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独逸ウルツブルク式系統の国産化レーダーの譜系について(令和3年11月17日)

2021年11月17日 15時40分11秒 | 03陸海軍電探開発史

独逸ウルツブルク式系統の国産化レーダーの譜系について(令和3年11月17日)

独逸ウルツブルク式系統の国産化レーダーの譜系について

独逸ウルツブルク・レーダーの国産化については、「幻のレーダーウルツブルグ」昭和56年12月 津田清一著により大変詳細に紹介されています。
今回は、独逸ウルツブルク・レーダーの国産化の過程により派生した陸海軍の国産レーダー開発の譜系を考察することとしました。
まずは、独逸ウルツブルク・レーダーの国産化であるタチ24について紹介します。
ウルツブルグFuMG 62A-D  http://lucafusari.altervista.org/page1/page26/WurzburgRadar.html

この中で、ウルツブルク・レーダーの最大の特徴である精密測距技術に着目するこことします。

 
 基本事項(以降は忘備禄用として記録しておきます)
レーダーの原理
数学的根拠については以下のとおりである。 
L =( S * C )/2     f  = C /( L*2 )
※  L:距離、S:時間、C:光の速度(30万キロメートル/秒)、 2で割/掛けするのは往復時間の補正のため、fは周波数。
ウルツブルグで使用する重要指標は以下のとおりである。
L1=40Kmの距離は、S=0.266666秒かかることがわかる。これを周波数換算すれば、f1=3.750Khzとなる。 
また、L2=5Kmの距離は、S=0.033333秒かかることがわかる。これを周波数換算すれば、f2=30Khzとなる。 
なお、f1とf2の周波数比は、8倍である。
レーダーによる距離測定は、使用するパルス繰返周波数の波長の距離となる。
パルス繰返周波数が3.750Khzであれば、1波長は40Kmとなる。
送信パルスを発射し、パルスの反射波を指示器に表示する。

送信パルスの作成事例

 
Aスコープの指示器の事例では、ここに反射波がでるので目盛較正からおおよその距離が測定できるが、測定精度は悪く、見張用の電波警戒機としか利用できない。


 電波標定機は射撃管制レーダーとして使用するためには精密測距技術が必要となる。
まず、基本として距離を測定するためには、移相制御が重要となる。
具体的には、ウルツブルグではパルス繰返し回数を3.750Khzを採用することにより、1波長80Kmの半分である40Kmの測定が可能となる。
この範囲に反射波として出現する受信パルスとは別に、指示器内で同じ繰返周波数で生成した正弦波を移相して受信パルスを一致させれば、精密な距離が測定できることになる。

正弦波の移相について
移相の手段については、ツーロン回路(Toulon circuit)とゴニオメーターの2つの手段があるが、どちらの方法も、戦時でも既に一般化した知識であった。
ツーロン回路(Toulon circuit)の事例


 
ツーロン回路の実験用モデル試験

 

ゴニオメーターの移相について
本来のゴニオメーターは、下記の資料のとおり直交したコイルからベクトルデータを求めるもので、一般的には方向探知機として利用されている。
今回は、単に移相を目的としているため、単純モデルとした。

 
ゴニオメーターもどきの回路の実験用モデル試験

 

移相調整の事例
ツーロン回路(Toulon circuit)、ゴニオメーターとも可変で移相することを確認したが、ゴニオメーターもどきではコイルの巻き数不足のためか出力が弱く、ツーロン回路の結果をのみ掲載する。

 

ウルツブルグの測距機の解説について
タチ24 http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022270.html
ウルツブルグに関する国内資料では、唯一「幻のレーダーウルツブルグ」昭和56年12月 津田清一著があるが、ブロックダイヤグラムなどの詳細な内容を検証すると不明瞭な箇所も多く、システムを理解することで困難こと場合が多々ある。
信頼できる1次資料としては、敗戦直後にGHQへ提出した「Japanese Wartime Military Electronics and Communications, Section 6, Japanese Army Radar, 1 April 1946」と「Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946」資料をもとに、資料不足や理解できない箇所については、筆者が製作したらとの仮定の上で、真に勝手ながら推論を含めて分析・解説を進めることにしたい。

