日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 弥生(3月)の詩(うた) *

2009年03月31日 | デジブック
あっと言う間に・・はや3月。 3月はいっせいに芽吹き、ものみなうごめく季節。
陽ざしも輝き、初々しくもある緑色のとき。 何か心までうきうき・・。
何かを 2月よりはスキルアップしなければと思っている私です。
暑さ寒さも彼岸まで・・余寒・・みなさま風邪などには、どうぞお気をつけ下さいますように。

デジブック で、ご挨拶。 
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* 還暦記念旅行二日目 (ほぼ・・ぼやき?)*

2009年03月22日 | 風景・お出かけ


朝5時に目覚め。 窓の外はまだ暗いが心地良い。 昨夜の楽しい時間夢ではない、4人一緒にいる。
早いこと温泉に入ろうよ・・と降りたが、アチャー、フロントはまだ暗くて時間が早すぎ部屋へ戻る。
再度温泉の開放早々と、まだ誰もいない温泉に3人で入る(Y子ちゃんは寝床)名残の露天風呂を楽しんだ。
朝食までの時間、着替えて4人で温泉街を散策する。 柳が青々としていたら、桜でも咲いていたら・・、
思いはあるが、観光でなく再会した喜びや満足感がそんな気持ちを消去してくれる。
朝が明けきっていない温泉街、向かいの御所の湯では湯けむり・・朝の温泉を楽しむ人々が列をなしている。
あら~、Y君1人足湯・・癒されてるのね~。 昨夜のみぞれの後だ、すがすがしい空気のなか気持ちが良かった。

朝食は7時、同じSちゃんでも小、中主席だったSちゃん。 あの頃のイメージとは変っているように思う。
いい年月を重ねて年をとってるって感じ、お正月20年ぶりに会った時一番嬉しくほっとした男性でもある。


8時半バスに乗り込む。 昨日の賑やかな車内とは違ってバスの揺れがまるでゆりかご? 声が聞こえない、シーン・・。
ガイドさんはおかまいなく声高にガイドをする。 殆どが寝ていて反応がないことがだんだん気に入らないのか、
そんなことが不足で口にするようになった。 掃除のときの大変さや色々皮肉も交えて。
だってねガイドさん、昨夜は同窓会だ、宴会だ、その後またそれぞれに思い出話に余念が無かったはず。
カラオケの後、ご機嫌のTちゃんKちゃんは、旅館が分からなくなって真夜中2時間さ迷っていたらしいし。
偏照寺では本を薦められても買わないでいいですよ、意味が分からなかったけれど何度か言った。

偏照寺に到着、田舎のはずれにあるような、目立たないような小さなお寺、そしてお堂、法話を期待して入る。


旅行の前にネット検索したが、面白いお話をしてくれるお寺・・どんな楽しい話なんだろう。
目を向いたような顔の濃い住職だった。 目の前にずらっと著書や色紙を並べてござる。
若いときはあまりいい家庭環境ではなかったようだ、面白おかしく話してすっと人を話に引き込んだ。
年配者に向けたお金のどちらかと言うと汚い裏話、話の中でばばぁばばぁと言うのも気にいらない。
親と同居している人や、両親の世話をしている人もある、もちろん離れていても産んでくれた尊い母親なのに。
ばばぁとはなんぞや。 自分のレベル持論でもって、もっともらしくしゃべらないでごしない。


ねえ住職さん、仲が悪かったあなたの両親に言うのならともかく、命の源、世の母親に対して、
人前でばばぁばばぁはない、人に道を説く住職の言う事ではないぞよ。 
見れば分かる年配者の観光客、還暦からまた人生を生き抜く我々を前に、あなたには愛はないのか。
笑いの中にしみじみと心の糧になるようなそんな話は出来ないのか。 40分もあなたにあずけた貴重な時間。 
でも出来ないだろうなぁ、あなたには。 

