『ふしぎな国道』
佐藤健太郎著、講談社(講談社現代新書)、2014年
ひとつのモノゴトにとことんこだわり抜いた内容の本や雑誌というのは、なかなか面白いものであります。
取り上げられている対象が、普段はまるで意識もしていないようなモノゴトだったりするとなおさらで、「ふーん、いままでたいして興味もなかったんだけど、こんな面白いヒミツや裏事情があったのかー」てな感じで、実に新鮮なオドロキや発見に満ちていて、けっこう好奇心を刺激してくれたりいたします。
国道をはじめとする道路のあれやこれやにとことんこだわりまくった、この『ふしぎな国道』という本も、まさしくそのような新鮮なオドロキと発見に満ちた実に面白い一冊なのであります。
著者の佐藤健太郎さんは、科学ジャーナリスト賞を受けた『医薬品クライシス』(新潮新書)などの著書でも知られるサイエンスライターですが、実は17年におよぶ国道マニアでもあるそうで、もともとは科学の本を書くよう依頼してきた編集者氏を説得した末に、本書を上梓するに至ったとか。それだけに本書には、佐藤さんが国道に注ぐ熱意と愛がたっぷりと詰まっています。
まず取り上げられているのが、全国各地の変わりダネ国道の数々です。
そのインパクトから、国道マニアならずとも知名度の高いのが、青森県は龍飛崎にある「階段国道」こと国道339号。362段におよぶ階段もさることながら、民家の間を抜けて伸びる区間もあったりして「日本で最も狭い国道」でもあるそうです。もちろん、どう頑張ってもクルマが通れるはずもありません。いやはや、こうしてあらためて知ると、この339号は変わりダネ国道の王者、という感じがいたしますね。
他にも、山の中に細く伸びる登山道国道(しかも、国道標識がくくりつけられているのは自然木)や、通行人行き交うアーケード国道、別の国道から分岐したと思ったら、わずか62メートルで海に突き当たってしまう「盲腸国道」などなど、ケッタイな国道の数々に、いきなりわたくしの胸は鷲掴みにされてしまいました。
まともに車が通るのにも困難をきたすような「酷道」にも、なかなかインパクト十分な物件が目白押しです。中でもキョーレツなのが、大阪市と奈良市を結ぶ国道308号。とんでもない急坂はあるわ、幅が2.2メートルしかない場所があるわ。あまつさえその最狭部分の道端には「道路狭小につき通行ご遠慮願います」という「国道にあるまじき看板」まで立っているという「最初から最後まで、車を通らせようという気概が微塵も感じられない」国道なんだとか。もの凄すぎる•••。
ちなみに九州代表の「酷道」として名が挙がっているのが国道265号。北半分は阿蘇山周辺をめぐる快適な観光道路ながら、宮崎県に入ると細く頼りない、崩落箇所も目に入る「酷道」になるんだとか。•••ああ、やっぱり(苦笑)。
さまざまな最高記録を持つ国道にもオドロキの物件が。日本で最長の国道は、東京都中央区と青森県青森市を結ぶ、約743.6kmの国道4号なのですが、これには思わぬ「伏兵」があるといいます。鹿児島市から種子島、奄美大島を経由して沖縄の那覇市に至る国道58号は、途中の「海上区間」を含めると約857kmにも及ぶ最長の国道になるんだと。まさか海の上にも「国道」が伸びていたとは•••。
笑いを誘われる変わりダネ国道や、オドロキの記録を持つ数々の国道の紹介にも気持ちを鷲掴みにされるのですが、国道をめぐる歴史や国道周辺の話題にも、興味を惹かれることが多々ありました。
国道というと、その名の通り国がすべてを管轄していると思いきや、国が管理するのは特に重要な区間のみで、ほとんどは「補助国道」として都道府県や政令指定都市が管理を受け持つようになっているんだとか。うーむ、それも初めて知りましたね。
その形状から「おにぎり」なる愛称で呼ばれているという国道標識も、観察してみるといろいろなことが見えてくるようです。国道標識にも、幅が1メートルを超える異常に大きなものが歩道橋に架けられていたり、ガードレールにステッカーに印刷されたのが貼られていたりと、いろんな地域性があったりもするんだとか。
また「ROUTE」の綴りが間違っている標識もいくつか存在しているそうで、「ROUOE」やら「ROUET」、果ては「ROUTO」なんて表記のものも。目薬かよ(笑)。
さらには、国道にまつわるグッズや(本物の国道標識と同じ素材で作られた「ミニチュアおにぎり」など)、国道をテーマにした歌を紹介した章まであります。あの龍飛崎の「階段国道」を歌い込んだ曲もあるそうな(演歌歌手・長保有紀さんが歌う「龍飛崎」)。
本書を読むことで、実にさまざまな興味と着眼点から国道にこだわる、愛すべきマニアたちの存在も知ることができました。
実は道路趣味者の中では最大勢力という「酷道」マニアをはじめ、もう使われていない道路を巡る「廃道探検」、各地の国道標識を撮影してコレクションする、などなど。極めつきは、「国道の有り難みを知るには、国道がなかったらどうなるかを試すのが一番」と、スタートからゴールまで一切国道を通行することなく走り抜けようという「非国道走行」なんてのもあるんだとか。•••ちなみに、そのような「非国道走行」の趣味人たちのことを「非国民」というそうで(笑)。
そんな道路趣味の中で、「これならけっこう面白そうだなあ」と感じたのが「国道完走」。一本の国道を最初から最後まで全区間走り抜けることで、普段は一部分しか通行していない道がさまざまな街へ通じていたり、広い幹線道路だった道がやたら狭い道になっていたりと、「身近な国道の知らない面、日本という国の知られざる姿を再発見できる」楽しさがあるといいます。
「国道など毎日見慣れているようでいて、実は我々が知っているのはそのうちの一点、あるいはせいぜい数kmの短い『線分』に過ぎない。一本の国道を走りきり、『線』として捉えてみると、今までと全く違ったものが見えてくるわけである。」
また、かつては国道だったのが、その後の道路整備などで都道府県道となった「旧道」を辿る、というのにも興味を惹かれました。古い街道の名残りがあったり、昔の道路元標(道路の起終点を示す石碑など)がひっそりと眠っていたり、昔ながらの商店街や重厚な造りの旧家が軒を並べていたり•••など、地域と道路をめぐる歴史を窺うことができるようで、なかなか味わい深いものがありそうです。
鉄道の旅が大好きなわたくしではありますが(というか、そもそも自分のクルマを持っていない)、こういう国道完走や旧道巡りというのは、旅としても面白いものがあるように思いましたね。いつか機会を作ってやってみようかなあ、クルマ借りて(笑)。
普段はほとんど意識することもなく通り過ぎていくだけの、空気のような存在である国道。そこにとことんこだわることで、実にいろいろなことが見えてくる、ということがよくわかり、読みながら「ヘェ~」の連発でした。佐藤さんの記述もユーモアが満載ですし、カラー写真も豊富に収められていたりして、読みものとしてもまことに楽しいつくりとなっていました。
国道マニア道路好きならずとも、読んでおいて損はない一冊だと思いますぞよ。