【ヨハネ福音書 6章22-63節】
モーセを通して与えられたマナは「天使のパン」と言われ、イスラエルの地上での生存を助けました。
イエス様は「神のパン」であり、永遠のいのちの糧となられました。
主を信じて、受け入れると私たちの中に、神のいのちの源泉である主ご自身が活きて働かれます。
つくられた人体には、空気と水と食べ物が必要です。
ニコデモには霊(ルーアッハ)と同じ語源の息(風)を通して、呼吸によって酸素が肺から血液に取り込まれて細胞を成長させるように、神の霊Spiritは私たちの霊spiritsを新生させて、永遠の神的生命を与えることを教えられました。
4章ではサマリヤの女性に、永遠のいのちの水について話されました。人体の60パーセントは水分であるのに、乾燥地帯であるイスラエルでは水の貴重なことと同時に、永遠のいのちの水について語られたのです。
永遠の泉である御霊が注がれると私たちの霊がよみがえり、さらに神殿から水が湧き出て川となって流れ出すように、神の宮とされた私たちから永遠のいのちの川が流れ出ると予言されました。
「すべて乾いている者は私から永遠のいのちの水をただで受けなさい」とあります。
被造物としての人体は、同じ被造物である新鮮な空気や水や食べ物を呼吸器官や消化器官などを通して内側に取り込まれて、健康を維持します。旧約聖書では食べ物について厳しい規定があり、けがれれた動物や昆虫は禁止され、清い生物のみが食されました。なかでも祭司は捧げられたものを食べることが命じられました。食べものが人間性を形成するという「プットインプットアウト」の原則です。もちろん新約時代は祈りによってすべてが清められますから、主の贖いと食前の感謝の祈りを通してすべての食が許されています。
6章で、ご自身が「神のパン」であることを明らかにされます。
「手のひらを太陽に」の作詞家、やなせたかしさんはアンパンマンという漫画で知られます。
アンパンマンは飢えた子供にパンである自分の顔の一部を裂いて与えるヒーローです。
クリスチャンであったヤナセさんは、戦争時の食に飢えた子供たちの悲惨を見、そしておそらく最後の晩餐で主がご自身の体の象徴であるパンを裂かれて弟子たちと食事をしたことや聖餐式から暗示を受けられたのではないでしょうか。
主は「私はいのち(ゾーエー)のパンである」と語られ、たびたびパンを裂いて弟子たちに与えられました。
十字架上で自らの体を裂かれて、血を流されることを予言されたのです。父なる神は、引き裂かれる思いで御子を世に下されました。そして主が十字架上で体を裂かれて血が流された時、神殿の至聖所と聖所を隔てる幕が真っ二つに裂けました。
天が裂けて、神のいのちである御霊が私たちに注ぎ込まれることになったのです。
造られた被造物は、有限であり永遠のいのちの糧にはなりえません。
永遠の創造主が、ご自身を与えてくださることによって、私たちに神的生命が分与されます。
それは無尽蔵の富であり、朽ちることのない生命です。