「目に緊張感がない?」 そんならあなたの目は何? お金のもうじゃのいやらしい目に見えましたぞよ。
次々と人を指し人生判断者か? ほめたりけなしたり、友人たちをつかまえて無理に笑いをとろうと、
あなたが作り笑いしてどうするの。  素直に一生懸命答える純情な友人たちは住職の魔術のかかり・・。
不愉快極まりない、みんなどんな気持ちで聞いていたんだろう。 大人だね~みんな。
お寺の紅梅白梅の花が咲いていなければ、私・・恐らくきれていましたわぁ。


バスに乗るなり女優崩れと言われたKちゃんと、品性のかけらもないその住職に文句言いまくってました~。
Kちゃん初め、前列にいた人たちは当然買わずに帰れなかったよん! 拝観料、無料? 当然じゃない!
年間2万とも2万5000人とも。 100円のお賽銭でも、税金いらないし、坊主まるもうけとはこのことでござる。
恥でしょう地域の、観光コースにこのお寺入っているなんて。 寂聴さまの爪の垢煎じて飲まれたし!
みんなどうよ、笑い流せば終わり?  有難いと思って手を合わせて帰る人いる? 
よし、観光課に書きこみがああれば、一言いや三言くらい物申してしんぜよう。 

そう言えばSちゃんが夜の宴会の席で言っていた。 彼とは高校の生徒会で一緒に活動した仲間。 
T美と私が同じB型とは信じられないが、「いや、似ているよ。 二人とも自分の思うように生きている」(え~?)
「T美は気になったことその場でズバっと言うが、みくさんは、ずっと黙って聞いているけど、
あとでまとめてズバッと言う。 その方が結構きついで」 (はぁ~)

そう言えば7年位働いたが会社でもいじめる人、おふざけの男性等許せなくて、強気を挫き弱気を助ける、
代表として社長に掛け合うのは私の役だった。 社長からはあなたは官房長官みたいだ笑われてましたわ。 
でも職場の雰囲気作りに徹してきた私。 Sちゃんの話って、このお寺に物申す私の、こう言う性格のこと?

バスは一路、天橋立へ。 ガイドさんの集合写真撮りましょうかに返事が無い、シーン。 
ガイドさん段々眉へしわ寄せて・・雲行きが・・、こちらは不愉快。
長いやり取りの末、買わないでもいいのだから撮るだけ撮ろうと言う事で決着、幹事さん冷や冷やだったでしょ。

一宮本伊勢籠神社の中を通り、天橋立へ向かう。


手も清めて無いし・・お賽銭を入れて拝む余裕もなかったけれど、いいのかなぁ。


天橋立は三度目だが、ロープーウェイに登って見下ろしたことは無い。





ほー・・これが日本三景のひとつ、天橋立。 道路からしか見たことがなかったから、なんか嬉しい。





股覗きで見る橋、面白い発想。
しかし、股覗きした人の純情さ、こんな心って大切よね。 夫も「撮ってあげる!」
夫には亡きお父さんが旅行した時の写真の思い出があったようだ。 私は聞いたことなかったが。
父はやらなかったみたいな? 「わしは、そがなことやりゃぁせんぞ」 笑いながら言ったかな好きだった父。
股覗きで見たら、こんな感じ・・。



最近は高齢者の観光多く、手すりが出来ている。 
面白い発想である。 股覗きした人の純情さ、こんな心って大切よね。 私も夫が撮ってくれた、載せてはないが。
帰り、籠神社で神戸の一人暮らしの婦人へ、赤米健康守と、同窓会に来れないKちゃんへ花守りを買った。


昼食が始まっていたが、残った席へ座ったら向かいは又昨夜のSちゃんだ。  今度は何を言われるかなぁ・・。
いや別に、これと言って言われることはなかった。  楽しく頂いた。 


帰路はもうバスが止まるたびに、みんなはお土産を買い求めている。 
バスから降りるたびに夫を探し、「何にしよ、あそこここ、3人の娘や孫たちに・・」と一緒に選んだ。
今回は還暦と言う事で、少し意識して二人は洋服に赤を入れて着た。 お陰で夫が探しやすかった。

