まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

だてマスク

2014-04-02 15:22:56 | 人間文化論
昨日だか今日だかのテレビで、最近 「だてマスク」 が流行っているという話をやっていて、

ものすごくビックリしました。

メガネ人間の私にとってはマスクって天敵で、

マスクをするとメガネは曇るし息苦しいし、しないですむならゼッタイに付けたくないもののひとつです。

それこそ福島第一原発が爆発した頃にはやむをえず装着していましたが、

「すぐれものマスク」 に出会うまでのあいだは本当にイヤでイヤでしょうがありませんでした。

なので、そんなマスクを 「だて」 で付けちゃう人がいるなんてまったく理解不能です。

調べてみると、「だてマスク」 の存在が明らかになったのは震災前の2011年1月のことで、

すでにウィキペディアにも 「だてマスク」 の項目がありました。

「知恵蔵mini」 ではこんなふうに説明されています。

「本来の衛生用途とは異なる目的でマスクを着用すること。素顔を隠すために1年中マスクを手放せない若者が増えていると報じた2011年の新聞記事をきっかけに、「だてマスク」 という言葉が使われるようになった。「精神的な安心を得る」「人とのコミュニケーションを避ける」「ノーメイクの際の素顔隠し」「肌の保湿」「防寒」 など用途は多様化しており、季節や男女を問わずマスクを着用する人が増えている。」

本当に驚きです。

そんな目的のためにわざわざマスクを付ける人がいるなんて!

特に今日のテレビでは、

人とのコミュニケーションを避けるためにだてマスクをする人が増えていると報じており、

なんだか悲しい気持ちになりました。

人間は表情筋が発達している動物で、非言語コミュニケーション手段のなかでも、

表情というのはものすごく重要なもののうちのひとつになっているのに、

それをわざわざ封じてしまうなんて

この時期は花粉症対策のためマスクをしている人が増えますが、

せっかくの出会いの季節だというのに顔が見えないのが残念で、

挨拶されても誰だかわからないことがあり、よく困ったものでした。

でも、マスクをしていて挨拶を交わさなかった人のうちの何人かは、

実は花粉症でもなんでもなくて、私の知り合いなんだけど、

だてマスクで顔を隠すことによって挨拶すら拒否している人だったのかもしれませんね。

うーん、いやな世の中だ。

花粉と放射性物質が舞っているあいだはしかたありませんが、

せっかく人間に生まれてきたのですから、落ち着いてきたらマスクを外して、

顔をさらし、表情を駆使してお互いにコミュニケーションを図ろうではありませんか。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