がん(骨肉腫)闘病記

抗がん剤治療、放射線治療、人工関節置換手術、MRSA感染、身体障害者となっての生活の記録を残します。

119番、「不要」「不急」の通報が7割

2016年01月28日 | Weblog
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160127-00050069-yom-soci


読売新聞 1月27日(水)14時48分配信


「全国の消防への119番のうち、病院の場所の問い合わせや軽微なけがの搬送など、「不要」「不急」の通報が約7割に上っていることが分かった。

 不急を含む119番の内訳が明らかになるのは初めてで、救急現場の負担が増す中、関係者は頭を抱えている。

 総務省消防庁が昨年12月に公表した消防白書によると、2014年の119番件数は約842万件あり、うち火災は1%で、救急・救助要請が68%に上る。

 同年の全国の救急車の出動件数約598万件の搬送状況などを分析すると、誰も搬送しなかったケースは約63万件で、通報件数の7%。病院に搬送しても、入院しなかった軽症者数は、通報件数の30%にあたる約267万人で、合わせると4割近くが不急の通報だった。」


「不要」「不急」の定義をまず知りたい。


病院に搬送しても入院しなかったことをもって「不急」とするならば、それに対しては異議がある。


救急車を呼ぶ側としては、「不急」か否かは判断出来ない。結果から見れば「不急」だったものがあるかもしれないが、それを医療関係者ではない人間には判断できない。

「不急」の判断は、明確な基準を設け、かつ、結果時ではなく、救急車を呼んだ時点での状況から、一般人の判断能力を基礎として判断するべきである。


私事になるが、私の父は昨年2月4日にまず初めて倒れ、翌月5日に再び倒れ、いずれも救急車で搬送された。


ここで、父の病歴を簡単に説明すると、平成25年3月に下咽頭がんステージ4及び食道がんステージ2の重複がんとの確定診断を受ける。


治療としては、手術は拒否し、同時化学放射線療法を選択し、治療を行った。(この辺りの詳しいことは時間に余裕がある時にまとめたいと思う。)


その約2年後に当たる平成27年2月4日午前2時、自宅トイレにて昏倒。救急車にて、地元では割と大き目の病院に運ばれる。

倒れた感じから脳溢血を疑った医師がCTを撮影。結果、脳に転移と思われる4cm弱の腫瘍が認められる。


本題はここからで、救急車に同乗していった私が既往歴を細かく説明し、脳に転移による腫瘍が認められる父にも医師からは帰宅するようにと言われたということである。

この状態で連れて帰ってもまた倒れてもう一度救急車を呼ぶことになってしまうと私が食い下がっても、今度は看護師が出てきて「医師からの説明聞いてましたよね?」と厳しい口調で言われ、さっさと帰れと言わんばかりだった。

それでも食い下がっていると、父が二度目の発作を起こし意識が混濁してしまった。

その様子を見て、さすがに帰せないと思ったのか、しぶしぶ入院させてもらえた。


医師や看護師が父を帰したがった理由はわからない。


ベッドが足りなかったのかもしれない。医師の手が回らなくなってしまうと危惧したのかもしれない。夜間救急の看護師が全然足りないのかもしれない。様々な理由は想像できるし、理解もできる。


ここで言いたいのは、そういった医療を取り巻く現状を無視し、救急車を呼びながら入院しなかった患者を「不急」の患者と呼び、救急車の利用を躊躇させるような世論誘導をしないでもらいたいということである。


ベッドが足りない。医師が足りない。看護師が足りない。その通りだと思う。


だから帰らざるを得なかった患者が相当数いるはずである。


私の父は、たまたま私が粘っている間に再度の発作を起こしたため入院出来たが、発作を起こさなかったらどうなっていたかわからない。


そして、翌3月にもまた父は午前6時に倒れるのだが、この時も同じ扱いを受けている。


脳に腫瘍がある場合、脳内の電気信号に乱れが生じ、てんかん発作のような症状が現れる。それに加え、父には下咽頭と食道の原発巣再発があり、肺転移もあった。加えて脳転移である。


それでも帰れと言われるのである。それが現在の医療の現実である。(ちなみに、父が初めて倒れてから2度目に倒れるまでに、ガンマナイフによる脳転移に対する治療は行っている。患者側として出来ることはすべて行ったつもりである。)


入院しなかったことをもって「不急」との判断はくれぐれも避けてもらいたい。


その前に医療環境をどう改善するかにメディアは注力してもらいたい。


タクシー代わりに救急車を呼ぶ輩も何人かはいるだろう。しかし、ほとんどの救急車を呼ぶ人は、真に命の危険を感じているはずである。そういう人達の、いわば「命の叫び」を委縮させるような言説は、厳に慎んでもらいたい。


なお、父は2度目に倒れた2ヶ月後にこの世を去っている。結果から見れば余命二ヶ月、三ヶ月という、傍から見ても厳しい状態の病人でも入院させてもらえないのである。


果たして救急車を呼ぶ側に問題があるのであろうか。