新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

9月20日 その2 ラグビーW杯イングランド大会

2015-09-20 15:40:00 | コラム
日本代表が南アフリカを破った快挙:

実に見事な勝ち方だと思う。実は時差もあるしまさか勝つとは期待していなかったので、19日朝の何処かの局のニュースで見て驚いた次第だった。何が何でも偉いものだと賞賛したい。先程NHKのBSで録画を後半の途中から見ただけだが、立派に対等以上に亘り合っていたし、どちらが世界の上位にあるかが解らない試合振りだったのは立派だった。南アは決してメンバーを落としていたのではないようだが、何処か心に隙があったのではないかな。

この歴史的とマスコミが言う試合の感想を箇条書きにしてみよう。

(1)外国人交じりのメンバー:
私は我が国の代表ティームを何時の日か純粋に日本人だけにして欲しいと思っている。国際的な取り決めでその国で3年間プレーすれば代表になる資格があると聞いた気がする以上異議を唱えても仕方がないが、あれほど帰化を含めた外国人が多いのは、私には何となく納得がいかない。あの決勝のトライを決めたのも外国人(乃至は外国育ちか?)だった。

(2)ルール:
如何にもUK系のスポーツらしくアメリカのフットボールのそれと比べると、私には非合理的にしか見えない。サッカーで屡々カタカナ語に言うロスタイム(インジュアリータイムかエキストラタイム)で勝負を決める点が入るが、対南ア戦では80分を3分以上も過ぎた時点で我が代表がトライを取っていた。我が国内ルールでは40分を過ぎるとキックその他の手段でプレーを止めると試合終了だが、ここでは「最後のワンプレー」が延々と続いて我が国の勝利に繋がった。

この辺りが時計を止めるプレーが厳密に決められて時計係の審判員がいて、残り何秒までかが観客にも見えるように表示されているフットボールのアメリカ的合理主義との違いがある。私は日本式の39分過ぎると鳴り物で選手たちに知らせるのが、所謂「ローカルルール」だと知った次第だった。極端な表現を使えば違和感たっぷりだった勝利だった。ではあっても見事な「結果良ければ全て良し」だった。

選手交代の人数も変わっている。嘗てはサッカーは交替を認められてなかったようで、私が1954年まで出ていた関東大学リーグ戦では怪我人が出てしまえば10人なり何なりで進行せねばならなかった。ラグビーはどうやら年齢別というのか国内の社会人のリーグ戦や代表ティームでは7人までの交替が可能なようで、サッカーの3人と比べても寛容過ぎると思うが。

(3)戦術:
私は我が国のラグビーは体格の不利を、独特の敏捷さとスピードと小柄ならではの器用さで補っていたと思っていた。だが、先程の南ア戦などを見ていると、スクラムなどでは押し負けていなかったし、バックスも大きな南ア勢のタックルに怯むことなく向かって行ったし、私の目には体格差を感じさせず器用さを武器にしていなかったのは印象的だった。それはもしかすると、主将のリーチを始め多くの外国人を入れていることの良い影響か?

(4)世界の三大スポーツ:
2019年に我が国でW杯が開催されることの影響か、何処かのテレビ局がラグビーを世界三大スポーツと叫んでいた。私はそうは思えなかったので調べてみると、団体球技としてはサッカー、バスケットボール、ヴァレーボールという説があって、野球はアメリカ中心で世界に遍く広まっていないとの理由で除外され、ラグビーのW杯は三大催し物(カタカナ語では「イベント」)に入るようだった。これで納得だった。

20日間で10回

2015-09-20 10:22:46 | コラム
連休とやらの前で10回になった:

昨19日に良い結果が出ていると信じているプラセンタ・エキス注射を受けに家内とともに代々木上原駅前の吉田クリニックに行った。これで恐らく人生初となるだろう月間10回目の大病院とクリニック(開業医の先生の医院の意味)の通院記録が出来た。しかも、未だ残る10日間に3件の予約も残っている。我ながら驚くべき記録かと思っている。

