昨日の大倉山公園の梅林の続きです。
鏡リュウジさんの「占星術の文化誌」を読み上げました。
一般に占星術と言えば、週刊誌に掲載されている今日の運勢だと
思いがちです。最近、横浜市のバスの運転手さんの後ろに
ビデオの宣伝が掲載されていますが、その中にも今日の運勢は?
でもこの本を読んでその歴史の深さに驚かされます。
今まで星占いって、お遊び的にしか信じていませんでした。
でもこの本を読み、西洋の人たちの歴史観を知り必要な知識であることを
知りました。そのことを知ると清水義久さんのセミナ-の話がもう一段深く
なるのを感じます。
ドからドの音階は、占星術から来ていると清水さんから教わりました。
文学も音楽も心理学も占星術が深く係わっています。
この本を読んでいて清水義久さんのセミナ-の話と共通するところがあります。
最後に、少しお話しますね。
梅林からです。
池の側の垂れ梅です。
満開の時は、皆さん集まって楽しんでいます。
ありがとうございました。
清水義久さんのお話です。
鏡さんの本を読んでいて西洋では古くから人生の道しるべとして
考えられていたことをこの本は教えてくれます。
「実際、文学者たちは占星術に深い関心を持っていることが
少なくないのである。(中略)
17世紀までは西洋において占星術は教養の大きな柱であったから、
さまざまな文学的修辞として用いられている。西洋の文学を
理解しようとすると、占星術の知識が不可欠になるのだ。
シェイクスピアの話が書かれています。
清水義久さんのセミナ-を聞いているといろいろな話が出てきます。
セミナ-を受ければ、お金が入ってくるような錯覚にとらわれがちですが、
本当は、その基本となることを理解して初めて願望が叶うことを
知ります。
以前、吉野山の桜本坊で護摩供養に参列したことがあります。
その場を清め、お供えを清め、参列者を清めて
初めて神さまをお呼びになります。
まさにチャクラを開くために大日如来さんを呼ぶときにも
同じです。
そして神さまがいることを信じ、相手のチャクラを開くときに
相手が神さまと思い、一瞬ありがたくて合掌することが
当たり前に出来ることが必要になる。
鏡リュウジさんの「占星術夜話」を読み始めました。
この本もいろいろな話が書かれているので面白い。
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