お土産もいっぱい買い込んで、バスは一路姫路へ。 ガイドさん、みんなのお土産が今までかなり多いと満足顔。
後はず~っと観光の話(本当は有難いけれど)をされて、釣り好きな自分の自慢話繰り返し、反応ないと時々皮肉も。 
それっておかしい、不愉快にさえなってくる。  またまたKちゃんとこんなこと、ぶつぶつひそひそ話していた。 同感って、相槌打ってくれる人も。
もう少しでお別れやねとU子と、少し親密な話をした。 やはり今回の同窓会旅行は必然だなぁ。

最前列の責任者T君、大変だったですね。 前列付近の方々眠れなかったでしょ、M君受け応え真面目におおきに。
私も出来る限りは顔見せて聞いてあげたのよ。 でもね、でも・・2号車はお客さんの様子を見て臨機応変に。
話をすることなく、皆の好きにさせてくれ「こんな楽なガイドはなかった」とか。 そうよ、それなのである。

我々のガイドさん、全国を制覇したいとか。 あと東北だけ行って無いそうだがそんなにお好きならアドバイス。
偉そうかもしれないが、お客あってのガイドさんでしょうから。ななたも私たちのような旅行されるかもね。
”人の心に入る”と言う事をどうぞ。 私たちは、色んな人の集まったツアーではない。
同窓会、分かっているはずなのに、還暦に関した言葉はなかった、労いがあってもいいはずだし、
何十年ぶりに会った友人もいる、たとえ賑やか過ぎても、微笑ましいとさえ思ってみては如何なものか。 
話し明かした朝のバスで皆が寝ていたとしても、楽しかったですか、良かったですね・・温泉や料理ではなく、
皆との語らいが・・である。 そんな事への気遣いが、全く無かった、不思議なくらい全く。 
これでは単なるガイドに過ぎない、慣れすぎているのかなぁ、おざなりになっている?
もし本当にこの仕事に惚れているのなら、乗客の旅の目的を知り、そこに思いを馳せられるような、
そのときその場の心になり、思いやりのある案内人、ガイドであって欲しいと願う。

そう書きながら、自分にもこのようなことが日常ありはしないか、見直さなければと思っている。
しかしSちゃんの言ったとおりだ。 私少々きついかも。

姫路で7名が降りた。 バスのみんなとお別れ、今度はいつ会えるだろうか、楽しかったとても。
一泊二日の還暦記念旅行、沢山の人に会えて話が出来て、どんなに心豊かな時が過ごせたことだろう。
参加できたことへの感謝、お世話下さった方々への感謝、みんなの笑顔がこれからの大きな励みである。 
バスを見送り手を振る、なんか涙が出る。  みんなありがとう、元気でがんばりましょう。


* 陣内、紀香離婚!? *

2009年03月19日 | 雑感


今朝流れたニュースに驚いた。
陣内・紀香(私は吉本感覚で陣内を先に言う)離婚!? 新聞には紀香の文字がほとんど、仕方ないか・・。
人も羨むスタイルの美人女優と漫才師、そんな異例な組み合わせの結婚に半分以上は予想していただろう。
仕事でくたくたになった陣内さん、家庭でトランクスいっちょうになれることあったかな。
すれ違いは分かっている事だが、そんな中で世間の見るあの藤原紀香を家庭でどう崩せていたんだろう、崩せた?
一緒にいる以上、お互いにそんなところで、家庭がほっとする居心地のいい場所であっただろうかなぁ。
よほど心が繋がれ許されていればそれも出来ただろうが、別れたらほっとして楽になるではないだろうか。
そんなことを家族で言いながら、還暦旅行を思い出した。

還暦旅行の宴会時も、そして天橋立の昼食の時も偶然に南の男性Sちゃんと向かい同士だった。
だから色々彼とは、昔話やらお互いのことを話す機会があった。 
帰りのバスの中で、不思議だなぁと思った。 私はこんなときこれは偶然ではなく必然な出会い・・そう思う。
お正月の同窓会の時担任の先生と話したとき、「あんたがしてきた苦労、越えられたものは苦労じゃない。 
Sちゃん、見てみ。 あれが本当の苦労なんじゃ」 私にも言えない書けない毎日泣いていた時があったんですよ、
そう言った時、先生から言われたが、そう言われたらそうかも知れないと思った。
5年前に奥さまを亡くされ、老いたご両親の介護をされていると聞いて衝撃だった。 
男手で慣れない家事介護一切は、どんなに大変なことであろうか。 女でも大変なのに。
まだ夫婦で充分暮らしている年齢である、以来事あるごとに彼を思う、きっとそれは私への戒めとして。

