日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 近況つらつら・・ (その3)

2009年12月29日 | 雑感

とんと花の写真はご無沙汰で、みく作”ゆいちゃん”なんちゃって。
そして愛ちゃん(ひろとママ)とゆいちゃん退院後の近況などを・・・    
画像は お遊びです。 どうぞ   http://www.photofunia.com/

19日(土曜日)

次女夫婦と買い物に行っていた夫が、帰りに降ろしてもらいマンションへ寄った。
ちょっこっと目をあけたゆいちゃん。 土曜は保育園お休みのひろとは妹のそばにおれるので嬉しそうだ。

夫は・・夕方昔の仕事仲間との恒例の忘年会それまでと、ソファでグーグー。 
(いびきをかいて寝るくらいなら家にいたらいいのに~)



20日(日曜日)
金曜に10日間の中国出張からやっとセイ君が帰国したし、展君もゆいちゃんに会っていないし息子も休み、
全員でマンションへ集まって出産のお祝い。 赤いのを着たゆいちゃん、なつめのお下がり、懐かしい。
賑やかな・・やっぱり全員が揃うと一番ほっとする、大きな安心感。
いえ、ちゃんと細やかに写真を撮ってくれるカメラマンがいるので私は気にせず食べられるの安心なのである。

そんな折に夫の京都の友人が全国高校駅伝の中継地点で写真撮っていると言うことで、
「あれ違う?」「どこどこ!」「あれやあれや!」実に楽しいコメントで人気のチテイジンさん、顔を知らないから必死。
携帯で夫が確認しながら、みんなして50インチの大画面をわいわい言いながら見つめる。
まぁゆいちゃんがメインなんだけど~。 ゆいちゃんはすやすや。 楽しいお祝いのひととき。
写真は全てセイ君。

 21日(月曜日)
10時半息子が仕事前に、命名の縦写真が無いとか言うのでピカサ3でコラージュでやったらいい、
息子にPCで教えることなんてまぁないからエヘン。 体重やら書いて飾って出かけて行った。
こんなことはこまめにやる。  妻と子供2人になったんやし、しっかりがんばりや~。

ひろとはママとゆいちゃんがいるので保育園行きにくかったのではと思ったが、なんの心配も無かったようが、
「ゆいちゃんを連れて行って、先生に見せてあげたい」と言ったそうだ。 喜びがいっぱいなんだな~。

お七夜なのでお赤飯を炊いてお祝い。 
夫が昨日急に言われて少し練習したが、衣が失敗・・としきりに。
肝心なゆいちゃん写真を撮っていない!  ママのカメラの中やん!

22日(火曜日)
冬至だ。 ゆいちゃんの沐浴にはベビーバスに小さいゆずを一個入れてママが写真を撮った。
お風呂は本当に好きで、リラックスムード、いつも一番気持ちよさそうな顔をする。
お風呂の写真が一枚も無いが、私が入れているのでママのカメラばかりだからね~。
かぼちゃを煮すぎたので、ひろとのお迎えの帰りに買いなおして炊いた。 
夜はひろともお湯をはってママとゆず風呂に(ゆずがお気に入りみたいで、翌朝またパパと入ったらしい)
さわらのピカタやサラダに加え、かぼちゃのミンチあんかけを一品に。 健康で過ごせますように。
なぜかこの日の写真がないのだ。 そっか昼間デパートへ行ったからバタバタだったから。
2年前の写真、ママは仕事帰り美容院へ行くので我が家にお泊りした冬至の夜。 
ひろとの突然のちゅー・・なつめ心得てる~



23日(水曜日 )祝日
午前中は夫と次女となつめかんたを連れて神戸の一人暮らしの婦人のところへクリスマスプレゼント持参。
仲の良い友達3人でお正月3日に料亭”田村”へ食事に行くと聞いていたから。
おトイレも近くなりデパートへ行っても洋服さえ見ることもままならないと言う。
カーディガン、サイズが大きかった。 以前はLサイズだったのに、いつの間にサイズダウン。
「Mサイズになってん」めっきり足も痛くめまいを訴えたり気弱になり小さくなった身体、なんだか聞くのが辛い。
夫の母も、実家の母も・・サイズが変わったことを受け止めなければいけない現実。