その間に国際医療研究センター病院のような大病院での予約時刻を過ぎた後の待ち時間などは馴れているとは言え、かなりな負担と言うよりも心理的に不安になってしまうようなものだった。ここで強調したいことは(夢想だにしなかった)「薬の副作用の恐ろしさ」である。極めて例外的だと言われる医師がおられ、2人の薬剤師にも「経験が無かった」と言われたのだった。しかし、治りたいと思うから処方された薬は服用するのだ。

私の信条は「止まない雨はない」と「明けない夜はない」なのだが、今回の2月の入院中から始まって延々と今月初めまで続いた下痢には深刻以上に悩み、我が信念もこれまでかと揺れ動くところまで行っていた。半年と聞いただけでも苦しさを解って下さる方もおられるとは思うが、どのように悩み対応してきたかをここに詳しく述べることは避けたい。その原因が薬の副作用だったと知った時の衝撃も嫌悪する当世風に言えば「半端ない」ものだった。

吉田医師は「薬は服用しないのに越したことはない」と言われる。診察して頂きながらご意見を伺った。その薬の副作用の中に下痢がある事は確かなのだが言わば例外中の例外で、先生も経験されていない症例のようだった。何れにせよ、今後は十分に食生活に注意して出来る限り薬に依存しない方が良いだろうとのことだった。しかし、心臓関係の薬は未だ数多く服用しており、その中からは過去9年間に副作用と思われる問題は発生していなかった。

また、吉田先生はこれまでに20年間に多くの患者さんにプラセンタ・エキスの注射をしてこられた由だが、常に良い結果が出ているのでこれからも続けて行くのが良いだろうと告げられた。確かに6月末から注射を開始して以降、下痢に苦しみながら予期していなかったほど気力が回復し、6月や8月の退院直後の激しい衰えから脱出出来ていた感があった。

なお、問題の薬は9月14にまで服用し続ける中で、吉田先生が出して下さった漢方薬も飲んでいたのだから、相乗効果もあったのではと考えている。しかしながら、体調が好転した嬉しさもあって18日から積極的に出歩いていると、最悪時に45 kg台にまで減少していた体重が折角48 kgまで戻っていたものが再び47 kg一寸に落ち込んだ。このような現象が神経が細い私の新たな悩みになりつつある。

9月18日 その2 18日は多忙だった

2015-09-19 08:10:14 | コラム
体重が1.5%減少した:

18日は在職中から親交があったが(取引はなかった)業界最大の専門商社のOBの方2人が、当方の体調回復を祝ってわざわざ百人町まで来て下さったので、11:15に待ち合わせ場所の新大久保駅に出掛けた。OBとは言ったがY氏は雇用契約延長で週何日か出勤しておられる。二人とも海外駐在経験者でK氏はドイツのドユッセルドルフ、Y氏はロスアンジェルスとオーストラリアのメルボルンである。実は当方はアメリカには駐在もしていなかった。

私が昨年末の12月30日から入院が始まり、8月末までで合計56日にも及んでいたので、それ以前は毎月定期的に情報交換会を続けていたY氏とは10ヶ月振りで、7年前に引退されたK氏とも約2年振りの再会だった。実は、私の衰え方が彼らの目にどう映るかが気懸かりだったが、「一寸痩せたか」という程度の印象だった模様で少し安心した。

先ずはイスラム教徒で賑わうハラルフード店が繁盛するイスラム横町にご案内して、その多彩な品揃えを観察して貰った。私も年に一度ほどカレー粉を買いに行く以外は中に入らないので、漢字で「泰米」と記された米まで売っているのには驚かされた。店番は概ねパキスタン人かネパール人だが、英語で話が通じるのは便利だ。