ウルツブルグの測距機の操作面


 
精密測距方法について
ウルツブルグの精密測距方法については、大変特異な測距方式が採用されている。
移相方式は、ゴニオメータ―を採用しているが、入力周波数が3.75Khzと30Khzで、1回転で360度の移相を変化できるゴニオメーターを各1個づつ用意し、しかも歯車機構でこの2個のゴニオメーターを1:8の倍率のもので連結し、どちらのゴニオメーターを回転させていても、連結しているので1:8倍の比率で回転する。
更に、ゴニオメーターを作動させる発振部は、一方は3.75Khzの粗調整用ゴニオに注入し、他方は1:8倍のバーニア機構付きで30Khzの密調整用ゴニアに注入する。
この条件下で、2つのゴニオメーターの動作は、一方の3.75Khzの粗調整用ゴニオのもの角度が、0から40Kmの範囲で比例する。
連結された他方の30Khzの密調整用ゴニオのもの角度は、0から40Km(5Km×8倍)の範囲で比例させるため1/8倍の角度変化で回転することとなる。
逆に、30Khzの密調整用ゴニオを回転させれば、この時連結された3.75Khzの粗調整用ゴニアの角度変化は8倍されて回転する。
また、30Khzを注入した密調整用ゴニオメーターの調節により、測距で標定された黒点パルスを表示機の索敵(粗距離)、方向、高低の各ブラウン管に送られ黒点表示することでどの位置の受信パルスが標定されたか認識することができる。
移相調整については、正弦波が条件となるが、一方指示器に表示される受信パルスに対する標定のため、ゴニオメーターの出力として移相された正弦波を矩形波に変形し、微分回路を通してパルス化したものを更に極性反転し、負パルス(黒点パルスと称している)としたものを表示機のブラウン管の第1グリッドに輝度変調として注入する。
これによって、ブラウン管の表示で黒点として交点が非表示状態(カットオフされる)となり、受信パルスに標定した位置(移相)が正確な測距距離となる。
測距機の測定結果については、通常はデジタル表示されるが、ウルツブルグでは複雑な歯車機構のため、測定結果については目盛スケールによる読取りが必要となる。

測距機の指示器について
精密に距離を決定するためには、1台はJ形表示をしたブラウン管を使用し全距離範囲を指示し、もう1台はその範囲内のせまい部分を拡大して表示する必要がある。

粗調整用の極座標用ブラウン管(Jスコープ)について
ウルツブルク・レーダーでは、索敵用にJ形表示の120mmのブラウン管が採用されている。
索敵のためには、下記のようなJ形表示を行えば敵味方の航空機を一方向ではあるが、0から40Kmの範囲で即座に距離を把握することができる。

J形表示用ブラウン管の構造について(レーダー工学(上巻)より抜粋)
J形表示には特別に設計された静電型ブラウン管を使用する。ピン状の電極をスクリーンの中心を貫通させる。
掃引電圧を水平及び垂直偏向板に加え、輝点に円運動をおこさせる。
中心のピンに負電圧(接地電位の第二陽極に対して)を加えると、ピンから遠ざかるような電子ビームの偏向電界を生じるが、エコーの指示はこれを利用して行うのである。

 

日本でも、昭和17年2月発行の「ブラウン管及び陰極線オシログラフ」の中に同様な説明がされているが、東芝でライセンス製造されていたのかは不明である。

R03.11.18 追加資料
移相に関連し、方位角(方向)、仰角(高低)の75mmの観測ブラウン管については、3.75Khz用のゴニオメーターの出力を利用した鋸歯波をもとに掃引を行う。
これは、120mmの索敵用J型表示ブラウン管で0から40Kmの全体の受信状況を確認し、精密測距の担当者は、測距機のゴニオを使用して調定している情況を、黒点を通し方位角(方向)、仰角(高低)の操作者にも把握できることにある。
 


ウルツブルグ式系統の国産化レーダーの具体的な検証について
幻のレーダー・ウルツブルグ 津田清一著 抜粋
昭和19年4月 タチ24の生産計画
1. 現在、日本電気で生産されている「タ号3型電波標定機」の生産を打ち切り、ウルツブルク・レーダー(タチ24)に生産を切り替える方針である。
2. 試作機の完成しは、昭和19年末を目標とし、調整、検査改修完了は、昭和20年2月末、電波兵器実験の完了は、5月末とする。
3.標定機用架台は高射砲架台を官給する。
4.反射鏡は広島県下の東洋工業(株)に日本無線が発注し、多摩研が連絡する。
5.ブラウン管は東芝研究部が担当する。
6.ドイツ電子管は、日本無線が担当する。
7.その他の生産と取り纏めは日本無線、三鷹工場(皇国第294工場)とし、生産責任者は、中島進治社長とする。
8.多摩研究所の責任者は新妻精一中佐、仕事の担当者は山口直文大尉とする。
9.生産遂行上の障害は、多摩研が責任をもって処理をするから佐々木工場長は、陸軍工場の小杉繁造部長にウルツブルグの試作機を、今年末までに是非とも完成せよ、と命じた。

タチ24の開発主体は日本無線であるが、「ブラウン管は東芝研究部が担当する」とある。
戦時中では、ブラウン管の製造は、東芝、住友(日本電気)、川西機械の3社しかなく、最大手の東芝に任すしか手立てがなかった。
特に、測距用の極座標用ブラウン管(Jスコープ)の製造ノウハウは東芝しかなかった。
なお、東芝研究部とあるが、東芝電子工業研究所のことのようである。
文書にはないが、精密測距機構についても、東芝に依頼したことがうかがえる。