「大変やね。 来れないかと思ってた」 夫とそうかも知れない話していたから。 
息子さんが来てくれたようだ。「子供がいて良かったね」 仕事も辞め、食事の世話から全て彼の手に。
「昔人間は大変よ、料理でも辛ければ辛い!言うし、薄かったら薄い!言うし」 「えらいな、本当大変やね」
「いや楽しいよ、それもまた楽しいよ」彼は笑いながら言う。 大変だと言っても当然だと思うのに。
今も書いているとあの時の彼の笑顔と言葉が浮かび、胸がいっぱいになり涙が出てくる。 
帰った時から、っすぐにまた現実と向き合っているであろう彼。
私は夫や娘夫婦や孫と、お土産に買ったカレイの一夜干しを食べなが賑やかに旅行の話をしていたのに。

今の時代、彼のような話は多いし、私も隣が病院なので車椅子や老いの増したお年寄りの方を毎日目にする。
彼もこれからもっともっとご両親が年をとり大変になってくるであろう、もちろん私たちの母たちも同じだが。
感謝の日々を送ること、どんなことがあろうとも笑顔で越えていくことを彼が見せてくれたのではなかろうか。

彼は夫とも仲良かった。 まぁ中学ではみんな仲がいいのだけれど。 Sちゃんと私は高校が同じだった。
高校の違う夫が初めて映画に誘ってくれた時、実はSちゃんにお金を借りたらしい”海の若大将”の映画。
みんな私が夫と付き合っていることは知っていた。 そう言えば結婚をはじめ私の両親は反対していたが、
なぜかSちゃんが親に2人は一緒になるべきみたいなことを、言ってくれたような、言わなかったような。
なんかそんな風なこと京都にいた私は、風の便りに聞いたような記憶がある。 
そこから繋がっていたのかなSちゃん、書きながら思い出した。 

宴会の時Sちゃんが「旦那はしんどかったんじゃないか」と言った。 突然今頃なに?
夫は仕事の後会社仲間で麻雀、帰宅は年中9時半だった。 麻雀は大好きで結婚前からこれだけは
目をつむってくれ、それが第一条件だったから、そんなに麻雀って面白いの?と、本を買って勉強したりした。
そんな我が家、まるで母子家庭のようだった。 子供には「みんなの為に中国語の勉強しているのよ」
父親の立場を崩さない為に。 子供が大きくなると、そんなごまかしはきかず私も帰宅の遅いのが不足になった。 
「けんつくさん、しんどかったんと違うか」彼にそう言われた。 毎日、アイロンのかかったハンカチ、磨いた靴、
お風呂から上がれば、着る順番に衣類を置いていた。 毎朝起こさないと起きない夫に靴下まではかせていた。
料理も好きだったから、ちゃんとしていたし私にすればそれらは、結婚した喜びであり、妻として当然だった。 
「それが返ってたまらんかったんやろ」 自分が毎日麻雀しながら、きちんされたら息苦しいと思うと言われた。
どこかで似たような話を聞いたことがあったが、やっぱり私が悪いのか・・。
私が夫にいつまでも麻雀をさせていたの?  女は少し抜けている位が可愛いとか言うが。
今はあれもこれも妻として抜けすぎて、昔の私を取り戻して行こうと努めているんだけど、はい。

