みほひこ日記

平凡?な主婦の日常のつぶやきです。

2009年12月分

2009年12月31日 23時03分30秒 | 練習のまとめ
◆2009年12月

◆ラン 269.1km
 走った日 18日
 さぼった日 13日
 かけた時間 2346分
 平均ペース 8分45秒/1km
(内トレイルランニング5回)

◆スイム 0km

◆バイク 91.1km

◆ウオーク 12.5km

【合計移動距離 327.7km】

◇反省
先月「今後は週に1度はスピード練習したいな、と思います」
と書いたくせに、実行してないです。

スピード練習より、上り坂練習をしています。
ロード練習でもアップダウンの多いコースを選んだり、
ジムのトレッドミルでも傾斜10%で走ったりしています。

ついでに、今年のランニングのまとめも載せておきます。

1月 160.7km
2月 67.4km
3月 201.8km
4月 201.8km
5月 156.3km
6月 224.5km
7月 245.2km
8月 171.5km
9月 133km
10月 140.6km
11月 170.295km
12月 269.1km
【合計 2,142.195km】

今年は怪我が多かったので、来年は通年怪我をしないようにしていきたいです。


<2010年のトレーニングビジョン>
・毎月200km(年間で2,500km程度)走りたい
・フルマラソンの自己ベスト更新したい
・トレイルランニングの技術向上したい


今年はこのブログを始めて、みなさまと出会えてよかったです。
いつも閲覧いただきありがとうございます。
今後とも応援よろしくお願いします!

よいお年をお迎えください…☆

初めてフルマラソンを走った日

2009年12月31日 00時00分00秒 | マラソン大会
私が初めてフルマラソンを走ったのは平成19年2月18日「東京マラソン2007」です。

説明不足でしたが、私は平成8年から平成14年まで東京在住でしたが、
家庭の事情で平成15年からは実家の山口県に住んでいました。
マラソンは山口に住んでいる時に始めたので、山口県近郊の大会が多かった…という訳です。

平成18年の夏に、東京マラソン2007へ遠征&旅行のつもりで申込。

でも、その頃…「また東京に戻って都会で生活したい」と思い始めていました。
東京マラソン2007に当選した事で背中を押され、東京に戻る決心をしました。

東京へ引っ越す為、片道切符を購入。
しかもそれは東京マラソン2007開催前日の2月17日の航空券です。
上京して、マラソン走って、家を見つけて、仕事を見つけて、生活するという、
なんと無謀な計画でしょう(笑)。

大掃除でこの時の思い出の片道切符の半券が出てきましたので、写真を載せます。

では、当時の日記を掘り起こして来ましたので、お届けします。

・・・・・・・・・

「東京マラソン2007」

この大会は、私が人生で初めて挑んだフルマラソンのレース。
去年の8月から、完走を目標に練習してきた。
練習を開始してから本番まで1800kmは走っただろう。

走れば走るほど目標は「完走」ではなく「サブフォー達成(4時間切る事)」に変わっていた。
私の練習量、ハーフマラソンのベストタイム(1時間43分30秒)から、必ずサブフォーを達成出来ると思っていた。
いつの間にか何が何でもサブフォーを達成しようという思いでトレーニングを積み重ねていくようになった。

しかし、1月は胃腸炎を患ってしまい体調不良が長引いた。
思うように練習できずに苦しかった。
2月に入り、ようやく胃腸炎が治ってきた頃・・・
左足首を痛めてしまった。すぐに病院へ行った。
翌日、再び病院へ。ドクターストップはかからなかった。

そして、2月17日。上京。

待ちに待った「上京」だったが、足の痛みへの不安・初マラソン出場への不安・・・、暗い気持ちになる一方だった。

もしレース中に足が痛くなって走れなくなったら・・・
リタイアだけはしたくなかった。

  途中棄権=諦める

もしリタイアしたら、「途中で諦めた」事を一生後悔する。
もし出走したら、歩いてでも、足を引きずってでも、タイムが6時間59分59秒かかったとしてもゴールしなければならない。
途中で諦める事だけは絶対にしたくない。

