パリの空港では売り切れの可能性もあるというので、予め日本で購入しておいた パリミュージアムパス と ホテルの最寄り駅で購入した、メトロやバス、RER(高速郊外鉄道)で利用できる1週間有効の定期 ナヴィゴ これさえあれば、乗り物と美術館に関しては大体スムースにことが運ぶらしい・・ |
なのに、夫はオペラ・ガルニエから徒歩でルーブル美術館へ、しかも月曜開館のルーブルはスルー カルーゼル凱旋門をくぐって、長~く広がる チュイルリー公園 に入りました (・・?)はてな 下調べを全くしないパリ初心者の私と、パリ3度目・下調べバッチリのお抱え添乗員兼ガイドの夫 「ま、何か考えがあってのことでしょう」と、公園で寛ぐ家族やアートを撮りながら歩きました |
モネが国家に寄贈した『睡蓮』の連作を収めるために、チュイルリー宮殿のオレンジ温室( l'Orangerie)を 整備したというオランジュリー美術館は、建築家の助けを借りてモネ自らが図面を引きましたが、長年の間に 何度も形を変え、モネの理想から大きくかけ離れてしまいました そして現在のオランジュリー美術館は、 モネが望んだ開館当時の状態を取り戻すべく大改修を経て、2006年にリニューアルオープンされました モネの「睡蓮の間」は、自然光は変化するものであり、特定の理想的な光というものはないと言う考えで 朝の光は夕方の光とは違い、晴れの日と曇りの日も違う・・ ガラスの屋根を通してこのような天候の変化を感じ取れるようにしたとのことです モネの睡蓮を自然光のみで鑑賞する直島の地中美術館に似ていますが、暗すぎる時には人工照明も用いる ようです このままずっと、ここに座り続けていたいと思うほど、8枚の「睡蓮」に魅了されてしまいました |
チュイルリー公園の端から端まで歩いたら「この先がシャンゼリゼ通りだから凱旋門まで歩こう」 フランス革命当時はルイ16世やマリー・アントワネットの処刑が行われたコンコルド広場 広場にはエジプトから贈られた、ルクソール神殿のオベリスク「クレオパトラの針」があります |
シャンゼリゼ通りは、今月20日から点灯されるイルミネーションの取り付けの真っ最中でした 今年もニュースで、200本の並木を美しく彩るシャンゼリゼ通りを目にするでしょう(~2015年1/5) |
凱旋門の前まで来たら、やっぱり言われました「屋上展望台に上ろう!」 かくして272段(284段とも言われてます)の狭い螺旋階段をグルグル上って屋上へ あれは○○、これは△△などと確認しているうちに陽ざしがオレンジ色を帯びてきました ホテルまで三脚をとりに戻ることになり、この後やっとナヴィゴを使わせてもらいました |
メトロのオペラ駅を出たら、インド人の焼き栗屋さんがいました あ、パリもそろそろ焼き栗の季節なのねと買ってみました 永平寺門前や坂本で食べた焼き栗がとても美味しかったので そのつもりで多めに買ったら、ミディアムレア でした あのインド人、見習いアルバイトなのかな? ベテランの焼き栗屋さんならもっと美味しいのかな? |
旅行前に会った友人に教えてもらった、とっておきの夕夜景スポット・モンパルナスタワー カメラのレンズをアクリルフェンスの外に出せるすき間が空いているのに、日本人としては 平均的身長の私では届かない (ノへ ̄、)グスン せっかく持って行った三脚も無駄でした 何も撮らずに帰るのも悔しいし、精一杯 背伸びして息を止めてシャッターを切った1枚です |
モンパルナスからオペラまで戻ってくると、時計はすでに8時をだいぶ回っていました お腹が空いたけど、訳のわからないフランス語のメニューに立ち向かう元気もなく・・ 朝、オペラ大通りをルーブル美術館まで歩く途中に出会った日本人の熟年夫婦が 「この辺に日本食のお店がいっぱいあるらしいけれど見つからないの」と話していた ことを思い出し、探してみると大通りから一本入った道路の両端に、そば・うどん・ お好み焼・居酒屋・札幌ラーメン・焼鳥に日本食レストラン・BENTO 等々懐かしい 言葉がずらり並んでいるではありませんか ひと通りお店を物色すると、どの店も 日本食を食べ慣れているらしいフランス人が日本人観光客より多いのには驚きです ・・で、私たちはいかにも「日本の中華屋さん」ぽい 来々軒 を何となく選びました |
日本にいるような気分で食事を終えてオペラ大通りに出ると、やはりここは間違いなくパリでした
日中は記念写真を撮る観光客がいっぱいいたオペラ・ガルニエの前は 少年グループ(アイドル?)が出てくるのを待つ少女たちが大勢詰めかけていました |
※ マウスオンで簡単な説明が出ます
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