創造

創造主とセルフイメージの世界

仙太郎と安保清康

2011-09-01 18:35:37 | 黒船絵巻

仙太郎(1831-1874)、安保清康(1843-1909)両者とも今日の尾道市出身です。

瀬戸田生まれの仙太郎は栄力丸、オークランド号、セントメリー号そしてペリー艦隊のサスケ

ハナ号に乗船した後、ゴーブルと共に米国に帰り日本人初めてのバプテストとして1860年

横浜へ。

向島出身の安保清康は1859年長崎に到着したフルベッキのいる長崎で学び1865年英国

軍艦船アーガス号で訓練を受け、坂本龍馬の海援隊に協力、薩摩藩の軍艦春日号購入を

進言し、戊辰戦争においては自ら幕府軍との海戦を指揮、やがて日本海軍の創設に関わり

明治27(1894)年の日清戦争勝利への貢献します。

いづれも幕末維新の海を舞台に開国と近代化に忘れられない足跡を残しました。

近代化とは欧米の文明文化の導入の歴史といってもよいでしょう。それゆえに内村鑑三や

福沢諭吉でさえ、日清戦争は古い東洋の伝統主義に対決し新しい文化によってアジアを解

放するやむを得ない戦争として支持したといわれます。福沢諭吉が語った脱亜入欧という標

語はこのころのものでした。

しかし英国ロンドン・タイムズ社海外特派員トーマス・コーウェンは「旅順虐殺の目撃証言

をして日本軍の残虐性を問題にしました。(「明治天皇」下巻ドナルド・キーン角地訳・新潮社

)。

近代化とともに「和魂洋才」というもうひとつの標語が叫ばれ始めました。安保氏の主張は

徐々に天皇主義の色彩を強めていきます。これは日本軍のたどった道と同じものでしょう。

欧米思想の基盤はキリスト教であり、それは聖霊によって新たな神の子としての歩みを理

念とするものでした。近代日本の神の国形成の理念は、新生と聖霊なしの新国家形成の

試みでした。人間の営みは人間の遺伝子で可能であり、例えば猿や犬を人間のように育て

ようとしても、無理であり負担になり異常をきたします。

カルトとは、神のいのちなしに神の国を追求しこれを完成しようとすることです。

それ自体理想的にも見えますが、やがてその限界ゆえに失望と破綻に襲われます。

日本が太平洋戦争に突入する時、多くのリーダーや人々の思いに浮かんだのはかつての

日清日露戦争の勝利の残映だったと言われます。

今日、依然として我が国のリーダー達は、日本人としての人間性のみに依存し、これを誇り

これで事足れりとしているのではないでしょうか。

それは表層的、形式的には新しく見えますが、深層においては依然として古い和魂主義の

兆候があります。

聖なる霊の働きを無視すると悪しき霊に道をひらくことになります。

すべてのカルトはいつでも初めはよいもののように現われました。しかし悲惨な結末を産む

ことになりました。

神の与えて下さる神ご自身の生命とエネルギーに生きること、これが新鮮な活力の根源で

あります。

仙太郎は目立たない歩みでありましたが、その生涯は計り知れないメッセ―ジをひめており

ます。

創造主に立ち返りその豊かな恵みをみなさんの心に迎えられますようお祈りします。

 

 

 

 

 

 

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