中日新聞の「くらしの作文」に「トラウマ退治」というタイトルで、82歳の男性が投稿されていました。
発端は思いがけぬ一本の電話からでした。
私のCG画の個展の記事が中日新聞の尾張版に出て、その絵を生徒に見せたいと地元の中学校の先生からの電話です。
絵を飾るだけと思い、安易に請け負いましたが、講演付きとは思わなかったです。
人には隠していましたが、私は大勢の前で話すことにトラウマがあったのです。
昔は構内弁論大会がよくあり、中学時代には毎年出ていました。
三年生の時、話の途中で一つの言葉を忘れて立ち往生してしまったのです。
時間にすれば、ものの三十秒ほどだと思いますが、私には永遠の沈黙に思えました。
その恐怖が私のトラウマを引き起こしてしまったのです。
さて、承諾したものの、壇上に立つ姿を想像すると、あの恐怖心が甦ってきます。
しかし残り少ない人生です。
この機会にトラウマ退治をしようと考えました。
原稿を丸暗記し、一人になれる車や風呂の中で声に出しての練習を繰り返しました。
声がかすれたり途中でつかえたりと、その都度、弱気の虫が出て、断ろうかと葛藤の日々でした。
そして当日、真剣な生徒の目が私に勇気をくれました。
話し終え気がつけば、嘘のようにトラウマは消えていたのです。
もう大丈夫です。
ドンと来い、です。
以上です。
私も以前小学校五年の時、校内作文発表大会なるものに出た事があります。
講堂の演壇に上がり、作文の内容を生徒達に向かって話すのです。
何枚を暗記して発表したのかは忘れました。
時間にして15分〜20分ぐらいではなかったかと思います。
私が選ばれたのは題材が良かったからでしょうね。
前年の12月から3月まで心臓弁膜症とリウマチを患い入院生活を送りました。
その内容を書いたので、先生方の目にとまったように思います。
最初は原稿通り順調に話していたのですが、途中で次は何をしやべつたらいいか忘れてしまいました。
講堂の演壇の上ですのであがってしまったようです。
頭が真っ白になりました。
時間にして30秒から〜1分ぐらいだと思いますが。
やむなく次の項目は飛ばし、話しました。
何となく最後まで発表できましたが、出来は悪かったように思います。
それ以降は発表会なるものに選ばれた事はないです。
小雨降る径 金子由香利 & 林隆三