・・・ ぶどう・ぶだう・葡萄 ・・・
スーパーの果実売り場はすでに秋。紫や薄うす紅、緑などの葡萄が並んでいる。まるで詩歌が並ぶように。葡萄はつる性落葉低木、木からその房をもぎ取り食べる愉しさ。いま歩いている道のかなたは山梨県の、葡萄の園があるかもしれない。葡萄の名歌は多い。岩波現代短歌辞典には「葡萄」の項目があり、2頁にわたり穂村弘が解説している。
✿ とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を 寺山修司
愛誦性富んだこの作品は語感の生々しさに比し抽象次元の出来事のように感覚される。
✿ 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも 葛原妙子
生の根底に在る「不気味なもの」を直観してしまう。人間深部を直接照射する。
✿ 沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斉藤茂吉
重く激しい時間の流れによって支えられた「沈黙」の深さに打たれつつ、その詩的誠実さの なかに慰籍の透明感がたたえられている。
✿ 食むべかる葡萄lを前にたまゆらのいのち惜しみて長し戦後は 島田修二
<葡萄>と<たまゆら>の響き方に効果をあげている。
✿ 黒葡萄しづくやみたり敗戦のかの日よりいく億のしらつゆ 塚本邦雄
<敗戦>という語の選択、さらに<黒葡萄>と<しらつゆ>の対比が効果をあげている。
以上の解説は15年前の穂村弘。かなりむづかしいですよ。37歳の穂村弘の解説は。
掲出の五首はみな「葡萄」の表記だが「ぶどう」「ぶだう」なども多い。
まだ熱の下がらぬこの路この先に緑のぶどうの楽園よあれ
8月24日 松井多絵子