もう、サブフォーを達成するどころではない。
何の為に練習を重ねてきたのだ。
4時間以上かかってゴールするなんて意味が無いようにすら思えてきた。

  足の痛みで、4時間以上かかりそうなら出場しない。
  出場したら、4時間以内で走る。

このどちらかしか考えていなかった。
あれほど練習をしてきた私、4時間以上かかるなんてプライドが許さない。
しかし、欠場して「東京マラソン」に背を向ける自分も有り得ない。

・・・友人に支えられ、ようやくタイムを気にせず「完走」を目標にスタートラインに立つ勇気を持てた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レース当日。

雨。
まぁ、雨などは関係ない。足の痛みさえなければ天候はどうでも良かった。

会場に着いた。
今朝は歩く程度では足は痛くなかった。

ふいに携帯電話が鳴った。
恩師からだった。
早朝から応援に駆けつけてくれ、スタート前に一目会えないかと言われた。
運良く、うまく会えた。
雨の中一人で来てくれた上に、

 【みっちゃん頑張れ】

と書かれた手製の大きい横断幕を持参、広げて見せてくれた。
 ・ ・ ・ !
嬉しかった。
レース中どんな事が起きても、最後まで頑張ろうと再び思った。

「先生、絶対に完走します!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いよいよスタートした。

●5km通過 28:56 (36:41)
スタートロスは7分45秒くらいだった。この時点で経過時間は36:41。
この混雑で、5km30分以内はまずよしとしよう。

●10km通過 28:59 (1:05:40)
先程と変わらないペース。
10km通過して1時間以上もかかっている。
もし可能なら、5km=28分くらいまであげていきたい。
走り出すと「タイムを気にしない」という事は、やはり出来ない(苦笑)。

●15km通過 28:45 (1:34:25)
ペースは上がらない・・・。
どこを走っても人だらけだが、道幅もすごく広いため、
タイムが遅いのは混雑のせいではなかった。
10kmを通過したくらいから、やはり足が痛み出した。
気持ちだけはペースをあげるつもりだったが、足がついてこない。

●20km通過 28:06 (2:02:31)
足は痛かったが、少しペースが上がった。
もし、5km=27分まで上げることが出来たらサブフォー達成出来るかもしれない。
ハーフのレースでは5kmを25分で走ることが出来る。
フルで27分は、いつもの自分だったら十分可能だと思った。

私が大好きな銀座の町並みに入った。
コースはちょうど中間地点を過ぎた辺りで、私が実家へ引っ越す直前まで働いていた会社の目の前を通過する。
当時の事を思い出しながら、会社を横目に通過した。
すると私の名前を呼ぶ声が!
友達が私を発見してくれた。
まさか、銀座で!しかも私が働いていた会社の側で待っていてくれるなんて!
さらに「絶対に発見する」との宣言通りきちんと見つけてくれた。
嬉しかった。
大切な友人たちに手を上げて応援に答え、走り続けた。

すぐに、再び私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
銀座の会社の人だ。
会社付近で応援してくれると知っていたので、自分の銀座予想通過時間を11:20~11:40頃と知らせていた。
実際に通過したのは11:25。
後から「さすが、目標通りの通過、余裕の笑顔だったよ」と言われた(笑)。

●25km通過 27:11 (2:29:42)
応援の力は本当に有難かった。
やっとほぼ目標ペースにあげることが出来た。
残りの17kmを90分以内に走れば、サブフォーが達成出来る。
1km=5分30秒(5km=27分30秒)で走れば良いのだ。
足は痛いけど、初マラソンでサブフォー達成の夢は消えなかった。

●30km通過 28:48 (2:58:30)
冷静に考えようとした。
後1時間1分で残り12kmを走らなければならない。
この足で!
無理だった。
雨は途中で強くなったり、弱くなったりしながらも止むことはなかった。
風が冷たく強く吹き付けた。
しかし、もう・・・左足首が痛いこと以外は何にも考えられない。

●35km通過 28:50 (3:27:20)
この5km、すごくタイムが落ちなくて良かった。
頭の中では、ネットタイムならサブフォー達成出来るかも?と考えた。
スタートロスが8分弱あったという事は、後40分以内にゴールすればよい。
1km=5:45 のペースだ。

出来るのか?