偶然とも言えないようなSちゃんとの出会いは、私に必要なアドバイスであり姿だったのだと思っている。
私はまだまだ・・夫の心にすっぽりと入りきれていない。  

同居の次女の手術日が決まった。 最初31日かもと言われていて、4月ならいいのにと日々話していた。
野球をやっている娘婿は、男の子なら野球を!と思っていて、選手に3月生まれは殆ど無い、そう言っていた。
患者の都合で変ったらしいが、思い通りだったのでみんなほっとしている。
4はね・・と一瞬娘は言ったが、4月4日・・4と4で8 末広がり、それに大安である、いいんじゃない。 
なつめが生まれたときのことがあるので、いつであろうと全てはお任せである。
それよりもどうか母子共に健康で、そして無事に赤ん坊が生まれますように・・、ただひたすらそう願う。


* 還暦記念旅行・・一日目 *

2009年03月18日 | 風景・お出かけ


月曜から、いつもと変わらぬ日常を過ごしながら、時の経過の不思議さを感じている。
14日朝7時40分私たち夫婦は家を出た、そして15日夕刻7時40分にはもう我が家に着いていた。
城崎温泉で同窓会の夜を過ごしたが、思えばたった一晩なのに過ごした時のなんと重みのあることだろうか。 
夢のような・・でも夢ではない。 私は時折まだ友人との咲いた昔話の中に心地良く浸っている。

お世話役の方々が月日をかけ企画をして下り、中学が同じだった東と南の同窓会となった還暦記念旅行。
姫路で8名が加わり、小学校別でバス2台の旅となった。 どれだけ天候にと気をもまれたことだろう。
朝降っていた雨はあがったし、バスからの景色に青空も見えて、やっぱり天はお見通し、私は内心そう思った。

後部の円座に座る男性群はもうすでに出来上がっている、いいのである単なるツアーと違うのだから。
その賑やかさは私には、還暦旅行の再会や出会いの喜びともとれるし、男性には定年と言う複雑な事実、
賑やかさがいいのだと思えた。 ガイドさ~ん、その辺分かるかな~分からないだろうなぁ。
一言もその辺の労いの言葉ないよね~。 話に反応ないったって、賑やかったっていいではない?

山へ入るほどに、晴れていた空が曇って来てポツポツ雨が・・、そんなに甘くないか。


10時半姫路を出発したバスが、昼食場所の出石に着いたのが1時前だった。
雨のうえ、出石の町並みから少し外れていたので散策は省略となったが、夫と来た思い出の場所なので
本当はそんな中を歩いてみたいとも思っていた。 だから出石と言われてもその町の雰囲気は今ひとつ。
だが、忘れてはいけない。 観光は添え物、親睦が旅行のメインなのだから。


東と南とは、中学卒業以来の顔合わせの人も多く、顔を合せては、「○○君!?」「○○ちゃん!?」
「あれ誰やったかね」「どうしても思い出せん」何処へ行っても、懐かしみにぎわう声が飛び交っている。
誰もが一気にタイムスリップ、あの頃の自分に戻る。 それなりに年をとった気恥ずかしさもあろうが、
それよりも懐かしさや嬉しさで溢れている。 しかし皆さん、年を重ねた貫禄たるや堂々としている。

出石からバスは、国の特別天然記念物コウノトリの郷へ。 ゲージの中には27羽のコウノトリがいるらしい。
3年連続で赤ちゃんが生まれていると言う。 小降りの雨の中、コウノトリの雄姿を仰ぐことができた。 


「今日はラッキーですよ」解説員が言う。 (はい、還暦記念旅行なんですから!)



上の写真の公開用のゲージの中に円形の台があって、そこが愛を育み卵を産む巣のようだ。


城崎温泉へ着いたのが早い目の3時過ぎ、旅館「泉都」 温泉街の真ん中ほどに位置している。


部屋はくじ引きで4名、誰になってもそれは懐かしくて嬉しいのだけれど、お正月会えた人も多い中で、
私とずっと親交のあるT美、還暦同窓会に会いたいと思っていて会えたSちゃん、高卒以来なので
何かしら気になっていて会いたかったY子ちゃん、
私の思いが叶ったとても不思議で、偶然にしては出来過ぎのメンバーであった。

宴会までの時間、温泉へ行こうよ!  雨がみぞれに変わったけれど、せっかくだからとT美とSちゃんの3人。
左手に傘を持ち、右手は浴衣の裾を押さえながら、早足に歩く。 下駄がカランコロン(寒いけど風流じゃん!) 
滅多と無いそんな風景は、まるで絵を見ているような気さえして私たちは嬉しくて嬉しくて。
少し遠かったが城崎で一番古いと言われる「鴻の湯」に行く。  夫婦円満・不老長寿がうたい文句、よしよし。
後で聞けば夫は雨なので旅館の内湯に入ったとか、(え~? おじんじゃあるまいし、信じられへん!)

