新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

11月9日 その2 忌々しい後期高齢者の2割負担

2022-11-09 15:34:10 | コラム
漸く「3,000円を限度」の意味が解った:

岸田内閣が何にもしてくれなかった後期高齢者保険の2割負担の意味を、今週には月・火・水と通院し、調剤薬局に通っていたお陰で、財務省と厚生労働省の有り難いのだろうご配慮の意味が解った。兎に角、通院して薬局に行く度に¥2,900台の請求が来るようになっていた、今年の9月までの実績では¥3,000超になると予測していた場合でも。

先ほど、調剤薬局で掛かりつけの薬剤師さんと打ち合わせを兼ねて色々と質問していた結果で、何故¥2,900台なのかを教えて貰えた。そもそも新聞報道などでは¥3,000の件は見ていてはあったが、「どうせ、碌な事でもあるまいし、考えるだけでも忌々しい」と深く追求もしていなかった。

薬剤師さんの説明では「病院でも薬局でも一回の負担が¥3,000を超過しないように変わったので、計算式も変わって面倒になったし、請求額の最後の一桁が0(ゼロ)ではないのが普通になりました」だった。「なるほど!そういう意味だったのか」だった。

一昨日も採尿・採血・心電図等の検査があったが、従来の金額からすると3千数百円になるはずのことが、そうはなっていなかったので「何故かな」程度に受け止めていた。この度の2割負担への増加の措置は、高齢者の増加による健康保険の負担(出費?)を抑えるためだと聞いていた気がするが、こんな所で細かい配慮(なのだろうか)があったとは知らなかった。

率直な感想を言えば「官僚は小手先の技を使うものだ。そうまでしても取りやすいところからは取るのか」と感心したが、2割負担にした人数がそれほど多くないことや、この¥3,000限度などを見せられると、姑息な手段のようだし、お為ごかしではないのかなと、ついつい考えてしまう。今月だけでも¥2,900の出費が4回あった。どれほどの差額の負担をお助け頂いたかを計算しようとなどは考えてもいない。

岸田さんには「救済法も支持率向上のためには大事でしょうが、遠からぬ将来に国民の3割もが高齢者になってしまうことの重大さにも、ご配慮賜れば幸甚に存じます」と申し上げたい。


時代感覚と価値観の問題

2022-11-09 08:45:11 | コラム
変わった世の中と変わらない世の中:

時代感覚の違いか:
どのチャンネルだかは毎度のことで覚えていないが、神奈川県下の県立高校が生徒数の不足で近隣の高校に併合されるので閉校になるという、矢張りもの悲しさが漂う話を採り上げていた。その1学年だけになって残った3年生たちが最後の学園祭を催す場面が特集された。その中の女子生徒が(私には何と言う種類の音楽の範疇に入るのか解らない、騒音だけの)バンドを組んで歌う(がなる?)練習を懸命にやっているところを見せられた。「時代だな」と痛感させられた。

すると、学園祭当日には、この高校の卒業生の既にプロになっている2人組のバンド(と言うのかな)がやって来て、その在校生たちと共演すると報じられた。その合同演奏の場面では、在校生たちがペンライトなる物を振り回して熱狂するのだった。勿論、演奏者たちも熱演で声張り上げてがなっていた。

私にとっては、彼ら現代の高校生たちの年齢層では、2人組のようにプロになった者たちが礼賛され歓迎され、一種の憧れの的となり、在校のバンドの者たちも歓迎されているのだと、あらためて知る機会となった。

そこで、例によって古い話を思い出した。それはその昔に鵠沼に住んでいた頃、近所に中学の2年上である由緒正しき弁護士の家庭の二男の方がおられた。彼は当時鵠沼海岸の学生の間で流行っていたハワイアン音楽に魅せられて、大学に進まれた頃には有名な一流のプロのバンドのギターとヴォーカルの奏者になっておられた。その時代の先端を行くミュージシャンに、これまた由緒正しき財閥の外孫のお嬢様がゾッコンとなり、誰知らぬ者がない間柄になった。