昼食会は駅から徒歩10分もかからないサンパークホテルのメインダイニングルームの「椿」で開催。制限一杯の14時まで心ゆくまで久闊を叙して回顧談、業界の情勢、私の病気等々と時の経つのを忘れて語り合った。総合商社の人たちでも同じことが、海外駐在経験者は視野が広くまた我々には計り知れない”アテンド”の苦労された経験があるので、話題の幅も広く議論にも柔軟性があるので有り難い。

私も新宿駅西口に出たい用事があったので、ホテルの見事な日本庭園をバックに記念撮影をして駅に向かった。そこでやや意外だったのは、それまで気が付かなかったプラットフォームでのアナウンスが日本語の他に英語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語(?)で聞こえて来たこと。K氏がスペイン語に気が付いて、注意して聞き始めたところに電車が来てしまったそこまでで終わった。でも、何の為の欧米人の言語なのだろう。

新宿駅で再会を約して解散し、私は約3ヶ月振りで理髪店に向かった。ここの理容師さんとは間もなく20年にはなるだろう長いつきあいなので、顔色と肌のつやを見て貰えば体調が解るのだ。今回は以前よりは大分好転していても激やせが気になると診断された。激やせの原因は説明したが、彼女のお客様に矢張り副作用に苦しめられた方がおられるという話も聞けた。何れにせよ、伸び放題だった髪を切ってスッキリして気分爽快になった。

続いて、2010年に買ったスニーカー(これはカタカナ語で、アメリカ人は「テニスシューズ」と呼び、UKでは”trainer”などと言うようだが)が2足とも寿命が来ていたので、京王地下街のアシックスのWalking shoes専門店に赴いた。私の認識では「デザイン(だけ?)のナイキ」に対する「品質のアシックス」なので、思い切って今生の思い出にとやや高価なアシックスを購入してそのまま履いて帰った。

新大久保駅まで戻ると、何と止んでいたはずの雨が降り出していた。我が家に戻ったのは16時過ぎだったが、久し振りに2時間も語り合えたし、履き易い靴も買えたのは多いに結構だった。恐らく昨日の運動量では11日の東京ビッグサイトのファミリーフェアーであの広い構内を歩き回った時以上で時間も6時間近かった。その結果かあらぬか、増加しつつあった体重が本19日朝には1.5%も減少していた。あーあ。これを取り戻すのは容易ではないのだ。

安保法制案成立

2015-09-19 07:09:46 | コラム
安倍総理、成立をお祝い申し上げます:

それにしても民主党、就中、帰化議員たちの活躍には胸が悪くなる思いだった。当方は以前から福山哲郎の低級振りと下品さには嫌悪を感じていたが、先程ニュースで見る機会があった本会議場での反対演説でヤジに対して怒鳴り返したところなどは「その筋の者が議員になった」のではなく、「議員がその筋に加入した」と思わずにはいられなかった。

元々民主党を始めとする野党が採決を引き延ばそうとするのは解りきっていたし、それを幾らテレビを主体にしてマスコミが報じようと、私はそのニュースを見る気はなかった。しかし、偶々見てしまった参議院の委員会での余りにも次元が低い物理的抵抗には「あのような政治屋を選んだ一部の国民の方々にはもし出来るならば心から反省し、国費の無駄遣いをすればその分が税金となって自分たちの負担となりかねない」と自覚して欲しいのだと痛感した。

大活躍した野党議員たちの無様な行動を批判するのは恐らく差別だとの批判は免れないだろうが、福山、白、レンホー、福島の働きぶりを見れば、彼らの眼中には国益は言うに及ばず、国費の無駄遣いなどは無視しているのが明らかだった。しかも、偏向するマスコミはこういう連中の言い分を得々として採り上げるのだから、一部(であって欲しい)低民度の国民の方々はこの法案を本当に戦争法案で徴兵制の時代がやってくると思い込むだろう。