この頃、足の痛みはピークに達した。
でも、気持ちだけはまだ絶対に諦めたくないとう自分がいた。
40km地点まで向かうのが本当に辛かった。

●40km通過 30:27 (3:57:47)
ボランティアとして参加している友人がエイドにいる!
その思いだけで頑張った。
出来れば笑顔で元気に会いたかった。

しかし、足はついてこない。
徐々に遅くなっていくのがハッキリと分かった。
友人を見つける事は出来なかった。
タイムを見て、もうネットタイムでのサブフォーも無理である事は明確。

もともと、欠場しようと思っていたくらいなのに、
まぁまぁマシなタイムでここまで通過してきた、もうそれでいいじゃないか。
「最後まで諦めない」という気持ちが初めて消えた。
「とにかくゴールすればいいじゃないか」レースでそう思ったのは初めてだ。

後2.195kmもある・・・。

●Finish 13:37 (4:11:24)
13:21:24 にゴールした。

やっぱりサブフォーは達成出来なかった。
悔しかった・・・!
フィニッシュしても、嬉しくなかった。
怪我とは言え、4時間以内で走れなかったのは事実だ。
直前に足を痛めた自分が悪いのだ。

ゴールを過ぎると、友人たちが待ってくれていた。
私の頭の中では夢が叶わなかった事と、足の痛み、体の疲れで一杯一杯になっていた。
せっかく待ってくれていたのに、なんと会話したのか覚えていないほどだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

振り返ると、何故ここまでタイムにこだわっていたのだろうか?
タイムさえ気にしなければ、もっと笑顔でゴール出来たかも知れない。
我ながら、残念な気の持ち方をしてしまったと思う。

「東京マラソン」を目標タイムで完走出来ると、その後の自分の東京での生活の良いスタートになる、そう思っていた。
今後の人生の動機付けにしたかった。
もしリタイアしたら、東京生活も挫折するような気さえしていた。
思い入れが大きかった分、叶わなかったショックは大きかった。

初めてハーフマラソンを走った日

2009年12月30日 19時25分32秒 | マラソン大会
私が初めてハーフマラソンを走った日。

それは「シティマラソン福岡2006」平成18年10月22日です。

この大会、制限時間が2時間なんですよ。
初めてハーフに挑戦するのに、制限時間が厳しい大会にエントリーするなんてかなり無謀でしょう(笑)。

この大会で、6回目のマラソン大会。20km以上走るのは人生で3回目です。

当時の日記が残っていましたので貼り付けます↓

・・・・・・・・・

今日は「シティマラソン福岡2006」の開催日です。
初のハーフマラソンにチャレンジしました。

結果は、制限時間2時間に対してギリギリで、
1時間58分32秒(女子30~39歳の部238人中94位)でした。

完走できたことは嬉しいのですが、力一杯走ってこのタイムか…、と思うところもありました。
とりあえず、全力で走ったし、完走出来たし、その点はよかったです。

ハーフマラソンの参加者は、男女合わせて4936人でした。

スタートのピストルが鳴ってから、スタート地点に辿り着くまで2分半かかりました。
スタートラインを超えてからも、なかなか走れずに、ようやくノロノロと走り出せたのは3分後です。