所が、「いざ、結婚するか」という段階になって、彼はお嬢さんのお父上に『お嬢さんを下さい』というように願い出たのだった。返事は厳しかった、「バンドマン風情に娘をやることはできない」だったのだ。結果を言えば、彼はバンドを辞めて普通の会社に就職したので、無事に結婚となったのだ。言いたいことは「その昔には職業には貴賎の別があった」という点だ。時代が変われば、ペンライトを振り回してまで熱狂して歓迎する存在になれるのだ。

価値観が違うと言うべきか、時代感覚か:
数日前に、確かNHKのBSだったかと思うが、中日ドラゴンズの立浪和義監督(53歳)を特集していた。立浪は球団としてか、ファンか知らないが、「待ち望まれていた、言わば『最後のエース』的新監督」だったようだ。私は彼がPL学園で鳴らした選手で、1年目からショートストップのレギュラーの地位を獲得した優秀な逸材だったくらいは心得ている。だが、新監督は結局の所、ドラゴンズを前年度の5位からビリにしてしまった。

先ずは新任監督が秋期(だったと思うが)練習開始の前に、全員を集めて「これからの練習中は私語を禁止すると同時に、笑うことは許さない」と、厳しい顔で宣言した。「矢張り、そういう感覚というか価値観の持ち主だったのか」と思わずにはいられなかった。いざ、練習を開始すると「内野手に1時間ノックを課す」と宣言した。換言すれば、私が貶し続けてきた所謂「千本ノック」のことである。時代感覚も甚だしくずれているのだ。

この選手を「絞ろう」というやり方ではダメだという根拠は、ザット言って二つある。つい先頃聞いた話だが「良きコーチはノックはせずに、他者かゴロを打つマシンに任せている」のだそうだ。それは、選手たちの捕球の態勢と送球までの姿勢を見て「何処を矯正し、何処を伸ばすかを診断する資料にする」からだそうだ。この点は名手だった宮本慎也氏も指摘していた。その辺りは、タイガースの中野拓夢のエラーを見て基本的な欠陥を指摘した事からも解っていた。

立浪和義監督の1時間ノックでは「ただただ選手たちを物理的に疲労させるだけで、修正すべき欠点などを見極めることができるのか」ということになってしまうのだ。このような身体的に絞り上げる練習法は、長嶋茂雄氏の伊東だったかで中畑清以下を鍛え上げた手法と同じである。長嶋氏は立教大学時代に砂押監督の猛練習で育て上げられたので、後進にも自分が体で覚えて訓練を課したのだった。

次なる問題点は「基礎を教えようとしていない」点である。私はこれまでに何度も採り上げたことで「故野村克也氏は南海の監督だったドン・ブラッシングゲーム氏に『ノックをしてゴロに飛び付かせる練習よりも、真正面に来たゴロを腰を落として捕球することがキチンと出来るようになることが先決』と教えられた。さらに、真正面でないときには早くゴロの線に入って、体の正面に来るように足を動かすことを練習させよ」と仕込まれたと語っていた。

野村克也氏がブラッシングゲーム氏は「球に飛び付いて捕るのは野球の技術ではない。身体能力の問題」と喝破されたとも補足していた。このように基本技を繰り返して練習させるのが上達への道なのだ。身体能力は現代においては、ウエイトトレーニング等々の科学的な訓練法が幾らでもあるではないか。練習時間が長いことが上達への王道ではないことは、詳細は省くが日大フェニックスを短期間で建て直して甲子園ボウルにまで持っていった橋詰功氏の手法があったではないか。

立浪和義監督の手法からは、確かに岡林勇希のようなベストナインに選んでも良いような者が育った。だが、結果的に最下位転落では時代感覚と価値観の違いが際立ってしまうことになってしまった。これと同じ軌道を歩みそうなのがジャイアンツの阿部慎之助ではないのか。私は何もアメリカに行って見て来い(学習してこい)とまでは言わないが、野球界の時代感覚には疑問を感じてしまうのだ。