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北尾トロ『テッカ場』

2010-12-19 06:37:00 | ノンジャンル
 先日WOWOWで、オットー・プレミンジャー監督・製作の'49年作品『疑惑の渦巻』を見ました。精神科医リチャード・コンテの妻ジーン・ティアニーが盗癖があることを隠すために、催眠術を操るホセ・フェラーに利用され、殺人犯にさせられそうになるという話でした。当時はやっていた異常心理ものの一つであり、演出は極めて古典的で、途中から飛ばし見してしまいましたが、ティアニーはきれいに撮れていたと思います。

 さて、北尾トロさんの'10年作品『テッカ場』を読みました。『MouRa』'08年5月号から'09年7月号にかけて連載された「テッカ場」に加筆・修正されてできた本です。
 まず、「最近は極端な酔っぱらいや説教オヤジを見かけることが減ったな、と思ったのが本書を書くきっかけだった。普段コントロールされている欲望は、いまどこへいけば垣間みることができるのか」と述べられ、「できることなら隠したいと思っているのに、隠し切れずに(欲望が)顔を出してしまう現場」「思わず理性のリミッターが振り切れる瞬間」を目撃するために、著者は著者が呼ぶことろの様々な?テッカ場?に赴くのですが、そこで気がついたのは、「?テッカ場?には人を熱くさせるべく考え抜かれた独自の雰囲気やルールがあるということ。独特の符丁やスピード感が、参加者の理性をどんどん麻痺させる」ことだったと著者は書いています。それは具体的には「セリ市の司会者と参加者の代理人となるスタッフの巧妙な連係プレー」だったり、コミックマーケットでの「熱気をあおる」「長蛇の列」と「脳を熱くさせていく」「長々とした注意事項の説明」だったり、「美術オークションでの矢継ぎ早なハンマープライスと引くに引けない心理をあおる演出」だったり、「バーゲンでの堀り出し物ゲットを狙う客を刺激してやまない」「ファッションビルの上階からわんわんと響いてくる店員たちの声」だったりしたのですが、また「逆に、レース鳩オークションのように、マニアのみによって開催される静かなる?テッカ場?では異文化との遭遇を体験した」りもしています。本書には「競走馬オークション」「西洋骨董オークション」「コミックマーケット」「競売物件」「鉄道部品オークション」「マニア雑誌のフリーマーケット」「鳩オークション」「ネットアイドル撮影会」「切手オークション」「テディベアとバーゲンセール」と題された10ケ所のテッカ場めぐりが収録されていますが、「わかった気になれたものもあった」一方で、「最後までわけのわからない現場も」あり、「よくできたシステムに感心したものもあれば、自らを固くガードした参加者が徐々に理性をねじふせられ、最終的にわずかながらも本能が勝利する場面を目撃したケース」もあり、その様子は実際に本を手に取って存分に味わってもらいたいと思いました。また北尾さんの本の醍醐味としてある、観察者であるはずの著者が状況に飲まれていって当事者になってしまうというダイナミズムが本書にも見てとれ、それは「観察者意識が抜け切れなかったぼくも、切手オークションではとうとうハートに火がつき、念願の落札者に」なり、「あのときの『どうしても欲しい』気持ちは、手にした切手以上の財産だ。」と書く文章にも如実に表れています。
 最後に書かれた日常と非日常についての考察や、それぞれのエピソードの細部など、読みごたえ十分の本でした。『全力でスローボールを投げる』もそうでしたが、ここに来て北尾さん、完全復活の様相を示しているのではないでしょうか? 安価でもあり、是非手に取ってほしい本の一冊です。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto