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豊島ミホ『真智の火のゆくえ』

2014-08-02 10:05:00 | ノンジャンル
 '12年に刊行されたアンソロジー『文芸あねもね』に収録された、豊島ミホさんの作品『真智の火のゆくえ』を読みました。
 幼い頃から、思い描くのは火のイメージだ。人指し指と親指で、一本のマッチをつまんでいる。そのマッチ一本ぶんの火が、何かに向かって放たれ、やがて大きな火の海となるところを、夢見ているのだった。
 将也と私は幼馴染みだ。将也は幼い頃から乱暴で冷たい人間だった。煙草を吸う母親の虐待に会い背中には大きな火傷の跡があった。小学校三年生の春、ロッカーに同級生を閉じ込めたことで、担任から罰を受けた将也は、花散る桜の木の下でバケツを頭に被り、バケツ越しに担任から殴られたが、将也はバケツを被ったまま、笑い出した。そんな将也に、私は、光に近いものを見た。そして光を発する将也になりたいと思うようになった。
 成績の良かった私は、敢えて将也と同じ高校に進み、そこから将也は東京の名もない私立大学へ、私はやはり東京の美術大学に進んだ。大学生になった私は将也の部屋をよく訪ね、セックスもしたが、彼が女性をとっかえひっかえすることには、まったく干渉しなかった。
 そんなある日、私は将也に玩具のように扱われ、それ以降2週間ほど、彼の部屋から遠ざかった。その時、私は同級生の男子の松川に恵比寿の写真美術館の展示に誘われた。彼の友人である上野は、私がたまたま知り合った日本画の天才の学生である高間さんに惹かれていて、松川を通して私に高間さんを誘ってほしいとのことだった。春休みで暇だった私はその誘いを受けてしまう。
 やはり絵の才能がある上野と高間さんと一緒に美術作品を見て過ごすということに苦痛を感じるであろうと思っていた私だったが、実際に行ってみると、とても楽しい時間が過ごせた。そのノリでそのまま食事に行ったのだが、これが失敗で、上野が悪酔いし、私も彼のピッチに合わせて飲んで酔っ払い、高野さんにタクシーで送ってもらうことになった。別れ際、私は松川が私と会いたかったので、今回のセッティングをしたことを知るのだった。
 タクシーの中で、私は高間さんに、大学を辞めようと思うと言う。これまで褒められるために絵を描いてきたが、自分から描きたいものがある訳ではなく、大学でこれ以上学ぶ必要がないと感じたからだった。
 私はそのまま将也の部屋を訪れるが、将也の部屋は荒れ放題で、彼は酔った私を部屋に上げようとしない。それでも私が強引に部屋に上がり、下半身パンツいっちょうになって、一緒に寝てほしいと言うと、彼は「ふたつしたら、許してやるよ」と言い、禁煙することと、お前からチュウすることと言った。私は禁煙を誓い、自分からキスすると、たったひとつしかない好きなものに触れることのできる幸福を思った。自分はラッキーなんだ、と初めて思った。それが多分、火を捨てた瞬間だった。
 翌朝、将也は大学を辞めて働くと言った。私も大学を辞めると言い、二人でスーツを買いに行こうと話し合った。小さい頃から積み重ねてきたものを捨てたから、私にはもう、若さと、恋と、元気くらいしか残ってない。それが永久に私に在りますようにと祈るしかない。
 三月の下旬、二年生の成績発表がなされた日に、約束していた高間さん、松川、上野の3人と、学内のカフェテラスで会った。私に彼氏がいると教えると、松川はさすがにガッカリした様子だった。それぞれが注文した飲み物を空にする頃になってから、上野が、「4人で福武さんの前途に乾杯しよう」と言い出した。「福武真智の、最高に楽しい未来を祈念して‥‥乾杯!」カフェテラスのざわめきの中で、かしゃ、と4つの紙コップがぶつかり合う音がした。「ありがとう」と私は言った。
 その後、桜並木の橋の上で将也と待ち合わせた。夕暮れる橋の上に、スーツ姿の将也が現れる。桜の思い出は消えて、今の私たちだけが、残る。

 他の収録作が皆30ページほどの短編なのに対し、すがすがしいラストの100ページにわたる中編でした。

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/

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