読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『ノンフィクションはこれを読め!2014』を読んで再認識した、HONZの存在意義

2014-11-12 22:28:55 | 「本」についての本

『ノンフィクションはこれを読め!2014 HONZが選んだ100冊』
成毛眞編著、中央公論新社、2014年


代表である成毛眞さんをはじめとする読み巧者の多彩なレビュアー陣が、溢れる熱意と達意の語り口をもって、オススメの面白ノンフィクション本を紹介し続けているサイト「HONZ」( http://honz.jp/ )。その年刊傑作選ともいえる『ノンフィクションはこれを読め!』(以下『ノンこれ』)、3冊目となる2014年版が刊行されました。
HONZのレビューは、サイトで更新されるたびに目を通してはいるのですが、情報として有用なのはもちろん、読みものとしても面白いHONZレビューは、一冊の本というカタチでまとめて読むとまた実に楽しめるのですね、これが。

まず最初に収録されているのが、「HONZ年間ベスト10」に選ばれた10冊のレビュー。その1位に輝いたのが『背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?』(ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド著、牧野賢治訳、講談社)。豊富な事例を引きながら、科学者たちが不正行為に手を染める背景に切り込んだこの本は、少し前までは絶版状態でありました。しかし、あのSTAP細胞騒動を受けて、本書は今こそ読まれるべき名著である、ということを熱意を込めて訴えた、大阪大学教授の仲野徹さんのレビューは出版社を動かし、本書はめでたく復刊の運びとなりました。
出版界ではほとんど例のなかった「絶版となった科学書の復刊」を導いた仲野さんのレビューを『ノンこれ2014』であらためて読むと、実に感慨深いものがありました。
『背信の~』に続く年間ベスト10の2位は、警察の裏金問題を追及した地方紙の栄光と転落を描いた硬派ノンフィクション『真実 新聞が警察に跪いた日』(高田昌幸著、角川文庫)。この本を紹介した麻木久仁子さんのレビューも、ある種の凄味がじんじん響いてくる力作で、圧倒されるものがありました。
そして、年間ベスト4位の『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子著、早川書房)。日本の出版を紙の生産で支え続ける日本製紙石巻工場が、東日本大震災の甚大な被害から立ち上がっていく過程を追った本書を紹介した野坂美帆さんのレビューは、現役書店員として、そして本好きとしての熱意と、石巻工場の働き手への敬意が結実した素晴らしいもので、それ自体すごく感動的でした。
HONZ編集長の土屋敦さんは、『ノンこれ2014』のあとがきに「やはりレビュアーが、自分がとびきり面白いと思った本を、ただただ熱い気持ちで紹介しているレビューが何よりも面白い」とお書きになっていますが、上の3本のレビューを読むと、そのことを深く深く納得するのです。
年間ベスト10のあとは、歴史、ビジネス、社会、アート、雑学、サイエンスなどのジャンルごとに、90冊のレビューが並びます。硬軟それぞれのレビューを巧みにこなす、栗下直也さんのオールラウンドプレイヤーぶりや、重厚な内容の本を硬質の文体で紹介する、鰐部祥平さんのハードボイルドなレビューなどなど。いずれもメンバーそれぞれの個性が発揮されながらも、取り上げられた本を「読んでみたい!」という気にさせてくれる達意のレビュー揃いで、読書欲が大いに刺激されます。

2012年版の150冊、2013年版の110冊からすると、再録レビュー数は100冊分と少し減ってしまっておりますが、そのぶん著者インタビューや、対談、HONZ活動記といった企画ものコーナーがいろいろと設けられていて、これらがまた(悔しいことに)けっこう読ませてくれます。
中でも頷けるところがいろいろとあったのが対談2本です。年間ベスト10を振り返るHONZメンバーによる座談会では、1位の『背信の科学者たち』について、関係者への好奇ばかりに終始するマスコミの報道やネットの情報ではSTAP問題の本質がわからなかったところに、その道の権威でもある仲野さんが推したからこそ『背信の~』は注目された、といった話がなされます。それを受けて、山本尚毅さんがこのように言います。

「テレビとかネットとか、情報はいっぱい流れてくるけど、一体何を信用したらいいのかわからない。だからきちんとした本を読みたいという欲求がでてくる。」

それを受けて、麻木久仁子さんが言います。

「一時は『ネットで真実!』みたいな傾向に流れていたけど、最近は『所詮ネットじゃん』ってみんな気づいてきた。だから、長い時間をかけてきちんと検討されたうえで出版される本に手が出るのかもしれない。そうあってほしいと私は思うのだけど。」

衆目にウケそうなことは熱心に報じながら、本質を追わないマスコミ。思い込み先行の不確かな情報に溢れているネット。そういったものに囲まれているからこそ、時間をかけてじっくりと書かれ、世に出される書物の価値が輝きを増す•••。そのことは、いくらか希望を感じさせるものがありました。

もう一つは、ライフネット生命会長兼CEOにして、HONZの客員レビュアーでもある出口治明さんと、麻木さんとの対談です。本の読み方から歴史の見方、教養とは何なのか、といったテーマで語られるお二人の話は出版事情とその問題点にも及びます。いたずらに危機感を煽るような本が目立つ昨今の状況を憂うお二人は、このようなやりとりをなさっています。

出口 短いスパンならそういう本が売れます。でもそんな本を読む人は、だんだん本が詰まらなくなると思うのです。あるいはもっと刺激の強い本を求めるか。結局、長いスパンで見たら読者を失うことになるのに気が付かないのでしょうか。
麻木 HONZは、そういう煽り系の本を取り上げることが少ないです。読書を楽しむための本を、みんな巧まずして選んでいますね。じっくり読んで楽しかったという気持ちが伝わってきます。同じ一冊を読むんだったら楽しいほうがいい。」


わたくしがHONZを信頼できる大きな理由を、このやりとりで再認識させられました。そう、HONZではコケおどしの煽り本や、刺激的な物言いで読者を引きつけては、読んだ者にさらなる強い刺激を求めさせるような覚せい剤本などといった物件はほとんど取り上げられることがないのです。
しっかりした見識で選んだ本気で面白い本だけを、余計な批評は抜きで熱意を持って紹介する。そんなどこまでも真っ当なHONZだからこそ、多くの人たちから信頼され、支持を得ることができるのではないか。そしてそのことは、ものごとの本質をしっかり見極めたいという人たちに、良質なノンフィクションを届けることにも大きく寄与するのではないか•••。
『ノンこれ2014』を通読することで、あらためてわたくしはHONZの存在意義を噛み締めたのでありました。

しかし。取り上げた本の魅力を最大限に伝えるHONZのレビュー群を読むことは、たくさんの本を買い込んでは積ん読が山をなす•••という、実にキケンで悩ましい副作用をもたらすわけで、「カタギ」の皆さまはくれぐれも注意していただきたいのであります。なんせ同じように、ついついたくさんの本を買わされた人たちによる「被害者の会」(笑)まで結成されているのですから。
もっとも、それは当のHONZメンバーも同じなようで、編集長の土屋敦さんからして、買わされた本を読む時間もないまま「うず高く伸びた未読本の『積ん読タワー』」をこしらえている、そうな。それを知ってなんだか、ちょいと気分が晴れたような気がした次第であります。