第一関門=5キロ地点 34分
なんとこれが、ギリギリ通過。
「この先の関門は大丈夫なのか?」「こんなペースでは絶対に完走できない」と次々を不安事項が・・・。

第二関門=10キロ地点 63分
この関門は、スタートから1時間以内に突破すればOKと思っていたのですが、3分遅れで突破。

ペースを上げないと絶対に2時間以内にゴール出来ないので、時計を見ながらペースアップしました。

今回のコースは、折り返し地点が3箇所です。
折り返して走っていると、さっき自分が走った道路がもう車が通過してたり、最後尾ランナーと救護車・収容車(関門を突破できない人が乗るバス)も何台か見ました。
走りながら、つくづくこの関門の厳しさを痛感しました。

ラスト5キロになって、ロングスパートをかける事にしました。
絶対に「完走証」をGETしたい!その一心でした。

20キロ地点で、1時間52分を過ぎてました。
このままのペースで走れば、絶対にゴール出来る!と思ったものの1秒でも早くゴールしたくて急ぐ自分の足…、もうきつくてきつくて、最後は苦しいゴールでした。

ゴールはヤフードーム内です。
ドームが見えた段階で、うるうるしてしまいました。
かなりきつくて疲れましたけど、今の自分の力も把握できましたし、何より念願の「初ハーフ2時間切り」は達成出来たので、まぁ「よし」として良いですか。
自分的には、これで一段落しました。

これから、本格的にフルマラソンに向けてトレーニングしていきたいです。


・・・・・・・・・

さて、この大会の2週間前…
平成18年10月5日に「東京マラソン2007」の当選発表があり、
初めてフルマラソンを走る日が平成19年2月18日と決まっていました。

初めてハーフを走った後から、フルマラソンまでハーフを3回走りました。

●第7回維新の里萩城下町マラソン(平成18年12月10日)1時間46分21秒
●第31回美祢市走ろう大会(平成19年1月28日)1時間44分38秒
●第23回サザン・セト大島ロードレース大会(平成19年2月4日)1時間43分29秒

マラソン初めて1年未満、走るたびに自己ベスト更新。
この頃が一番速かったです。
今、ハーフを1時間45分切る自信がありません(笑)。

いつからか、「初めて走るフルマラソンで絶対に4時間切りたい!!」
と思うようになり、猛練習するようになりました。

次回は。

もうお分かりですね。

「初めてフルマラソンを走った日」を振り返ります。

初めて20km走った日

2009年12月27日 21時49分23秒 | マラソン大会
日記のネタが少ないので、昔話にお付き合いください(笑)。

みほひこの昔話シリーズ1

「人生で初めて20km走った日」

私がマラソンを始めたのは平成18年2月頃です。

初めてのロードレース「第2回くすのきカントリーマラソン」(開催地:山口県宇部市)
平成18年3月19日 10km一般女子の部 第23位 55分55秒

4月にも10kmの大会に出ました。
「第13回しゃくなげマラソン大会」(開催地:山口県岩国市)
平成18年4月30日 10km一般女子の部 第15位 57分3秒

この頃は、1回の練習は30分程度。
初めての練習の日は、その日から階段下りるのにロボット状態でしたよ(笑)。

初めての大会にエントリーしたはいいけど「10kmも走れるかしら」と心配でした。
いざ走ってみると「ビリは嫌だなぁ」と思って結構頑張りました。
ランニングウエアも持ってなく、普通の長そでTシャツにスパッツで出ました。
走りながらすでに筋肉痛を感じました。
5km以上の練習をした事ないのに、10kmのレースは大変辛かったです。長かった~。

でも、いつかフルマラソンを走る事を視野に…という思いがあったので、20kmの大会にも出る事にしました。

それが平成18年5月14日の「第2回大河筑後川マラソン大会」(開催地:福岡県久留米市)です。

これに向けての練習は「とにかく1時間以上の練習を何回かやっておかなくては」という感じでした。
練習で1時間走れた時は感動しました。
「私にもやれば出来る!」と嬉しかったです。
当時は当然ガーミンを持っていないし、ジョグノートやキョリ測なども知らずに、走った距離を計算する方法を知りませんでした。
車で走って、大体の距離を把握する程度でした。
ですから、1時間以上練習しても何キロ走れているか分からなかったです。

