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『アクト・オブ・キリング』 人間が持つ二面性を引きずり出し、突きつける衝撃作

2014-05-18 13:09:17 | ドキュメンタリーのお噂

『アクト・オブ・キリング』
(2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス)
原題=THE ACT OF KILLING
監督=ジョシュア・オッペンハイマー
共同監督=クリスティーヌ・シン、アノニマス(匿名)
製作総指揮=エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォークほか
5月17日、宮崎キネマ館にて鑑賞


1965年から翌年にかけて、共産党関係者の一掃という名のもと、インドネシアの各地で行われた大虐殺。100万とも200万ともいわれる人びとが殺されたというこの虐殺の実行者たちは、その後は“国民的英雄”として権力の座につき、楽しげに暮らしていた。
虐殺の実態を取材していたアメリカ人映画作家、ジョシュア・オッペンハイマーは、虐殺の実行者たちが殺人行為を誇らしげに語っていたことをきっかけに、彼らに虐殺行為をカメラの前で再演した映画をつくってほしい、と持ちかける。
映画スター気取りになり、嬉々としながら過去の殺人行為をカメラの前で再現していく実行者たち。しかし、かつて実行部隊のリーダーだった男は、拷問された挙句に殺される役を演じたことで、過去の自分がやったことに向き合うこととなり、その気持ちに変化が生じていくこととなるのだった•••。

『アクト・オブ・キリング』は、実際に起こった虐殺事件の加害者たち本人に過去の行為を演じさせ、その過程を記録する、という異例の手法によって製作されたドキュメンタリー映画です。
監督のジョシュア・オッペンハイマーは、政治的な暴力と想像力との関係をテーマに取材、製作を続けているという方。また、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)を手がけたエロール・モリスと、『アギーレ/神の怒り』(1972)や『フィツカラルド』(1982)で知られる巨匠、ヴェルナー・ヘルツォークという2人の映画監督が、完成前の映像を観て衝撃を受け、製作総指揮として加わっています。
斬新な手法と衝撃的な内容で話題となった本作は、先だってのアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされたほか、山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀賞を受賞するなど、世界中の映画祭で高い評価を受けています。

過去に起こった虐殺事件を扱っているとはいえ、作品の中に実際に人を殺すような場面はまったく出ることなく、すべてはあくまでも再現によるもの。にもかかわらず、異例の手法で描かれたからこそ引き出すことができた、人間が持つ二面性に戦慄し、衝撃を受けました。
かつて実行部隊のリーダーであった男は、2人の孫を可愛がったり、好きな映画について嬉しそうに語ったりするような好々爺的な人物。また、元リーダーと行動を共にしている男は、(本作にコメントを寄せている映画評論家・町山智浩さんの言葉を借りれば「マツコ・デラックスそっくり」な)太っちょで陽気な人物だったりします。
2人とも、一緒に酒でも汲み交わせば楽しいだろうな、と思わせるような人物なのですが、そんな彼らが誇らしげに、なおかつ嬉々としながら、過去に行った殺人行為を再現してみせるのです。残虐な殺人行為を行った人物たちが「特別な極悪人」などではなく、自分の隣にでもいるようなごく普通の人間であることの恐ろしさ。
そんなふうに、過去の虐殺行為を自慢げに語るような人物たちであっても、心のどこか奥深くに、罪悪感や後悔の念を押し込めていたのでしょう。その感情が一気に噴き出してきたかのような、終盤の場面では、スクリーンから目を離すことができませんでした。
一人の人間の中に確実に存在する、善と悪、正気と狂気、そして人間性と残虐性。本作がとった異例の撮影手法は、そんな二面性を容赦なく引きずり出し、観るものに突きつけてきます。
元リーダーが、オッペンハイマー監督に向けて語った言葉が、頭の中に残りました。
「俺たちのようなのは、世界中にたくさんいるよ」
そう、これは何もインドネシアに限ったことではなく、特定の政治思想やイデオロギーだけに由来するものでもありません。人間が普遍的に抱えている、両極端な二面性についての問いかけなのです。だからこそ、特定の加害者を糾弾、断罪して終わり、というような単純な告発にはない、衝撃と喚起力を持った作品に仕上がっていました。

虐殺場面はあくまでも再現、とはいえ、過去においてどんなに恐ろしいことが起こっていたのかが、イヤというほど伝わってきました。中でも、ある集落における虐殺と焼き打ちを大掛かりに再現した場面は、かなりリアルで観るのが辛いほどでした(あまりのリアルさに撮影に参加した女性は気絶し、子どもは泣き出してしまうほど)。その意味では、知られざる過去を発掘した記録としても大きな価値があるように思いました。
本作の共同監督の一人であるインドネシア人の名前は「アノニマス」、すなわち匿名となっています。撮影に協力しながらも、本名を明かすことは危険とのことで「匿名」となっているとか。
映画のエンドロールにおけるスタッフの記述にも、「アノニマス」が多数見られました。虐殺事件はまだまだ、インドネシアにおいては終わってはいない、ということを強く感じさせられました。

とても観るのがヘビーな作品ではありましたが、やはり観ておいてよかったですし、人間のあり方についても考えさせてくれるものがありました。機会があればまた観直してみたいとも思います。
本作は宮崎キネマ館では今月(5月)30日まで上映予定です。これはぜひ一度、ご覧になって頂ければと願います。

映画『アクト・オブ・キリング』公式サイト

宮崎キネマ館公式ウェブサイト