michi のひとりごと

日々のつぶやき、あれこれ。

老々介護で 100歳になった母を見送りました。
こちらは重度の難聴。

どうなのかな?自分のハンディについて意識することって    〔聴こえ〕

2011-02-24 07:53:20 | Weblog

ある親しい人に、応援メッセージを贈りました。

 「一般的にいえば、悪条件のもとだけれど、めげずにね」

 「心から応援していますよ」、という気持ちを籠めて。

 

でも、前半の部分には なんとなく触れませんでした。

送ってからそんな自分の心の中がハッキリしてきたんですが、

「悪条件のもと…」となってしまうと、

ちょっとタイヘンになってきたときに、

「こういう状況なんだもの、タイヘン…ってなっても当たり前 」となってしまうこともあるから。

 

かめおかゆみこさんが、いつも言ってくださっているように、

   『見つめたものが 拡大する』

これ真理だなって、つくづく実感するんです。

ふと気づいたんですが、

そういえば、この2~3日は、私が聴こえづらいこと、

ほとんど意識してなかった。

なんとなく、それなりに やっちゃってました。

そして、それ良かったナ、って思ってたんです。

ところが――。

                        

Sさんから、また別の仕事の声がかかった。

彼女は、ちゃんと要点を書いてきてくれて、同時に口で説明してくれました。

でも、あとから

その要旨や目的など、自分はあまり把握できていなかったことが

だんだん分かってきた。

 

歯抜け状態でぼんやり聴こえてくるものを、

推測で補うような形が日常になっているので、

自分が、どの程度把握できているのかが、ハッキリできていない。

つまり、

     このことはキチッと分かった。

   この部分は、推測で補って。

   これは、大まかに、たぶん。 

――といったようなことが、その時その時、キッチリ自分で 瞬時に分かっているわけじゃないんですね。

 

あの場では、聴き取ることに全エネルギーを使ってしまってて、

書いてもらったものは、流し読みしてしまってました。

彼女は、とても急いでいるようで、打ち合わせのあと、サッと行ってしまった

(長期の出張の前で、本当に急いでいたようです)。

あとで、「そのメモ、もらえない?」と言えば良かったかも。。

 

Sさんからの依頼は、初めてのタイプの仕事。

とても不安になって、受けたことを後悔する気持ちが涌いてきちゃった。。

やっぱり、伝えてもらったことを、きちんと把握できたかどうかについては

意識した方が良いのかな。。

 

 

 

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