タチ24は、ウルツブルグ・レーダーの完全コピー版のため差異はないものと思われる。

タチ31 http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022269.html

 
本機の特徴
開発主体は東芝である。
タチ4の改良版であることから、使用周波数は200Mhzの超短波帯のままである。
測距機については、ウルツブルグ型のゴニオメーターを採用している。
しかし、ブロックダイヤグラムを追ってみると、30Khzの密調整用ゴニオは、黒点の表示のみに使用しており、本来必要な測距については、3.75Khzの掃引で行っており、厳密には正確の測定は期待できない。
索敵用の120mmの観測ブラウン管もJ形スコープではなく、A形スコープと思われる。

参考資料 タチ31構成真空管一式


 

海軍二号電波探信儀三型 http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022316.html
海軍二号電波探信儀三型 S8

 
本機の特徴
開発主体は東芝である。
本機は、S8は海軍の艦船用水上射撃管制レーダーである。
パラボラアンテナは送信用と受信用と別個に設けられている。
使用周波数は、ウルツブルグよりも少し低い517Mhzの極超短波帯を使用している。
本機は艦船の水上射撃管制レーダーのため、仰角(高低)の表示装置は組み込まれていない。
測距機についてはウルツブルグ型を踏襲し、測距については、30Khzの密調整用ゴニオを使用している。
しかしながら、索敵用のブラウン管は75mmと小口径のブラウン管のためJ形スコープではなく、A形スコープと思われるため観測精度には問題がある。
なお、索敵用のブラウン管の掃引については、射撃管制用に3.75khz(最大40Km)と水上見張用に500Hz(最大300Km)の鋸歯波の切換機能が追加されている。

海軍二号電波探信儀三型 S8A


 
本機の特徴
開発主体は東芝である。
本機は、S8Aは海軍の艦艇用対空射撃レーダーを意図して企画されたものである。
パラボラアンテナは送受共用である。
使用周波数は、ウルツブルグよりも少し低い500Mhzの極超短波帯を使用している。
測距機についてはウルツブルグ型を踏襲し、測距については、30Khzの密調整用ゴニオを使用している。
しかしながら、索敵用のブラウン管は75mmと小口径のブラウン管のためJ形スコープではなく、A形スコープと思われるため観測精度には問題がある。
なお、索敵用のブラウン管の掃引については、射撃管制用に3.75khz(最大40Km)と対空見張用に500Hz(最大300Km)の鋸歯波の切換機能が追加されている。

昭和20年5月に初めて陸軍ではウルツブルグのコピー版であるタチ24の1台が完成、直ちに陸軍の実線部隊に導入されたが、昭和19年7月には、東芝によって海軍の海軍二号電波探信儀三型S8Aが、ほぼ完全版の和製ウルツブルグとして完成したこととなった。
ただし、この時期では艤装タイミングもなく、やがて搭載すべき艦船も消滅したのは大変な歴史の皮肉というほかない。



特1号練習艇に搭載され実用試験を実施


参考資料
レーダーの指示器の表示形式

 

戦時中のレーダー用ブラウン管について
ウルツブルク・レーダーでは、索敵用にJ形表示の120mmのブラウン管をよく見ると、前面の表示部がフラットになっていることがわかる。
戦後の普及した家庭用テレビも長い間はブラウン管の前面パネルが丸みを帯びていたもの使用されていた。
ところが、1996年11月、ソニーは世界初の平面ブラウン管テレビ「べガ」を発表した。
「べガ」は、瞬く間にヒット商品となり、松下電器産業の牙城の一角を切り崩した。
このようにブラウン管へ平面化対応は困難をともなうが、戦時にウルツブルグ・レーダーの完全コピー版であるタチ24もこの平面ブラウン管の製造に成功したのだろうか。
戦時中のブラウン管と昭和39年製の国内メーカーによる平面ブラウン管を参考に掲示する。
戦時中のオシロスコープの事例 120mmと75mm


 昭和39年製の国内メーカーによる平面ブラウン管


 


気付き
昨今テレビで東芝の3社分割の報道がされているが、戦時の苦労から比べればどんな問題も乗り越えられるはずだ。
ただ、その遺伝子が未だ残っていればの話だが・・・・
財務中心の企業ばかりでは、社会からはその存在の価値を認めることはできないぞ!。


参考文献
「幻のレーダーウルツブルグ」昭和56年12月 津田清一著
Japanese Wartime Military Electronics and Communications, Section 6, Japanese Army Radar, 1 April 1946
Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946
レーダー工学(上巻)
ブラウン管及び陰極線オシログラフ 昭和17年2月発行
無線工学ポケットブック
位相の測定方法 http://cc.ce.nihon-u.ac.jp/~ee-kiso/manual/2015/No103-2015.pdf#search=%27%E7%AC%AC3%E7%AB%A0+%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%97%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E4%BD%8D%E7%9B%B8%E3%81%AE%E6%B8%AC%E5%AE%9A%27