本番は5月14日(日)でしたが、前日の5月13日(土)は福岡サンパレス(博多)のTHE ALFEEコンサートへ…
博多から久留米市へ電車で移動して前泊…マラソン大会へGo~!
という楽しいミニツアーだった事が思い出されます。

この時「初めて20kmも走るのに久留米まで来て、私…無事に帰って来れるかしら。明日は仕事出来るかしら。」とすごく不安でした。
補給食を持って走った方がいいのか、お水は飲めるのか?トイレは?
など、分からない事だらけでしたが、とりあえず「アミノバイタルスーパースポーツ」というゼリーをウエストポーチに入れて走ったのを覚えています。

ウエアは、緑色のユニクロTシャツに迷彩柄のハーフパンツ。
ウエストポーチも迷彩柄でした。
(ってよく覚えてますね(笑))
こんなふざけたウエアで走ってる人いませんでしたよ。
ウエストポーチにMDウオークマンを入れ、前日のコンサートの余韻に浸りながらTHE ALFEEを聴きながら走りました。

結果は20km:20~30歳代女性第12位 1時間54分53秒 でした。

2時間切れてとても嬉しかったです。
当然ひどい筋肉痛になりました。

そうそう、トレイルランニングもこの頃始めたんですよ!
「トレイル」という単語も知りませんでしたけど、当時下関のラン仲間が「山で走る練習をする」という事で連れて行ってもらいました。
一度案内してもらってから「これは脚力強化にもってこいだ」と自分一人で行くようになりました。

当時通っていた山は「竜王山」(山口県下関市にある標高613.9mの山)

懐かしいですね~。
今度帰省したら是非行ってみたいところですが、登山口まで車で行かないと厳しいので…。
実家から走って登山口へ行き、竜王山山頂へ行って、走って実家へ戻ると…
多分5時間弱で30~35kmくらいの練習になると思います…(ロードは20km)
そんなの無理でしょう・・・

あれ?ハセツネの練習の時はこれくらいか??じゃあ出来るかなぁ(笑)。

恐ろしい練習量です、この平成18年の自分からすると考えられません。

竜王山練習を案内してもらった知り合いに「来年『東京マラソン2007』が開催されるよ」と教えてもらいました。
「へぇ、出てみたい」と当選するかどうかも分からないのに、2006年の夏にエントリーした時点から私のフルマラソンへの練習が始まりました。

ところで。
2009年12月27日、今日のマラソン練習は26.2km走りました。
夕方ジムでバイクを50分。
特に筋肉痛にならない…恐ろしい進化です。

20km走ると「まぁ、走ったなぁ。」という気がします。
それで、初めて20km走った時はどんな気持ちだったかな~なんて振り返ってみたくなりました。

次回は「初めてハーフマラソンを走った日」を振り返ります。

ハセツネ30K

2009年12月26日 20時09分00秒 | 日記
第2回ハセツネ30Kの開催が2010年4月4日に決定しましたね。

2月1日(月)から受付開始開始です。
朝10時からランネットでクリック戦争開始ですかね~

ハセツネ本戦では、クリック戦争に打ち勝って(笑)無事にエントリー出来ましたが、30Kはどうでしょう。

みなさまも上手くいくと良いですね


さて、久しぶりの日記になってしまいました。
全国のみほひこファンのみなさまお待たせいたしました(笑)
(誰もいないよ(自爆))

え?練習?

