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どうして秋の名月は「十五夜の月」と呼ばれるの?(子供のための年中行事解説)

2021-09-03 08:37:05 | 年中行事・節気・暦
どうして秋の名月は「十五夜の月」と呼ばれるの?
 月は形が満ちたり欠けたりして、日ごとに形が変化します。同じ形にもどるまで、つまり満月から次の満月までは、29.53日かかるのですが、ここではとりあえず約30日としておきましょう。だから一月(ひとつき)は30日を基準としているわけです。ついでのことですが、24時間で太陽(日)が一回りしますから、それを一日(いちにち)と呼ぶわけです。もし月と太陽が一緒に東の空から上ってくるとすると、月は太陽の明るさに隠れてしまって見えません。月は太陽の光の当たらない暗黒面を地球に向けているので、地球からは一日中見えないのです。次の日には、月は少し太陽より遅れて上ってきますが、やはりまだ太陽の光にまぎれて見えません。そして夕方に太陽が西に沈んでしまうと、遅れて上ってきた分だけ、ほんのわずかな時間ですが、細い細い月が西の空の低い位置に見えることがあります。旧暦ではこの日の月を新月と呼び、各月の「一日」(ついたち)としました。さらに次の日にはもっと遅れて上ってきますが、朝はまだ見えません。それでも夕方には太陽の光が弱くなり、新月よりも少し太くなって、前日に見えた位置よりほんの少しだけ高い西の空に見えます。三日目くらいになるともう少し太くなり、これがいわゆる「三日月」と呼ばれる月です。ですから三日月は必ず日没の前後に西の空に見えるのです。
 こうして一日ごとに月の形が満月に近付き、月の形が一巡する三十日の中間地点である十五日目、つまり「十五夜」の頃には、太陽が沈む頃に東の満月が空から上ってくるのです。ですから満月は必ず日没の前後に東の空に見えます。ただし実際には季節によって日没の時間が大きく変化しますから、あくまでも平均的なお話です。
 天文学的には、月が一巡するのは29.53日であり、月の地球を回る軌道が楕円で、地球に近い時には早く、遠い時には遅く動くため、必ずしも十五日目が満月になるとは限りません。実際には13.9~15.6日の幅があります。また天文学的には満月というのは月が地球を挟んで太陽と正反対の位置に来た瞬間のことですから、満月は一日単位で認定されるのではなく、瞬間として認定されます。それで日付が替わるのは午前0時なのですから、同じ夜でもカレンダー上では満月が1日前後することがあります。まあ天文学的には細かい計算があるのですが、それは専門家に任せておきましょう。いずれにせよ、満月は旧暦の十五夜に見えるということは、日常の生活感覚としてはおおむね正しいのです。
 江戸時代の俳人蕪村が詠んだ「菜の花や 月は東に 日は西に」という俳諧(俳句)があるのですが、この月の形を考えてみましょぅ。太陽が沈む時に東に見える月ですから、限りなく満月に近い月であることがわかるでしょう。西には茜色の日が沈みかけ、東にはやや赤みを帯びた満月が上ってくる。目の前には一面の菜の花畑が広がっている。何と美しい景色ではありませんか。(私の家の近くでは、毎年4月に1回だけ、この景色を見ることができます。)『朧月夜』(おぼろづきよ)という唱歌には、「菜の花畑に入り日薄れ・・・・春風そよふく空を見れば 夕月かかりて におい淡し」と歌われていますが、これも同じく満月に近い。この歌の作詞者の脳裏には、蕪村の句がかすめたかもしれません。滝廉太郎作曲『花』という唱歌には、「錦おりなす長堤(ちょうてい)に 暮るればのぼるおぼろ月」と歌われています。これも夕暮れ時に上ってくる月ですから、同じように満月に近い月です。(ネット情報で『花』の歌詞の解説を読んでみると、月の形にまで触れているものがほとんどなく、とても残念なことです。)この様に昔の人は、太陽と月の位置関係を常に意識していたのです。
 秋の月見の満月は、「ちゅうしゅうの名月」とも呼ばれます。「ちゅうしゅう」を漢字で書くと「中秋」「仲秋」と二通りの書き方があり、どちらが正しいのかと議論になることがあります。「中秋」とは秋の真中という意味で、旧暦では秋は7~9月の三カ月ですから、秋のちょうど真中は8月の15日です。しかし満月は既にお話した様に1日くらいずれることがありますので、8月15日のいわゆる「十五夜」が満月とは限りません。それに対して「仲秋」とは、秋三カ月の真中の月である8月全体のことですから(旧暦7月は孟秋、8月は仲秋、9月は季秋)、「仲秋の名月」は必ず旧暦8月の満月を指すわけです。ですから「十五夜」という言葉にこだわるならば「中秋の名月」、満月にこだわるならば「仲秋の名月」と言えばよいわけです。しかしそもそも歴史的には厳密に区別されず、混同されることも多いものでした。事実上同じようなものですから、そもそもどちらが正しいかという議論は意味がありません。私達は天文学的な観測をしているのではなく、名月を楽しんでいるのですから、どちらも正しいのです。