椅子に座っている婦人に立って話をと立ち上がったら、窓の外に駐禁のあの緑のおっちゃんが写真を!!
「父さん! あれあれほらあれ!!」慌てた。 車止めたところだったのに~。
「お~い!! 今降りるから~!!」 おっちゃんはしらんぷり。「お兄ちゃん!ちょっと言うたって!」
車の後ろに止まっていた宅配のお兄ちゃんが、緑のおっちゃんに言ってくれて事なきを得たやれやれ。
夫は車に戻ったが、私は話を聞いてあげたいので30分ほどはいた。 
その後は息子のマンションへ行き、みんなで賑やかに牛丼を食べる。 
夫は散髪に、次女はひろとやなつめかんたを連れ出し遊びに連れて行ってくれる。
ゆいちゃんのお風呂、洗濯。

夕食はオムライス。 ひろとって書いたら「ママにシンケンジャー書いてもらいたかったのに~」とすねられる。
「シンケンジャー~ばぁばの字が大きいから~」ママは困ってしまったが、横に小さいシンケンジャーを書いた。
日曜以外は二人の夕食だ、ひろとには私の大きな文字なんて想定外、そっかそっかと苦笑の私。

24日(木)
「クリスマスイヴ、なにしよっかな~」 朝ご飯食べながら言ったら次女が「そりゃあ、チキンでしょう」
ではから揚げと、サラダ巻き、アボガドとサーモン、ウインナー巻き~。
家の方は次女が、ローストビーフや海老ピラフやサラダなどしたようだ。 ケーキもデコレーションして。

3人でメリークリスマス! いえ、ゆいちゃんも入れて4人でメリークリスマス。
私たちのクリスマスは13日に終わっているので、ちっちゃなクリスマス。 
ママは冷凍にしていたクッキーのベースで、星を切り抜き、マーブルチョコをチョコでくっつけツリーのクッキー。
下はカステラ。 さすがにちゃちゃっと作る。 母親やね~やっぱり、世間はクリスマス一色だもんね。

ブログのお友達にもらったクリスマスクッキーは明日にしよう・・とママに言って隠した~。
何度か電話をくれていたが7時半バスで帰るって言うのに、やっぱり長女が迎えに来てくれた。
セイ君がクリスマスにバスでなんて忍びない、いかないんだったら僕が行くとか言われたそうで。

行くのはバスで行くが、帰りはなんだかんだ言いながら夫や展君や長女やとみんなして誰かが来てくれる。
近いのにね、いつも有難いなぁ私みんながこんなに協力してくれて・・。

長女が来てくれ帰宅したら、我が家のイヴは食事は終わりかけだった。 
「母さんサラダ巻きばっかりやん」 「だっておしゃれな料理浮かばないもん」

ブログのお友達皆さまのところにはお伺いも出来なかったけれど、一応遅ればせもいいところだがメリクリ!

出産の前日のパーティーで作ってくれた、愛ちゃんお手製のお菓子の家ケーキ。 横40センチはある。
前方には、ひろと・なつめ・かんたの名前入り。 毎年のお楽しみになっている、もちろんとっても美味しい。
こんなんデパートに置いたら、おじいちゃんおばあちゃん買うだろうな・・孫の為に。

25日(金曜日)
産後の検診、長女が車で、息子も一緒に行ったようだ。 毎日スケールでお風呂上りに体重を測っていたが、
ゆいちゃんも順調、ママも順調。

その後長女に頼んだら有難いことに神戸の夫人の服の交換に一緒に行ってくれると言う。
同じのが無かったが前よりいいのが見つかった。 娘に見てもらうと間違いない。
ひろとが保育園へ行っている間、愛ちゃんと二人で食事しながらあれやこれやと子育ての話などしている。
そしてそんなお昼時、次女の出産で義母がお世話に来てくれていたとき「お乳が良く出るように」と、
義母が毎日作ってくれた団子汁、良く作っている。 義母のときもお昼二人で食べたっけ・・。
そんなことも話しながら、二人のお昼はゆいちゃんさえ泣かなければほのぼの時間。

