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日本で「レーダー」の用語が使用された起源についての考察

2023年06月07日 09時19分56秒 | 03陸海軍電探開発史

日本で「レーダー」の用語が使用された起源についての考察(令和5年06月07日)

日本陸軍は、レーダーのことを「電波探知機」と総称し、個別では早期警戒レーダーを「電波警戒機」と、射撃管制レーダーを「電波標定機」と呼称している。
一方、日本海軍は、一般的なレーダーのこと「電波探信儀」と、敵レーダー波の傍受用受信機のみ「電波探知機」として呼称している。
戦後は、レーダーのことを一般的には「電波探知機」で呼ばれていたが、いつの間にか「レーダ」の用語が使用されるようになり、最後には用語統一で「レーダー」が正式用語となっている。
したがって、戦時中に敵国の秘密兵器である「レーダー」なる用語を日本では知る機会はなかったものと思われるが、下記の米軍報告書「A short survey of japanese radar VolumeⅠ」には、それを否定する論述がなされている。
なお、レーダー(Radar)という用語は一種の略語であり、英語のradio detecting and ranging(電波探知及び測距装置) からきている。
これはアメリカによる命名であり、当初イギリスでは、radio detector(電波探知機)及びradio locator(電波標定機)と呼んでいた。

A short survey of japanese radar VolumeⅠからの抜粋
日本人は、1936年にアメリカのジェネラル・エレクトリック社のC.W.ライス博士が提案したアイデアとは独立してドップラー検出の研究を行っていたと断言している。それはどうであろうと、日本のレーダー研究開発のエンジニアは皆、ライス博士の著作に精通している。
「レーダー」という言葉は、日本の論文には1944年末に初めて現れた。日本は、それがB-29に搭載されているPPIサーチタイプのセットを指すために使われていると思いこんでいた。彼らはレーダーの代わりに早期警戒セットを「ディテクター(探知機)」と呼び、探照灯や対空火器制御セットは「ロケーター(標定機)」として呼んでいる。
1940年までに、パルスレーダーのアイデアが強く浮上し、この技術の研究が開始されるようになった。その利点はすぐに明白になったため、その後の主な努力はこの方法の開発に注力された。

2点の課題の抽出
①【「レーダー」という言葉は、日本の論文には1944年末に初めて現れた。】
②【日本は、それがB-29に搭載されているPPIサーチタイプのセットを指すために使われていると思いこんでいた。彼らはレーダーの代わりに早期警戒セットを「ディテクター(探知機)」と呼び、探照灯や対空火器制御セットは「ロケーター(標定機)」として呼んでいる。】

課題
① 【「レーダー」という言葉は、日本の論文には1944年末に初めて現れた。】について

出展資料1:雲上より日本都市を狙ふ B29の電波暗視機? 電波科学( (昭和20年2月号) 
http://minouta17.livedoor.blog/archives/20559565.html
英米の電波暗視機
英国では早くからロッテルダム装置と称して、対独爆撃に際して偵察機が必ずこれを装着して先行している。
米国では英に少し遅れたが、最近得るところによれば例の本土空襲のB-29には各機にもこれを装備して来ているらしい。
写真で見ると主翼の胴体貫通部の下にお椀状のものが見えるが、これは明らかに空中線を貨した覆いでなければならない。
米国では一般に電波兵器のことをレイダーと呼ぶが、最近はレイダーに恰も電波暗視機特有の諸用とさえ解され勝ちである。
その性能が如何なるものか、深夜帝都に侵入するB-29が海中に投弾すること度々なるを見るとき、必ずしもその性能怖るべきものならざるを知ることが出来る。
第2図は伯林市街のロッテルダム実況図である。
これは各部分部分のロッテルダムによる写真を集め、平面図的に作ったもので、第3図はそれを幾分修正したものであろう。
孰れも独軍の手に落ちた英国の携行資料である。
第4図はロッテルダムの指示機を示す。
B-29の有するレイダーも概ねこのロッテルダムに依り想像可能のことと思うふ。

出展資料2
科学朝日 昭和20年4月号
動く目標や距離も測定「レーダー」の性能を英で発表
兵器 レーダーの詳細に関する記事が最近英国の専門雑誌に初めて発表された。雑誌は「ワイヤレス・フィールド」で、筆者は英国物理学研究所ラジオ部長R・L・スミスローズ博士である。この研究所は英国でレーダーの研究を最初に完成したとされているが、この秘密ラジオ・ロケーターは、今次大戦における最も重要な科学的成功とされている。これについて博士は次の如くいっている。
暗夜でも物が見えるレーダーは、人間的勇気と共に勝利の重要的な要素となりつつある。そして現在でも敵の艦船並びに航空機の奇襲攻撃などに対し大きな戦果を収めている。レーダーは暗黒の真っただ中に電波を送り、それが対象物から跳ね返り、反射する様相を記録する。目標物の運動乃至距離の測定は極めて正確で、レーダーのみによっても真の暗黒の中で完全に下方を照準することが可能な位である。
固定すると運動するとは問わず目標物の方向乃至位置を求めるために電波を使用し、目標物の電気特性の相違を利して媒体、隣接物乃至はその周囲のものから目標物を判別する。これがレーダーである。

 