どこも結構満員、温泉は冷えた身体には少々熱めで即効露天風呂へ、少し肩にかかるみぞれはほんと風流!
メタボな私の三段ばら、気にしていたのは私だけ? 世間知らずの私、同級生ってそうなんや。
な~んだ、「わ~、Mちゃん何そのおなか、痩せなあかんやん、病気になるで~」
笑いながらそんな言葉の一つくらい、言われるかと思っていたと言う無意味だった誤算。
それよりも嬉しさがいっぱいで、体型云々なんて、ど~ってことないのよね。 バナナダイエットあれは何?
お陰で糖尿でひっかかって、2ヶ月でやめたけどね。 やめたら結果は良。 

温泉はやっぱあったまるわ~、帰りは雨の冷たさがほてった身体にはとっても心地良くて、
嬉しくなって私は、カランコロン・・外湯めぐりを楽しむ人たちの笑顔や下駄の音に風情を感じながら旅館へ戻る。
毎日何度も見ていた豊岡の天気予報。 みぞれの降りしきる景色は見る分には情緒があり旅へ来たと言う実感。

6時の宴会の前の時間、なにかしら部屋には東や南の人たち16、7名集まってきて思い出話に花が咲く。
いいなぁ・・中学以来かも知れない友もいる。 会った瞬間にあの頃の自分にに戻れると言う感激。
自分は覚えていなくても、色んな方がこうだったよ、ああだったよ等とそれぞれに思い出箱の引き出しからは、
次々と話題が飛び出してくる。 これだけでもどんなに素敵で有意義な時間だったろか、ここで初めて三脚使用。 


宴会の料理はもちろんカニだが、カニを楽しみ味わおうと思えば自然に寡黙となる。
仲居さんは湯だったお鍋に、わしづかみにカニや野菜を掘り込む。 早く食べなきゃいけないけれど、
カニツァー客ではないのよ~、何十年ぶりかに会えたけれど、今度はいつ会えるか分からない私たち。
お酒も入って楽しい宴。 お正月の同窓会は夫と別だったから、私お料理よりもせっせと写真撮ったけれど、
今夜は夫が撮って回っている、私が撮らなくても良くて、夫に花を持たせてあげておとなしく食べようっと。
もう男性の中には、何をしゃべっているのか・・でもいいのよ~、嬉しいんですもの。
みんなあっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・東と南の同窓会企画は大正解である。
私の所へやってきた東の男性Tちゃんから、宴会前の待ち時間夫が「聞いてえやぁ」と話した過去の事実を聞いた。
「え~そうなん!」 思いがけない過去の出来事に(え・・・)私、ガーン。 メモメモ。
「みくさん、旦那さんと一緒になったきっかけは?」何人かに聞かれて、「それはね・・ごにょごにょ・・」。
宴はむろん延長、美味しいカニ雑炊にデザートで閉め、おなかもいっぱい、充実の楽しい時を過ごし、
それぞれ盛り上がったままで、温泉や二次会へと流れて行った。

夜中布団へ入ってもすぐには寝付かれず、寝転がったまま4人で過去の話にみんなで浸る、修学旅行みたい。
これが40の頃なら、夜通し話し明かしているだろうが、本当は寝るのがもったいないくらい話したいがそこは還暦。 

みんな寝た? 身体のほてりや神経の高ぶりで寝つかれない私は、頭の中で(そうや、ブログの記事・・)
1日の出来事、撮ったスナップ写真を頭の中で並べていたが、知らない間に寝ていた。

昨夜(火曜) 帰路の海産物のお土産売り場で買った塩鯖、「出来上がったばかりだから二日たってから食べてね」
そう言われていたので、夜のおかずの一品でお皿に乗った。  脂がのってふわっと、う~ん、美味しい!