今日でひろとの保育園は終わり。 保育園にはもう門松が飾ってあった。
迎えに行っても、いつも素足だし元気が有り余っているみたいで逞しい。 温かいからジャンパーも着ない。
先生方にお礼を言う。 帰りには教室の先生3人が次々にハグして、ぐるぐる回したりして「元気でね!」
我が家の1、2人の子供でも母親は大変なのに、先生はすごいなぁといつも胸がいっぱいになる。
そんな感謝を告げると、「とんでもないです。 行き届かなくて」と笑いながら謙遜、本当にすごい。
ひろとが自転車の後ろで、大きな声で園での色んな話をしてくれる。 ふんふんばぁばにはとっても心地い~。

今夜はひろとオーダーのコロッケ。 ベースを冷ましておいたので、ひろとも手伝っていっぱい作った。
今夜は・・次女夫婦がコンビにに行く都合があるのでと、車で迎えに来てくれた。
「母さん一回もバスで帰ってへんなぁ、幸せやね!」はい、充分分かっています。

 12月、クリスマス、私もブログの友達から色んな贈り物をいただいた。 顔も知らないのにね、感謝!

26日(土曜日)
お昼前夫と神戸の婦人のところにMサイズのカーディガンやベストを持参。 良く似合っていたので嬉しい。
夫も息子のマンションに行き、元気のありあまったひろとを連れ出してもらう。
お風呂上りのひろと「ゆいちゃん、抱っこしたい~」 ママは受け入れているが微笑ましく思いながら、
私の方がこわごわ。 母親ならばこそ。 ゆいちゃん、鼻が高くべっぴんさん。
「ひろとのこの時とそっくり」とママが言う。
日曜は息子がいるし、お昼から次女夫婦がなつめをカールじいさんの空飛ぶ家を見に行くから
かんたの子守をするので、とお休みにした。



* 近況つらつら・・ その2 *(その1は草稿中)

2009年12月23日 | 雑感

 

14日(月曜日)
我が家の冷蔵庫には、昨夜のクリスマスパーティーでもらって帰ってひろとママお手製のケーキがある。

朝の9:23分 ひろとママが長女に電話したようだ、7時半くらいに陣痛が始まったらしい。
日曜のパーティーのケーキ作りや準備などの疲れのせいなのだろうか。
電話をもらって落ち着かず、「お昼には生まれるんと違うかな」次女ととりあえず病院へ行こうと用意を初めた。
9:35分 長女がマンションに迎えにに行き、
9:45分に病院到着  病院もまさかと思うだろうが・・順番待ちだったそうで
10:10分に内診開始・・・・!!!! 即行車椅子で12分には分娩室へ!
「母さん分娩室に入ったよ! 早く!タクで来て!」長女は保育園へひろとを迎えに行った。
急いで次女なつめとかんたを連れ病院へタクシーを走らせた。 うまいことタクシーもすぐにあったから不思議。
10:27分 女の子出産 タクシーで10分、病院へ着いた頃生まれたみたいだ。 
分娩室の前へ行くと中からもう泣き声が聞こえていて、「元気な女の子でしたよ」と聞くと涙がどっとあふれた。

30日の予定日、クリスマスくらいかな・・の予想ははずれ無事出産、早業のような見事な安産だった。
「もう少しで自宅出産になるところでした」と先生。 しかしこんなに楽に生まれたとは、親孝行な子だ。

昨夜は出産を考えクリスマスを早めてパーティーしたのに、あんなにみんなで楽しく盛り上がっていたのに。
大きなおなかをみながら冗談でひろとママに「明日痛みがきたりして・・」なんて言って笑いあったよ、確か。
おめでとう、そしてようこそ4人目の孫「ゆいちゃん」

