えくぼ

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「それから」を読む ⑧

2015-08-13 09:35:26 | 歌う

           ・・・ 「それから」を読む ⑧ ・・・

♦ 夜もすがら雨はつぶやくように降る少しかなしい詩のように降る  松井多絵子

 「それから」の連載は終わりに近づいてきた。代助は兄嫁に 「僕には好きな人がいる」と告げ間接的に父からの縁談を断る。8月6日の第89回、家に呼び寄せられた三千代が 「何か急なごようなの」と代助に尋ねる。書生に車で三千代を家につれてこさせながら代助は 「まあ、ゆっくり話しましょう」と巻畑草を吸う。部屋には白百合が沢山飾ってある。三千代の兄と代助は親友だったが彼は亡くなった。「あの頃あなたは銀杏返しに結っていましたね」 なにやら妖しい雰囲気になってきた。代助はついに「僕には貴女が必要なのだ」と言ってしまう。「愛してる」と言われるより 「あなたが必要だ」と言われるほうが女の心を捉えるのではないか。しかも相手は人妻。

 三千代は涙ぐむ。「残酷だわ」ともいう。「もう少し早くいってくださると、」 全く代助は自己中だ。ゆたかで何でも手に入れることのできる男は彼にふさわしい見合いの相手とは結婚する来になれない。あえて親友の妻を。「三千代は急に物に襲われたように泣き出す」 しばらくして、彼女は涙を綺麗に拭いた。雨は小雨になり、三千代は 「私もう帰ってよ」という。代助は、「お帰りなさい」と答えた。


 雨は小降りになったが、代助は三千代を独り返す気はなかった。わざと車を雇わずに自分で送って出た。平岡の家まで附いてゆくところを、江戸川の橋の上で別れた。ふたりは何も話さなかったのか、その様子は1行も書かれていない。代助は橋の上に立って、三千代が横丁を曲がるまで見送っていた。それから緩く歩を回しながら、腹の中で 「万事終わる」と宣言した。

 ここで第92回は終わった。残りは18回だ。かなりの借金をしている代助からの「僕の存在には貴女が必要だ。どうしても必要だ」という言葉は三千代の今後の重荷になるだろう。現在のように女の仕事の場がなかったとおもわれる100年前。体の弱い専業主婦の三千代の心を掻き回している高等遊民の代助を、漱石は批判的に描いているのだろう。

                         8月13日  松井多絵子