2010年11月06日 17時52分02秒掲載
尖閣ビデオ流出 一般公開避けた政府の責任だ(11月6日付・読売社説)
URL http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20101105-OYT1T01236.htm
「尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の当時の模様を撮影したビデオ映像が、インターネット上に流出した。
政府内部から持ち出された疑いが濃厚で、極めて遺憾な事態である。
だが、それ以上に残念なのは、こんな不正常な形で一般の目にさらされたことだ。政府または国会の判断で、もっと早く一般公開すべきだった。
流出したのは、計6個の動画ファイルに分割された計44分余りの映像で、インターネット動画サイトに投稿された。中国国内の動画サイトでも、転載と当局による削除が繰り返されているという。
海上保安庁と検察当局が保管するビデオ映像を、何者かが意図的に流出させた可能性が高い。先に一部国会議員に公開された映像は約7分に編集されたもので、今回の映像とは長さが異なる。
警視庁の国際テロ捜査に関する内部資料とみられる文書が、ネット上に流出したばかりだ。これでは海外から「情報管理がずさんな国」とみられ、防衛やテロなどの情報収集に支障が出かねない。
流出経路について、政府が徹底的に調査するのは当然である。再発防止に向け、重要情報の管理を厳格にしなければならない。
流出した映像をみれば、中国漁船が巡視船に故意に船体をぶつけたのは一目瞭然(りょうぜん)である。
もし、これが衝突事件直後に一般に公開されていれば、中国メディアが「海保の巡視船が漁船に追突した」などと事実を曲げて報道することはできなかったのではないか。これほど「反日」世論が高まることもなかったろう。
中国人船長の逮捕以降、刑事事件の捜査資料として公開が難しくなった事情は理解できる。だが、船長の釈放で捜査が事実上終結した今となっては、公開を控える理由にはならない。
中国を刺激したくないという無用な配慮から、一般への公開に後ろ向きだった政府・民主党は、今回の事態を招いた責任を重く受け止めるべきだ。
中国外務省は、国会での限定公開の直後に「ビデオでは日本側の違法性を覆い隠せない」との談話を発表した。
世界中に映像が流れた今、こんな強弁を続けていれば、国際的にも批判を浴びよう。
中国は速やかに国内の対日強硬論を抑え、日中関係の修復に努めてもらいたい。来週の胡錦濤国家主席の来日に合わせて、日中首脳会談を実現させるべきだ。(2010年11月6日01時13分 読売新聞)」
言っていることが滅茶苦茶。責任は流出させた人間にあることは疑いようもない。それを「一般公開避けた政府の責任」とは、考え違いも甚だしい。
メディアとして情報公開を迫っていくことと、政府及び国会が秘密にすると判断した情報を実力で公開したことを容認することは全く別次元の問題である。
読売新聞がどれだけ民主党政権を気に入らないとしても、菅内閣を気に入らないとしても、正当に選挙された国会議員の信任に基づき組織された内閣の元に政府があるのであって、その政府には、どの情報を公開し、秘密にするかを判断する法的権限がある。
また、憲法57条の規定から明らかなように、両議院は秘密会を開く権限を憲法上付与されており、その権限に基づき、秘密会において、一部国会議員に対して尖閣のビデオ公開が行われた。
今回のビデオ流出は、それら政府及び国会の判断を実力で踏み越えており、法秩序を無視したテロ行為そのものである。クーデターを企図したものと言ってもいい。批判されるべきは流出させた人物であることは疑いようもない。
情報管理の甘さを批判するのは格別、一般公開を避けたからビデオが流出したなどと批判するのは、筋違いも甚だしい。
国民がどれほど公開を熱望しようと、法秩序を無視した実力行使は断じて認められない。
読売新聞の人間は、「独裁は拍手と熱狂から生まれる」という歴史の教訓を、言論人を自称するなら、深く胸に刻む必要がある。
尖閣ビデオ流出 一般公開避けた政府の責任だ(11月6日付・読売社説)
URL http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20101105-OYT1T01236.htm
「尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の当時の模様を撮影したビデオ映像が、インターネット上に流出した。
政府内部から持ち出された疑いが濃厚で、極めて遺憾な事態である。
だが、それ以上に残念なのは、こんな不正常な形で一般の目にさらされたことだ。政府または国会の判断で、もっと早く一般公開すべきだった。
流出したのは、計6個の動画ファイルに分割された計44分余りの映像で、インターネット動画サイトに投稿された。中国国内の動画サイトでも、転載と当局による削除が繰り返されているという。
海上保安庁と検察当局が保管するビデオ映像を、何者かが意図的に流出させた可能性が高い。先に一部国会議員に公開された映像は約7分に編集されたもので、今回の映像とは長さが異なる。
警視庁の国際テロ捜査に関する内部資料とみられる文書が、ネット上に流出したばかりだ。これでは海外から「情報管理がずさんな国」とみられ、防衛やテロなどの情報収集に支障が出かねない。
流出経路について、政府が徹底的に調査するのは当然である。再発防止に向け、重要情報の管理を厳格にしなければならない。
流出した映像をみれば、中国漁船が巡視船に故意に船体をぶつけたのは一目瞭然(りょうぜん)である。
もし、これが衝突事件直後に一般に公開されていれば、中国メディアが「海保の巡視船が漁船に追突した」などと事実を曲げて報道することはできなかったのではないか。これほど「反日」世論が高まることもなかったろう。
中国人船長の逮捕以降、刑事事件の捜査資料として公開が難しくなった事情は理解できる。だが、船長の釈放で捜査が事実上終結した今となっては、公開を控える理由にはならない。
中国を刺激したくないという無用な配慮から、一般への公開に後ろ向きだった政府・民主党は、今回の事態を招いた責任を重く受け止めるべきだ。
中国外務省は、国会での限定公開の直後に「ビデオでは日本側の違法性を覆い隠せない」との談話を発表した。
世界中に映像が流れた今、こんな強弁を続けていれば、国際的にも批判を浴びよう。
中国は速やかに国内の対日強硬論を抑え、日中関係の修復に努めてもらいたい。来週の胡錦濤国家主席の来日に合わせて、日中首脳会談を実現させるべきだ。(2010年11月6日01時13分 読売新聞)」
言っていることが滅茶苦茶。責任は流出させた人間にあることは疑いようもない。それを「一般公開避けた政府の責任」とは、考え違いも甚だしい。
メディアとして情報公開を迫っていくことと、政府及び国会が秘密にすると判断した情報を実力で公開したことを容認することは全く別次元の問題である。
読売新聞がどれだけ民主党政権を気に入らないとしても、菅内閣を気に入らないとしても、正当に選挙された国会議員の信任に基づき組織された内閣の元に政府があるのであって、その政府には、どの情報を公開し、秘密にするかを判断する法的権限がある。
また、憲法57条の規定から明らかなように、両議院は秘密会を開く権限を憲法上付与されており、その権限に基づき、秘密会において、一部国会議員に対して尖閣のビデオ公開が行われた。
今回のビデオ流出は、それら政府及び国会の判断を実力で踏み越えており、法秩序を無視したテロ行為そのものである。クーデターを企図したものと言ってもいい。批判されるべきは流出させた人物であることは疑いようもない。
情報管理の甘さを批判するのは格別、一般公開を避けたからビデオが流出したなどと批判するのは、筋違いも甚だしい。
国民がどれほど公開を熱望しようと、法秩序を無視した実力行使は断じて認められない。
読売新聞の人間は、「独裁は拍手と熱狂から生まれる」という歴史の教訓を、言論人を自称するなら、深く胸に刻む必要がある。