サンデー毎日2016年3月6日号から)