大丈夫です練習してます

しかもコーチと30Kの為の練習をしちゃってます

まだコースが正式発表されていませんが、予想コースを2回に分けて練習しました。

残念ながら今の私のレベルだと制限時間内完走がまたしても(苦笑)危ういので、たくさん練習を重ねて頑張ります

下関海響マラソン2010

2009年12月08日 12時46分36秒 | 下関海響マラソン
下関海響マラソン2010

開催日が2010年11月7日(日)に決定したそうです。

もう私の予定に入りました

大会の特徴

二つの海瀬戸内海(周防灘)と日本海(響灘)を臨む国内屈指のシーサイドコース

下関といえば「ふく」。参加賞の「ふく鍋」をお楽しみに

その他

■抜群の会場アクセス
■マラソンの制限時間は6時間
■コースには7ヶ所の救護所と15ヶ所の給水所
■5km毎のスプリットタイムとタイム推移グラフ入り記録証

そして・・・

市民の皆様の熱い応援も待ってくれてます

興味がある方、是非!迷わず!!
下関海響マラソン2010を走りに来てください

私は2年連続「感動&感激」のゴールで大泣きしました。
この感動を一緒に味わいましょう

地元ラン仲間と練習

2009年12月06日 19時06分08秒 | マラソン練習
今日は地元ラン仲間とマラソン練習しました。

みんなで走行=13km

自宅から集合場所まで走って行った距離=往復9km

合計22kmのランニングでした。


練習会参加は今日で2回目です。

仲間が出来たきっかけは…

・昨年、Sさんがランニング雑誌に市民ランナーとして紹介される
・友人にその雑誌を教えてもらう
・記事を読んでSさんが経営している居酒屋に友人と飲みに行く
(居酒屋は私の最寄り駅の隣です)
・今年、秋…ある場所でSさんと再会
・ラン仲間を紹介してもらい、練習会に誘ってもらうようになった

どこで仲間が出来るか分かりませんね♪
地元の仲間が欲しかったので、すごく嬉しいです。

私は一応陸連登録している所属クラブがありますが…

自宅から遠いなどを理由にあまり合同練習に足を運んでいませんでした(;^_^A

こうして地元仲間も出来た事ですし、名前だけの幽霊部員ではクラブに申し訳ないので、
会員の有効期限が切れるタイミングで退会しようと思っています。
3月末までは、陸連登録名を名乗らせてもらいますが…。

陸連登録、来年度はどうしましょうかねぇ(*_*)。


今日の練習は、男子6名、女子1名でした。
当然男性について行けず、ビリでなんとか見失わないように頑張りました。

なーんて(;^_^A(笑)
本当は…どなたかが交代でビリに付き合ってくださいました。

「わざとゆっくり走ってるの?」
って聞かれました。

「いえ…、練習はいつもこんなスピードです」

「えっ?それでよくフルマラソンあんなタイムで走れるねぇ!」

「よくそう言われます」(笑)

高尾山口から一丁平往復

2009年12月05日 23時36分56秒 | トレイル練習
今日は先週コーチに教わった事の復習をする為に、高尾山へ行って来ました。

いろいろと宿題がありましたし、課題の確認をしておきたかったので。

でもストレートな練習になりませんでした(苦笑)

8時20分に高尾山口駅に到着

9時までまともに走り出せず…

 お腹痛くなったり(またかよ
 こんな事初めてですが、股関節の筋がつったような感じの痛みが走り、
 治まるまでスタートせず待ってました

「今日、大丈夫かしら?帰った方がいいかしら?」
と後ろ向きな気持ちになりましたが、せっかく来たのでせめて
「高尾山頂までは行こう」と思いました。

結局、高尾山頂よりチョット先の一丁平まで行って折り返しました。

【コース】
登り…6号路~稲荷山コース~高尾山頂~(巻き道で)一丁平
下り…(巻き道使わず)高尾山頂~稲荷山コース

【距離】
約10km

【タイム】
・登り…1時間8分
・下り…59分

無理に急がずに、のんびり&じっくり走行しました。
登りは、階段以外スピードはどうあれ全部走りました。
(このコースはいつも走れます)

高尾山は久しぶりでした。
ハセツネ直前に、ダブルストックの練習に行って以来です。

もう紅葉は終わりましたし、今日は午後から雨という予報だったので、
登山客少なくて、とても走りやすかったです。
教わった事を意識しながら楽しんで練習出来ました