えくぼ

ごいっしょにおしゃべりしましょう。

いもうと

2013-09-24 20:40:02 | 歌う

※ 4年前のいまごろ世を去った妹をおもいながら、歌集『厚着の王さま』より抄出します。  

          ❤ いもうと 二十首     松井多絵子

病室の前にてわれは立ちすくむ、扉のむこうに癌のいもうと

点滴にか細き腕を任せいてなにも話さぬいもうと、われも

眠いわと小声にて言いいもうとは瞼をとじる、眠ってほしい

なぜ癌になったのですかと妹の主治医に問えば「さあ、ねえ」と応える

自殺する癌細胞もあるらしい逞しく生きる癌細胞も

終戦の年に生まれたいもうとはいま癌細胞と戦っている

いもうとよ癌細胞を削除せよ、笑えばいいのだ笑えばいいのだ

子宮とはこんな形のものなのか茄子ひとつが俎板の上

海へむく手術室にていもうとは子宮を失い笑顔を失う

癌はまだ体に残るいもうとの「快気祝」の干菓子は紅梅

死が迫る、緩和ケアーを言う医師の口調はやんわりのんびりしている

病室はスカイブルーに塗られいて窓のむこうの空は汚い

われのみが話していたり話さねば空気がさらに重くなりそう

たちまちに地上に降りきて十階の緩和ケアー病棟仰ぐ

この秋の旅の予定の記されぬ手帳の空白、白がふるえる

すでに遠くへゆきてしまいし妹の亡骸に会う真昼なりけり

苦しまず逝きしとう嘘あたたかく我はうなずき供花にふれる

死はふかき眠りか生はごく浅きねむりか、窓にひろがる夕日

あと幾度ここに来て骨を拾うのか火葬を待つこの四十分は

病む日々のいもうとのメールを収めたるケータイはいま枕辺にあり

                                  (了)