湊かなえさんの原作『Nのために』を読んでいたので、このドラマは絶対見たいと思っていた。実は原作の結末を良く覚えていないし、その過程の章もどんなんだったかあまり覚えていない。覚えていないのが幸いしたのかどうなのかはわからないけれど、思いのほか素敵な作りに仕上がっていて感動した。
特に、今までその演技を目にしたことのなかった「杉下希美」を演じる榮倉奈々の演技にグッときた。本編中、何度か涙が出てきた。微妙な表情の作り方、変化のさせ方、声色の抑揚バランスが自然体で「杉下希美」の心の葛藤を上手く演じ切っていて、本当に泣けてきた。
「成瀬慎司」を演じる窪田正孝は今野敏原作の「ST」というドラマの黒崎という無口だが武術と臭覚に長けた男の役で初めて見て「硬派」な印象を持っていたけれど、今回はナイーブで純粋な男の子の役をやっていて、これまた彼の笑顔に物語全体が救われているような気がする。
もちろん、他の登場人物たちも皆、原作以上にいい味わいを醸し出していて、哀しい物語でありながら観賞中は上質の時間を過ごすことが出来たと思う。人間臭く泥臭い演出もあったが、適度なものであって決して過度ではない。この安心感は「平成」の感覚ではなく、むしろ「昭和」な印象を受けた。哀しい物語にであるのに、見る前は「癒されるために見たい」と思い、見てる最中はドラマの世界観にどっぷりハマり、見た後は「その回が終わってしまったこと」をすごく寂しく感じるのである。
ともあれ、原作ではあまり感じられなかった相互の恋愛感をよく掘り下げていて、その結果タイトルでもあり主題でもあり軸でもある「N」と「○○のために?」というところがより鮮明に浮き彫りにされていたと思う。更に劇中の音楽もすごく良いし、家入レオの挿入歌もまたすごくマッチしていて良いと思う。
時代の設定が交錯し、彼らの目に焼きついた何気ない心象風景が「演じるものたちの瞬き」に「カメラのシャッター音」を重ねスローモーションで演出されるところも好きだし、現在である2014年の出来事をモノトーンに近い褪せた色調で表現し、10年前の事件に至るまでの過程を眩し過ぎるほどに鮮やかなトーンで再現しているところもまた素晴らしくよい演出だなあと思った。
あとから見返してわかるように、ドラマの主要人物たちとそのキャストの名前を書いておこうと思う。
・杉下希美(榮倉奈々)
・成瀬慎司(窪田正孝)
・安藤望(賀来賢人)
・西崎真人(小出恵介)
・杉下晋(光石研)
・杉下早苗(山本未來)
・野原兼文(織本順吉)
・野口貴弘(徳井義実)
・野口奈央子(小西真奈美)
・高野茂(三浦友和)
・高野夏恵(原日出子)
主要なイニシャル「N」について赤字で示してみた。これをまとめた後に気付いたのであるが、実はもう一つの「N」が隠されていたことに気が付いた。それは原作には存在しない高野夫妻の存在。青景島(あおかげじま)唯一の駐在所の巡査として赴任している高野茂が15年間の事件そして10年前の事件を追うことでドラマを成立させている。そしてその高野茂の妻、高野夏恵は15年前のとある事件で失語症を患ってしまう。失語症の原因が(ネタバレになるが)成瀬慎司の父、成瀬周平が放火犯であることを知りながら隠匿したことによるということがドラマ終盤で明らかにされる。
そして、その最終回のエピローグ的部分で高野茂が事件の全貌を他の3人から聴かされていない安藤望に語るシーンでその関連付けがなされている。「俺はなあ、人が嘘をつくのは何かヤマシイことがあるのだと思って生きてきた。けれど、大切な人を守るために嘘をつく人がまれにもおるんじゃということを知ったよ」と。ドラマの語り部役として登場させただけでなく、ドラマ全体の雰囲気を最後の最後でまとめさせるための存在であることを知った時、このドラマには高野夫妻の存在は無くてはならないものなのだなあと思った。
どの登場人物もハッピーエンドということにはなってないけれども、主要な人物たちが落ち着くところに落ち着いたことがエピローグ的な感じで紹介されていったのも良かった。本に喩えるなら「実に読後感の良い」ドラマであった。見終えた後もしばらくドラマの世界観がぽーっと頭の中に残っている感じ。
湊かなえ『Nのために』を読んだ