新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

小池百合子の考察

2017-09-29 14:19:29 | コラム
小池百合子をアメリカ式二進法的思考で切れば:

私は昨年だったが、小池東京都知事の豊洲への移転の延期の決断したのに対して「コスト意識が欠如している」と真っ向から非難したことがあった。豊洲をどうするかは知事に当選する前から懸案事項として掲げておられたのだったが、何と就任早々予感通りではあったが延期を打ち出したのだった。

私がこの延期の決定と、着任後1年以上を経た今日でも未だに確定的な移転の予定日を明示せず、売却するはずだった築地の「食の殿堂」だか何だったかに再開発するとの構想には、何処まで行っても都民が納付した税金を浪費して憚らないという、救いようがない「コスト意識の欠如」をあらためて痛感するのだった。コスト意識の欠如はあれほど大きな都市の首長としては失格だと断じる。

これ即ち、古くは故竹村健一の助手に始まって、その政治家として経歴の中で一切現実のビジネスの世界に身を置いてこなかった弱点が見えていると断じるのだ。我々長い間ビジネスの世界で暮らしてきた者にとっては「コスト」即ち「原価意識を持つこと」は欠くべからざる要素なのである。それだけではない、ビジネスの世界には金利がつきもので、この意識なくして物を売買することなどはあり得ないのである。

しかるに、小池都知事は豊洲に移転すると決めて既に仲買などという業種にとっては膨大な資金を寝かせておかざるを得ない投資をしてしまった業者に対して、冷酷にも実質的には我々が納付した「都税から補償する」という呆れ返った手法で説得に出ていったのだった。業者に襲いかかる金利だけを考えてもその負担は巨額である。

それだけではない、豊洲建設の為に投じられて数千億円から生じる過剰な金利負担などは、全く眼中になきが如くだった決断を平気でやってのけたのだった。私は29年も新宿区に住み続ける都民の一人としては二進法的思考から断ずれば、到底看過する訳にはいかない悪政乃至は財政的な失政であると思っている。

小池さんは都知事の候補者だった頃から、都政と都議会を伏魔殿であるかの如くに批判して「その改革と透明化」を看板の一枚としていた。それは誰にも見える化(小池式の英語で言えば visualizeか?)して見せるとの主張だった。しかし、一都民である私には、未だに何が visual になったのかは良く解らないと思う。もしかして、内田某を悪の権化のように指摘して都議会から引退させたようなことを言っているのかと思った。即ち、何がどう「見える化」というか透明になったかは判然としていないのだ。

先日指摘したが、ろくに登庁しなかったと非難囂々だった石原君だって、就任早々には「烏の駆逐」、「ディーゼルエンジン社の追放」等々を打ち出して、少なくとも目に見える成果を挙げていた。だが、小池都政では「都民ファーストの会を第一党に仕上げたこと」と「豊洲への移転延期」と「地下水からのベンゼンの数値を検知」と「やたらに第三者委員会を設ける」こと等々が目立つだけだ。

その間に都政と何処まで直結するのか不明な政治活動には十分な勢力を割いていて、股肱の臣・若狭勝を自民党から脱藩させて「自分のことではないと標榜して」着々と国政への進出の準備を調えていた。私に言わせて貰えば「何をされようと勝手だが、それは仮令半額にされたとは申せ、東京都知事としての給与を取りながらすることか」と問い質したい。私は二進法で言えば「違うのではないか」と断じたい。

この辺りで少しは小池百合子という人を褒めねば片手落ちになるかと危惧する。今回、民進党を実質的な解党に持ち込んだだけではなく、安保法制と憲法改正という2件の踏み絵を提示して見せた辺りの「大向こう受け」を巧みに狙った手法などは鮮やかだと賞賛したい。だが、90人にも満たないあの党の議員をふるいにかけ、尚且つ子飼いの手駒の中から何名かを当選させたとしても、233の過半数には到達しないとしか思えない。

それであっても、方々での記者たちの問いかけに答えて「国会の在り方次第では選挙に出るか」というはぐらかし方を続けているのは何なのだろう。これでは「何をする気か」を明らかにしない手法で引っ張れるところまで引っ張って、小池支持者の気を持たせる手段に出たのかとしか思えない。ましてや「当面は都政を精一杯務める」などという言い逃れは「今までは、あれでも精一杯やっていたと言うのか」と皮肉の一つも投げかけてみたい衝動に駆られる。

私は今回の希望の党設立と前原を説き伏せて「党員の選択制の合流」に何時の間にか持ち込んで見せた技量と才能は、素晴らしいものだと称えたい。だが、その才能と手腕と同等乃至はそれ以上の行政面での手腕が小池百合子さんに備わっていたかと訊かれれば、遺憾ながら「否」と答えたい。この点は既に指摘したが、小池さんにはその優れた新組織編成の「陰に陽に」か「裏か表か」の天与の才能があると認めるに吝かではないので、側近に優れた行政マン(乃至は女性)を得れば、自民党も本格的に真っ青になる政治家になれるだろうとは思う。

だが、現実にはそこまでに到っておらず、やたらに理論と理屈ばかり並べ立てる専門家(何の?)を諮問機関に持ってきては、現実面で成果が挙がらないという成果しか挙げていない。後難を恐れて言えば、実務の世界に一度も足を踏み入れた経験がない者が、東京都とい数兆円の売上高を誇る製造業の会社の社長にいきなり部外から選ばれてくれば、こういう結果になるとは見えていたのではないか。

私はこの辺りに、目に見える利益を追及する実務の世界と、イデオロギーや理念や理想を唱えて執り行う政治という世界との明解な違いを見出すのだ。問題は「そういう違いを何処でどのようにして融合させられる力量を持つ政治家が現れるか」だと思う。

その昔、故緒方竹虎に私淑して、その書生を務めていた某有名私立大学の政治家志望だった青年がいた。彼は大学卒業に際して緒方に「政治を志すのだったら、ます実業の世界を経験してからにせよ」と諭されて、大企業に就職したという挿話がある。小池さんは先ず緒方竹虎の門を叩いておけば良かったのかな。

本筋から離れるが、小池百合子さんが衣装持ちであるのには感心するし、私の領域にはないことだが、その着こなしは中々のものだと思う。特に、私には帽子の使い方はお上手だと見える。その辺りに敬意を表して、文字色を緑にした。


コメントを投稿