同窓生の方々、右の欄のブックマーク”おっちゃんの道草”へどうぞ。 あなたがいるかも知れません。

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夫の帰宅後、歩こうと決めていたので一緒に八幡屋公園へ。 彼岸桜が満開! 今日は暖かかったもの。
紅色の桜もだいぶ咲いている。 コンデジ持っていて良かった~。
中央体育館上の丘陵も何度も来ているのに、頂上のプレートはまともに見たことがなかったが、
公募で”グリーンヒルズ”と名前がつけられているようだ、1999年に。 まあ・・おしゃれな名前。
今日は夫とグリーンヒルズへウォーキングに、なんてかっこいい! 私達には似合わないけれどなぁ。
歩きながら、還暦旅行のことを思い出しあれこれあれこれ話したり・・同級生ならばこそである。


* 咲く・・ *

2009年03月12日 | 花や木


   花が咲き終ったあと、「よう育てへんから、そっちで頼むわ」長女が持ってきたシンビジウム。
   昨年何月だったろうか、育てたこと無いし、ちょっとプレッシャーかなと思いながら葉の時期を大切にしてきた。
   いつしか茎の一部がだんだんと膨らんできて(蕾やわ・・花が咲くんやわ!)人知れず喜んだりした。
   いえいえ、同居の次女にも言った。 「見て見て!」 そうやお隣の奥さまにも屋上で話の最中見せたなぁ。
   もらった鉢ではこんもりし過ぎで、株分けして二鉢にしてある。 もうひとつの鉢も蕾が膨らんできている。
   この花の茎はもろく、洗濯ものを干したり入れたりするときちょっとあたったりしてポロっと落ちる。


   それでも残りの蕾が健気にも咲いた、昨日今日の暖かさで見事に。 なんだか嬉しい。 
   咲くって前向き、なんだか楽しい。 話に花が咲く・・なんて明るい。
   何かのときに花が咲くって嬉しい、吉祥草もいいことあったら咲くとか言っているし、シンビジウムだって。
   今日はセイ君のお母さんが喜寿を迎えられ皆さんお祝いされるそうで、娘夫婦は和歌山の実家へ行った。
     そんなおめでたい日に咲いたこと、まるでお祝いのようでとても嬉しい。 お母さんの笑顔のようにも見えた。

   今日は暖かかった、とても。 カーディガンで充分に歩けた。 次女となつめと歩いて買い物出たとき、
    「セイさんところも、親子や兄弟みんな本当に仲がいい人たちばっかりやね。 気持ちいいね」次女が言う。
     「お母さんがそのことに、心しながら育てて来ましたって前に電話で言うてはったよ、なんか嬉しいね」
    実家の母が昔からいつも心がけていた”家族の和”それと同じだからとても身近に感じている。
     そんなやりとりをしながら、きっと娘も(がんばろう)そう思ったに違いない。   

     土曜は雨になるようで、それも寒の戻りだとか言う。 毎日気になる豊岡の天気情報。
     お世話下さる人たちも、気をもんでおられることだろう。
     朝夫を見送るとき「せっかくやのに、コウノトリの郷も出石も楽しまれへんねぇ」 
   「同窓会やで景色見んでもええやん、みんなでわいわい言えたらそれで充分やねんで」 
   「そっか、そうやね(夫はいいこと言うなぁ)」万象受容か、雨もまたよし。 そう思えば気が楽。
   私は観光(もちろん行程なのだが)で、みんなの写真が撮れる! 楽しみにしていたんだけど。
                                                                                                                                          
   今日は次女夫婦の結婚3周年、早いなぁ・・間もなく次女の家族が4人になる、咲く・・これもそうかな。
   辞書を引いたら・・漢字「咲」の本来の意味は「笑う」 と書いてある。 やはり縁起がいいいのだ。