読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『筒井康隆、自作を語る』 筒井さんと、日本SF黄金期への興味を呼び覚ましてくれた一冊

2020-02-03 06:45:00 | 本のお噂


『筒井康隆、自作を語る』
筒井康隆著、日下三蔵編、早川書房、2018年


小説・文学を読まなくなってしまって久しいわたしですが、熱心に本を読むようになった高校時代には、けっこうたくさんの小説も読んでおりました。
当時、とりわけ熱心に読んでいたジャンルはSFでしたが、その中でも大いにハマって読んでいたのが筒井康隆さんの作品でした。強いインパクトのあるエロ・グロ・ナンセンス描写と、そこから生まれる黒い笑い。小説の常識を覆す実験的・前衛的な試みの数々・・・。筒井さんが生み出す作品の面白さにすっかり取り憑かれ、中毒状態となったわたしは、一冊読んだら次の著作に手を伸ばし、それを読んだらまた別の作品へ・・・という具合に、筒井さんの著作を読み漁っていたものでした。ところが、だんだん小説よりもノンフィクション系の書物を好んで読むようになり、筒井さんの作品からも、いつしかずいぶん長いこと遠ざかってしまったままでした。
そんなわたしに再び、筒井さんへの関心を呼び覚ましてくれたのは、昨年の11月末にYahoo!ニュースが配信した筒井さんのインタビュー記事でした(2019年11月28日配信「「炎上を怖がっちゃいけない。電源を抜いたら消えてしまう世界です」――筒井康隆85歳が語る「表現の自由」」。現在はログインした上で読めるようになっております)。マスコミや世間一般が当たり前のようにみなしている「常識」や「良識」に逆らい、笑い飛ばすようなアグレッシブな姿勢が、85歳という年齢にあっても相変わらず健在であったことが、なんだか妙に嬉しく感じられ、大いに刺激にもなったのでした。
ふたたびツツイ熱がぶり返してきたわたしは、高校時代に読んでいた筒井さんの文庫本を取り出して再読したり、遠ざかっていた間に出版されていた著作を何冊か取り寄せ、購入したりいたしました。今回取り上げる『筒井康隆、自作を語る』も、新たに取り寄せて購入した中の一冊であります。

本書は、同人誌『NULL』に掲載された短篇「お助け」が江戸川乱歩に見出されて商業デビューを果たして以降の、ジャンルの垣根を越えた活躍や、波紋を投げかけた断筆宣言、そして「最後の長篇」と銘打った『モナドの領域』刊行に至るまでの半世紀のキャリアを、筒井さんが自らの言葉で語ったインタビュー集です。SFファンにより決定される第50回・星雲賞のノンフィクション部門を受賞しています。
前半は、2014年から2017年にかけて刊行された『筒井康隆コレクション』(全7巻、出版芸術社)の予約購入者に向けて開催されたトークイベントの採録。後半は、2002年〜03年に刊行されたテーマ別の自選短篇集(全6巻、徳間文庫。現在は残念ながら品切れ)の巻末に掲載された自作改題の再録です。いずれもインタビュアーを務めるのは、ミステリ・SFをメインとする評論家で編集者の日下三蔵さん。豊富で詳しい書誌的なデータの持ち主である、日下さんという絶好の聞き手を得て、これまであまり知られていなかった事実を含めた、各作品の成立事情や、その背後にあるSF界や文壇の裏話などがたくさん引き出されていて、まことに興味の尽きないインタビューとなっています。
さらに巻末には、本書が刊行された2018年9月までの、筒井さんの全著作リストも掲載されています。すべての異版が挙げられている上に、短篇集やエッセイ集については収録作品もすべて列記されていて、資料としてかなり重宝なものとなっています。

これまでたびたび、映画やテレビドラマとして映像化されている代表作「時をかける少女」。この作品が生み出された頃は、結婚後まもない時期、それも駆け出しの作家として上京したばかりということで、生活的には相当苦しかったといいます。
そこへ学研から持ちかけられたのが「時かけ」の執筆でした。中学生、高校生向きに本格的なSFを書くのは初めてだった上、相当長い連載になりそうなのでがっちりした話にしなければ・・・ということで、「朝から新宿御苑に行って、アイデアを考えながらウロウロと歩き回った」りして、ずいぶん苦しんだといいます。そんな苦労があったからこそ、今に至るも愛され続ける〝孝行娘〟になったんだなあ・・・ということがわかり、感慨深いものがありました。

