日本史授業に役立つ小話・小技 19
埼玉県の公立高校の日本史の教諭を定年退職してから既に十余年、その後は非常勤講師などをしていました。今年度で七四歳になります。長年、初任者研修・五年次研修の講師を務め、若い教員を刺激してきましたが、その様な機会はもうありません。半世紀にわたる教員生活を振り返り、若い世代に伝えておきたいこともたくさんありますので、思い付くままに書き散らしてみようと思いました。ただし大上段に振りかぶって、「○○論」を展開する気は毛頭なく、気楽な小ネタばかりを集めてみました。読者として想定しているのは、あくまでも中学校の社会科、高校の日本史を担当する若い授業者ですが、一般の方にも楽しんでいただけることもあるとは思います。通し番号を付けながら、思い付いた時に少しずつ書き足していきますので、間隔を空けて思い付いた時に覗いてみて下さい。時代順に並んでいるわけではありません。ただ私の専門とするのが古代ですので、現代史が手薄になってしまいます。ネタも無尽蔵ではありませんので、これ迄にブログや著書に書いたことの焼き直しがたくさんあることも御容赦下さい。
19、備中鍬(江戸時代の農具改良)
江戸時代の農業は著しく発達したので、それだけで1時間の授業が出来る程に内容が濃いものです。その中では必ず農具の改良に触れられ、脱穀具の千歯扱きや唐箕、灌漑用具の踏み車、耕作用具の備中鍬が取り上げられます。
備中鍬は刃先が数本に分かれている鉄製の鍬で、刃先が股状に分かれている農具は、弥生時代には用いられています。「備中鍬」という呼称がいつまで遡れるのかは調べたことがないので、ここでは深入りしません。大蔵永常の『農具便利論』には二股から四股の備中鍬の図があるので、19世紀はじめの頃かと思っています。「備中」という国名はその製産地でしょう。古来備中国は砂鉄の産地であり、鉄製品鍛造の技術がありました。
備中鍬について、教科書には「深耕用」とか春の初めの「荒起こし用」と説明されています。早春の水田は乾田とはいえ一応水田ですから、水気を含んだ重たい土です。そこに板状の平鍬を打ち込むと、なかなか抜けません。これはやってみるとすぐにわかりますがすが、水田の土は畑の土とは全く異なります。深く耕せるように鍬自体の重さがかなりありますから、ただでさえ重いのに、水気の多い粘土質の田は、土が張り付いてしまうので、抜くに抜けなくなってしまうからです。しかし備中鍬は股状の刃先になっているので、刃の隙間には空気があり、土に接する面積が少なくなります。それで打ち込んだ鍬を楽に引き抜くことができるのです。
以上の説明でも十分理解できるでしょうが、体験的に理解させるために、私は孔のあいた包丁と胡瓜を教室に持ち込んで説明したものです。普通の包丁で胡瓜を連続的に薄切りにすると、包丁に吸い付いて離れなくなってしまうのですが、孔のあいた包丁では、接する面積が少なくなるので、包丁に吸い付くことがほとんどありません。備中鍬の利便性の説明には、これで十分に間に合います。何と言うことのない日常生活の一場面なのですが、結構説得力があり、私としては気に入っている小道具でした。
埼玉県の公立高校の日本史の教諭を定年退職してから既に十余年、その後は非常勤講師などをしていました。今年度で七四歳になります。長年、初任者研修・五年次研修の講師を務め、若い教員を刺激してきましたが、その様な機会はもうありません。半世紀にわたる教員生活を振り返り、若い世代に伝えておきたいこともたくさんありますので、思い付くままに書き散らしてみようと思いました。ただし大上段に振りかぶって、「○○論」を展開する気は毛頭なく、気楽な小ネタばかりを集めてみました。読者として想定しているのは、あくまでも中学校の社会科、高校の日本史を担当する若い授業者ですが、一般の方にも楽しんでいただけることもあるとは思います。通し番号を付けながら、思い付いた時に少しずつ書き足していきますので、間隔を空けて思い付いた時に覗いてみて下さい。時代順に並んでいるわけではありません。ただ私の専門とするのが古代ですので、現代史が手薄になってしまいます。ネタも無尽蔵ではありませんので、これ迄にブログや著書に書いたことの焼き直しがたくさんあることも御容赦下さい。
19、備中鍬(江戸時代の農具改良)
江戸時代の農業は著しく発達したので、それだけで1時間の授業が出来る程に内容が濃いものです。その中では必ず農具の改良に触れられ、脱穀具の千歯扱きや唐箕、灌漑用具の踏み車、耕作用具の備中鍬が取り上げられます。
備中鍬は刃先が数本に分かれている鉄製の鍬で、刃先が股状に分かれている農具は、弥生時代には用いられています。「備中鍬」という呼称がいつまで遡れるのかは調べたことがないので、ここでは深入りしません。大蔵永常の『農具便利論』には二股から四股の備中鍬の図があるので、19世紀はじめの頃かと思っています。「備中」という国名はその製産地でしょう。古来備中国は砂鉄の産地であり、鉄製品鍛造の技術がありました。
備中鍬について、教科書には「深耕用」とか春の初めの「荒起こし用」と説明されています。早春の水田は乾田とはいえ一応水田ですから、水気を含んだ重たい土です。そこに板状の平鍬を打ち込むと、なかなか抜けません。これはやってみるとすぐにわかりますがすが、水田の土は畑の土とは全く異なります。深く耕せるように鍬自体の重さがかなりありますから、ただでさえ重いのに、水気の多い粘土質の田は、土が張り付いてしまうので、抜くに抜けなくなってしまうからです。しかし備中鍬は股状の刃先になっているので、刃の隙間には空気があり、土に接する面積が少なくなります。それで打ち込んだ鍬を楽に引き抜くことができるのです。
以上の説明でも十分理解できるでしょうが、体験的に理解させるために、私は孔のあいた包丁と胡瓜を教室に持ち込んで説明したものです。普通の包丁で胡瓜を連続的に薄切りにすると、包丁に吸い付いて離れなくなってしまうのですが、孔のあいた包丁では、接する面積が少なくなるので、包丁に吸い付くことがほとんどありません。備中鍬の利便性の説明には、これで十分に間に合います。何と言うことのない日常生活の一場面なのですが、結構説得力があり、私としては気に入っている小道具でした。
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