ジャズピアニストのジャズ批評

プロの耳で聞いたジャズをミュージシャン流に批評。

O Grande Amor Ⅳ

2014-07-29 02:17:47 | Weblog
和声は、低音つまり一番下の音にかなり拘束される。拘束という言い方が正しいかどうかはわからないが、コードを転回することによって和声のニュアンスが変わってくることは確かだ。ベース音が威力をもっているということの理由は音(音波)というものの持つ物理的な理由だ。で、多声部音楽はその性質を利用しているわけだ。どの音が下になったらどうなるか?というのはある程度の説明はできるが、和声は横の動きもからんでいる。旋律としてのベースラインもあるので、場面の数が増え、選択肢も増えてしまう。ケースバイケースで考えるしかない。で、楽曲を構成してこれと思う低音部を選んだとしよう。ジャズの演奏はそれをかなりの数というか回数を続けて演奏する。2コーラスや3コーラスで終わる楽曲や演奏のケースはずっと同じ低音でも問題ないが、ソロを何人もまわして10を超えるようなコーラスの数になった時に、あまりに決められたベースラインだと持たないのだ。だからジャズスタンダードの譜面はそういうことを前提に書き、読み解かなくてはいけない。こういうレベルの曲の解釈はミュージシャン個人にゆだねられている。とくにベーシスト。即興的に探りながらやる面もあるから失敗もある。でもそれが新しいハーモニーになってその曲の新たな発見につながるということもある。ほんとにやってみなければわからない。でもそれがジャズだ。ジョンコルトレーンがポールチェンバースのことを「彼はソロ奏者のメロディーラインによってベースラインを変えることのできるベーシストだ。」と言っていた。これはホントに高いレベルのジャズ演奏の極意でもある。そしてジャズという音楽の和声の面を進歩させたモダンジャズの本質でもある。