また、小松左京さんのメガヒット作『日本沈没』をパロディにした快作「日本以外全部沈没」。これは、SF作家で集まってわあわあしゃべっているとき、星新一さんから「どうだ『日本以外全部沈没』というものを書かんか」と言われ、そのときすぐにアイデアが出てきたんだとか。大物SF作家たちの交友から奔放なアイデアが生まれ、結実していった、日本SF黄金時代の空気感が感じられるようなエピソードであります。
驚かされたのが、長篇『大いなる助走』をめぐるエピソード。文学賞を落とされて鬱憤の溜まった作家が、賞の選考委員を殺して回る・・・というセンセーショナルな問題作だけに、実際の文学賞の選考委員から文句が来たりと、いろいろなリアクションがあったとか。そして極めつけは、筒井さんを良く思っていなかったという版元の出版部長が初版だけで刊行を止めてしまったため、単行本はあまり売れなかったという話であります。文庫になってからはよく売れたとのことですが・・・そこまであからさまに敵意を示して冷遇する人物が版元にいたとは。

各作品の成立事情もさることながら、それぞれの時期のSF界や文壇をめぐる裏話が、また興味深いエピソードの連続でした。
デビューまもない頃、あまりにも注文がいっぱい来て原稿が間に合わないので、弟さんが書いたものを流用して、自分の名義で発表することもあったのだとか(「もちろんことわったうえで、原稿料はみんなやりました」とのことですが)。その一方で、筒井さんの書いた作品が他の作家の名義で掲載されることもあったそうで、昔はそんなことが当たり前のようにあったのだそうな。実に鷹揚な時代というかなんというか・・・。
1980年に創設以来、現在も続いている日本SF大賞(日本SF作家クラブ主催)。そのキッカケをつくったのも筒井さんでした。大江健三郎さんの『同時代ゲーム』を高く評価する一方で、作品自体の世評が良くなかったことに腹を立てた筒井さんは、なんとかこの作品をショーアップする方法はないかと考えて思いついたのが、日本SF大賞の創設でした。もっとも、いざ賞ができると『同時代ゲーム』云々は「どっかへ行っちゃった」挙句、別の作品が受賞することになってしまったのですが・・・。
星新一さんの書くショート・ショートが長くなっていった事情に関する話も、興味を惹きました。星さんが、ショート・ショート一本の値段を「いくら短くても三十万」と決め、出版社がそれに「右へ倣え」したことで、筒井さんたちは原稿料が上がって助かった一方、出版社のほうも「じゃあ三十枚書いてください」ということになり、星さんのショート・ショートはだんだん長くなっていった・・・と。
実はわたしも、星さんの後期の作品がショート・ショートというには長めになっていたことが気になっていたりもしたので、その背後にある事情を本書で知ることができ、納得したのでありました。

筒井さんの創作姿勢が垣間見える言葉も、インタビューの随所に散りばめられています。
挟まりあった二つの家族を描いた短篇「融合家族」。この作品のときには二つの家族がちゃんとわかるよう、設計図まで書いて執筆したのだとか。これについて、筒井さんはこう語ります。

「めちゃくちゃだからというので、どうでもいいように書いたら、それはだめですよ。(中略)こういうものこそ細かいところをちゃんとしておかないといけない。「これなら何でもできる」と思わせないようにしないと」

面白おかしいことで軽く扱われがちなドタバタ、コメディ作品。でも、そういう作品だからこそ細部を疎かにせず、緻密に組み立てていくことで、受け手を心から納得させ、楽しませることができるのだということを再認識させられて、まことに胸のすく思いがいたしました。
胸のすく思いといえば、2002年の紫綬褒章受章について、「一部には体制を笑い飛ばしてきた作家・筒井康隆が勲章をもらうとは、という発言をする人もいますが」と問われた筒井さんがこうお答えになっていたのも、また痛快でありました。

「あ、それは完全に誤解ですね。あまり僕の作品を読んだことのない人じゃないかな。確かに体制は笑い飛ばしてるけど、僕の場合は同時に反体制も笑い飛ばしているわけで(笑)。その意味では体制派・反体制派という区分自体がナンセンスですね」

まことにおっしゃる通り。そもそも、筒井さんの作品をいくらかでも読んでいれば、筒井さんの毒と笑いの餌食に体制も反体制も上下左右もないことぐらい、よくわかりそうなものだと思うのですが・・・。

日本SF黄金期の熱気を受け、その熱気を綺羅星のごとき才能たちとともに高めていった筒井さん。しかし、創作の舵を純文学方面へと切ったことで、濃密な付き合いだったSF作家たちとも疎遠になっていったことも、本書では語られております。高校時代に遅まきながら、SF黄金期の熱気に触れることができたわたしとしては、いささか淋しさを覚えずにはいられませんでした。
しかし、80歳を越えて今もなお、アグレッシブに創作活動を続けておられる筒井さんの根っこは、間違いなく熱気が溢れていたSF黄金期にあるということを、本書から感じ取ることができました。
長いこと影を潜めていたツツイ熱のみならず、日本SF黄金期に対する興味をも呼び覚ましてくれた一冊であります。


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