【コメント】
【「レーダー」という言葉は、日本の論文には1944年末に初めて現れた。】の件に関しては、電波科学( (昭和20年2月号) 、科学朝日 昭和20年4月号と2点の雑誌しか確認できず、昭和19年(1944年)末に初めに公表された論文が如何なるものかは分からなかった。

無線と実験、電波科学や科学朝日などの一般の方を対象とした科学雑誌のことであるが、戦時中であることから厳しい検閲を想定するわりには、日本では自軍の秘密兵器は厳重な管理下に置くが、海外のドイツ、米国、英国などの軍事技術についてはノーガードで公表されている。
無線と実験(昭和17年12月号、昭和18年7月号)
フィリピンとシンガポールで鹵獲してレーダーを公表した。
なお、本誌のレーダーの表現は、radio detector(電波探知機)及びradio locator(電波標定機)である。

科学朝日(昭和20年4月号)
白黒の印刷で、総ページは25ページ、紙質も悪く戦争の終結が予感される。

目次をみても、米のP80噴流推進戦闘機(※日本では橘花相当品)、アメリカ陸軍の240ミリ榴弾砲、先尾翼型試作戦闘機XP55型「アセンダー」(※日本では震電相当品)、対日戦に備える敵米の予備士官学校の紹介など英米を逆に賞賛する内容になっており、検閲など全く無縁の反戦を意図した出版物と勘繰られても可笑しくない内容となっている。
それでも、科学朝日の表紙には健気にも年号には、2605と表記しているが、年号は「皇紀」ということだろう。

科学朝日(昭和20年4月号)のPDF版

https://drive.google.com/file/d/1Y_2lrCv8yOnE87dKTsY2NIu7yetS0o7H/view?usp=sharing

 


②【日本は、それがB-29に搭載されているPPIサーチタイプのセットを指すために使われていると思いこんでいた。彼らはレーダーの代わりに早期警戒セットを「ディテクター(探知機)」と呼び、探照灯や対空火器制御セットは「ロケーター(標定機)」として呼んでいる。】

上記に関する根拠資料を以下に示す。
有末機関報第453号 日本ノ対空警戒組織ニ関スル件 質問書(昭20.11.22)
有末機関報第453号
主責任課 参本残務整理部第一部班 航本総務課
日本ノ対空警戒組織ニ関スル件
11月22日
連合国最高司令部発、陸海軍東京連絡委員長宛
日本ノ対空警戒組織ニ関スル附属質問書ニ対シ完全ナル回答ヲ昭和20年11月29日迄ニ当部ニ提出スベシ
依命
一、日本ノ対空警戒組織ニ依リ利用セラレタル情報源
1.敵ノ航空機、船舶、潜水艦ノ近接ヲ判定スル為早期ノ電波探知機(early warning radar)ノ他ニ如何ナル情報源ヲ利用セシヤ
【監視哨、音響判定、通信傍受、電波暗視機傍受(radar intercept)、I.F.F.傍受他】

16.早期警戒用電波暗視機ノ一操作所ガ電子的ニ妨害ヲ受ケアリ時又ハ妨害反射片ノ目標トナリアル時、早期警戒用電波暗視装置所ノ資スキ標準的走査規程ガ発セラレタルヤ
17.1式3型(MarkⅠModel3)1式2型(MarkⅠModel2)又ハ他ノ150メガサイクル早期警戒用電波暗視機ガ連合国I.F.F.ヨリノ通信ヲ受信シ得ルコトヲ認メタルコトアリヤ、コノ通信ヲ早期警戒用電波暗視機ノ限度ヲ広ク張ルタルム利用セシコトアリヤ

{軍務課註}
一.訳文中左ノ語就モ意味不明ナルニ付、目下陸運ヲ通シ照会中ナリ
I.F.F.、SOP、DFRadar
二.訳文中「電波暗視機トナシアル」ノ原文ノ(radar)ノ訳ナリ

25.日本ノ戦闘機指揮法ハ連合国ノ其レト如何ニ相違シアリヤ
P.P.I.法(計画位置標示器)ハ如何ニ発達セシヤ
(Plan Position Indicator)→ ※(Plain Position Indicator)の翻訳官の誤解か原本誤記
(計画位置標示器)    → ※(平面位置表示器→本来のPPIのこと)

 

【コメント】
{軍務課註}【.訳文中「電波暗視機トナシアル」ノ原文ノ(radar)ノ訳ナリ】とあるように、日本の軍部は、radarのことを電波暗視機として理解していたのは事実のようである。
ただし、early warning radarのことを早期ノ電波探知機との翻訳もあるが、日本側がとの程度「レーダー」という用語を理解していたのかは確かに疑問である。
それにしても、戦後のどさくさで「有末機関」なる輩による軍との癒着には辟易する。



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参考文献
A short survey of japanese radar VolumeⅠ
アジア歴史資料センター 「自昭和20年10月17日 第229号 至昭和20年11月30日 第469号 有末機関報綴」 レファレンスコード C15010237300
アジア歴史資料センター 陸軍調査部質問書(其16)回答 空襲に対する日本本土の防備/11.陸海軍警報組織 12.日本の電波警戒機に対する連合軍の妨害の影響 レファレンスコードC15010644000
雲上より日本都市を狙ふ B29の電波暗視機? 電波科学( (昭和20年2月号) 
電波探知機 昭和20年10月 紀平 信
無線と実験 昭和17年12月号、昭和18年7月号