しかも、採決が終わった今朝になっても「国民の皆様に広くこの法律を理解して頂くよう努力を。未だ理解が十分ではない」等とほざいていた局があった。これもカタカナ語で言えば「ミスリーディング」である。法律を理解して自分を選んで下さった選挙民に伝えるのが代議士の責務ではないのか。彼ら議員を選んで自分たちの代理を務めさせようと投票したのではないか。それが多数決である民主主義ではないのか。愚かな論法だと言いたい。

ここで採り上げるのさえウンザリだが、私はあの議場における山本太郎なる虚け者の振る舞いを形容する言葉を知らない。あのような者を選んだ一部の国民も酷いが、あれと敢えて組んだ小沢一郎も論外ではないか。言うなれば「貧すりゃ鈍す」の典型的な悪い例であろう。また、あのファッション左翼というかリベラル派の国会前のデモに参加する芸人をこれでもかと映しだすテレビ局も論外だ。

未だに違憲論を振りかざしている野党の首脳もいるが、彼らは皆あの国の主席様が派遣された工作員だったと思えば、腹は立つが仕方がなかったと諦めもつくというものだ。だからこそ、彼らの眼中には某国の脅威等なく、ひたすら時間を空費させて恬として恥じないのだ。私は多くの国民の方々に福山とその一派を先頭に立てて愚にもつかない反対運動を展開した野党の正体を見極めて貰いたいものだと願っている。

彼らは決して貴方方の利益も幸福も代表してはいないのだと、これを良い機会にして十二分に認識して欲しいのだ。


我が国の政治屋とマスコミの愚かさ

2015-09-18 07:25:49 | コラム
安保法案成立阻止に努める野党とマスコミ:

昨17日は悪天候に阻まれて在宅せざるを得ず、つい徒然なるままにテレビの参議院の審議の状況を見るともなく見ていた。「私的に言えば」という産経が採り上げた流行り言葉で言えば、野党の「これが世界に流されれば国辱以下のものだ」の抵抗振りを見ていた。あの苔むした物理的審議阻止の有様を見て「おらが村の先生は、おらたちの為に身体を張ってやってくれている。素晴らしいことだ」と本気で思う選挙民がどれほどいるだろうかと考えていた。

これも産経の指摘だが、TBSの私が札をつける岸井は兎も角、各テレビ局の記者や解説者は挙って野党の奮闘振りを肯定し、自分たちが法案の内容を十分に報じていないことを綺麗サッパリ忘れて、何処に行っても「国民の理解が不十分なのに採決を強行する」という趣旨の発言を繰り返すのには、呆れる前に彼らこそがファッション的「反安倍内閣」のリーダーだったと再認識出来た。

私が最も不愉快だと思ったのが、公正中立だと聞いていたNHKで愚にもつかない山本太郎の鴻池委員長の問責?決議案の支持の演説を延々と流し続けるみっともなさ。更にテレ朝だったか今朝になって、1万5千人というデモの中に石田純一なる役者崩れが現れて安保法制案反対のアジ演説をする場面を見せてくれた。こいつは”womanizer”の悪名を返上すべ、くリベラル派に身を投じた愚かさだった。

マスコミ報道は「野党は法案成立を少しでも遅らせようと抵抗した」とあるが、私は彼らが自らの抵抗が国費の無駄遣いであり、自らを卑しめ貶める行動であると自覚していると信じたいのだ。更に彼らはあの醜態などという表現では到底間に合わない出鱈目振利が海外のメディアがそれぞれの国に報じるだろうことも承知していると思う。それをも厭わないあの抵抗は何の為だったかを、彼らが反省するとは思えないので、暗澹たる気分になる。

私はマスコミ報道と野党の無意味な逆宣伝に踊らされた普通の人たちだったはずの国会前に集まった方々があれだけいたのを見て、我が国の民度をつくづく考えさせられた。恐らくあの連中は来たるべき参院選挙や、もしも解散があった場合に反自民に転じるだろうが、それでも民主党の政権復帰の応援にはならないと思っている。兎に角野党に巣くう政治屋の愚劣さにはウンザリだった。