 病院の帰り銀杏並木や市役所、中之島のダックなどイルミネーションを車で眺めながら帰宅。
夫は喜びのせい? 車を降りてカメラ持ってあちこち・・中々帰って来ない! かっての私みたいだ。
「まったく~、孫たちはおなかすかせているのに~」いえ、私が夫にこう言わせていたいつも。

今晩からひろとは我が家へお泊り。 寝るまではなつめと賑やかにわいわい言っていたが寝るときになると、
やはり寂しくなりママママと涙・・。

15日(火曜日)
朝ひろとを息子のマンションへ連れて行き、息子が保育園へ連れて行くことにしている。 
夕方はみんなでひろとを迎えに行き病院へ。 「抱かせて抱かせて~」やさいいお兄ちゃん。

16日(水曜日)
一日一日で顔が随分と変わる。 ひろとに似ているが私は鹿児島のお父さん似だと思っている。
ひろとのお迎えのあと時間あわせをしていたので、夫の姉夫婦と孫のだいちゃんがお見舞いに来てくれる。
だいちゃんがとってもお兄ちゃんになって、ひろとやなつめの遊び相手に。
姉夫婦は特に子供好きで、いつも子供を見る目がとっても優しいのを感じている。
初孫も、二人目も男の子の姉夫婦には、女の子・・欲しそ~。 
ひろとママは昼間は病院のエステ、夕食はシェフによるフランス料理のコース。 この病院のひとつの売り。



ひろともお風呂や夕食は寝るときを感じさせないほどの笑顔とテンションでなつめと二人に「静かにし~!」
寝るのが段々なれてきたかと思うと、ちょっとは寂しくなり「ママとゆいちゃんのところへ行く~」
「もう一回寝たら、ママと一緒に寝られるから」となだめながら我慢しながら涙を見ると私ももらい泣き。

17日(木曜日)
最後の夜は次女が寝かしつけてくれてすんなり。 慣れてくるともうお泊りも終わりだ。
病院へ行くと大好きなママがいるし、ゆいちゃんが・・。ベッドへあがりその喜びを表せる。
ゆいちゃんゆいちゃんともう大変、自分で写真を撮ってゆいちゃんに見せてあげたりなど、帰ってからが楽しみ。

 18日(金曜日)
ひろとは保育園お休みしてみんなでお迎えに。 10時半退院。
息子は仕事なので出かけ、私はマンションに残る。 
長女や次女と孫は10日までになったセイ君の中国出張帰国で関空へお迎えに。

ひろとママのお母さんが忙しくてこれないので、私が毎日お世話させてもらうことになっている。
三人目の次女の産後も実家の母が来れなくて、田舎から義母がお世話に来てくれた。
慣れない大阪、それも真夏の暑いときに床上げまで一生懸命にお世話してくれた。 58歳のとき。 
少し腰のまがった義母だったが、 思い出しながらあのときの感謝を違った形で返せるかと思うと嬉しい。
私がまた同じようにひろとママのお世話をすることの不思議を感じる。
お昼、夕食と3人でゆいちゃんを眺めながら食べる。 お疲れさまでした・・とママに思う。

実家の母がことあるごとに、「してあげられる幸せ」と良く言う。 
してもらうのも有難いけれど、してあげられるってこともどんなに有難いか知れないといつも言う。
私がいなかったら、私が病気だったら、そう思うと私もふつふつと母の思いを感じるのである。
してあげられる幸せ・・と。 それも近い、長女もみんなが。 協力しあえる。


* 誕生日には・・ *

2009年12月06日 | 雑感

          楽しい事や嬉しい事は 一緒になって喜んでくれた

         悲しい時や辛い時は一緒に泣いてくれた

         どんな時も一番の味方でいてくれた

         母さんの存在が家族みんなの幸せです

         母さんの子供でよかった

         『ありがとう』

 

お決まりのような 言葉でも 読むとぐっときて  お決まりのような言葉と思っても涙がこみ上げてきた  

「何もしてあげていないのに・・」 

母は何かしてあげたときや母さんのお陰よ・・なんて言うと涙ぐみながらそう言う 必ず言う

「何もしてあげていないのに・・」 

私は子供たちからお祝いをしてもらうたびに思う そして涙ぐみながらぽつりと言う  必ず言う

「何もしてあげていないのに・・」

還暦記念の感謝状 それでも充分なのに 60本のばら バッグと写真入り時計をプレゼントしてもらった
「何もしてあげていないのに・・」 むしろ苦労かけたかも・・そんな子育てと思うからよけいに涙があふれた

6人の子供夫婦と3人の孫たちのかたまりが還暦を踏んだ年の私たち夫婦の大きな大切な財産である。 
お祝いの食事・・家族が揃う・・子供たちと孫たちとの声が響きあう・・幸せな響き。
夫婦で還暦を迎えたこの一年 ひょっとしたら人生の中で一番の年だったかも知れないと話している
本当は今の幸せは全ては夫のお陰・・ 幼い3人の子供たちの寝顔に思いとどまってくれた夫の・・お陰。


* 還暦・・ *

2009年12月06日 | 雑感

お正月から還暦同窓会、還暦記念旅行と、還暦と言う言葉を何度も言いながら言われながらの一年。
今日、本当の還暦を迎えた。 両親はもとより数え切れない多くの人たちの支えがあっての今である。

有難いことに、賑やかな同居、子供たちが近くにいて、孫たちがいていつも触れ合うことが出来る。
叶うことならずっとずっとそれぞれの家族を見守りながら、家族と言う絆をしっかりと結びつつ、
その事柄を家の心の流れに出来たら、どんなにいいだろうかと思う。

お昼は全員で食事をして、セイ君が「還暦の誕生日にどうでしょう」と東京出張に便乗誘ってもらい、
長女も含め東京で夜を過ごすことになっている。 どんな一日になることだろう。 
今日やっと、還暦なのだと言う重い実感、遅まきながらこれからの指標に責任のような緊張感を感じている。


* おかげさま・・ *

2009年12月05日 | 雑感

雨だったが一階の倉庫の棚卸だった。 会社の3人でお昼には終わってうちっ放しに行った後食事を出した。
食後に3人で例の上方温泉”一休”へ、現地解散して帰宅した夫と出かけようと言うとき、「免許証がない!」
慌てふためいた。 家にはない、だって帰宅してそんなに動いてないもの。
「温泉へ電話、電話!」「落し物で保管してあります」とのこと。「あ~良かった。 お陰やね~」 

偶然と言うか先週の土曜夫と光明寺へ行ったとき、夫は境内で動いているいい腕時計を拾った。 
「受付の人、はいはい言うて名前や住所聞かへんかったで」「まぁいいやん、警察ではないんだし」 
夫は何を期待していたのか。 それより落とした人も慌てたと思うが、恐らく無事受け取ったことだろう。
今度は夫が落としたのを、拾ってくれた人がちゃんと届けてくれて無事手元に戻って大安心した~。
もちろん拾った人の名前は聞かされてもいない訳で、人は助けたり助けられたり。

夕食の片づけが終わった8時頃、ふるさとのU子から写メールが送られてきた。 
「少し早いお誕生日おめでとうさん。 還暦の忘年会ですよ。 みくさんも来ますか。 楽しいよ。 
けんつくさんと仲良くね。 ではでは
すぐに電話をかけた。 T美やN君と電話を変わった。 賑やかな声が携帯に入る。
ふるさとにいて、お世話下さる仲間が沢山いてるから同窓会でも旅行でも万事うまくいったのだと思っている。
「関空から飛行機で来る?」「ジェット機で行く~、行きたいな~、いいな~」
私も少なからずお手伝い、遣り残した写真のお手伝い。 助けられたり、助けたり・・? 
ふるさとの同級生の皆さんに、「一年間大変お世話になりました。 ご苦労さまでした 感謝です