気ままに

大船での気ままな生活日誌

葉山のつつじ

2012-05-01 18:21:00 | Weblog
ダルビッシュが7回まで、9奪三振で失点1に抑え、マウンドを降りたところで、外に出た。4対1だったし、もう4勝目は間違いないと思ったからだ。これでハーラーダービートップタイ。防御率も2点台前半とよくなったので、月間MVPの可能性も出てきたようだ。ルンルン気分で出かけた先は、葉山。ここ数日、西に東に遠出をしているので、今日は近場にした。花の木公園の躑躅を観に行った。盛りを少しだけ過ぎたといったところだが、まだまだ、アラフォーの遠目美人だ(爆)。


バスをまつ


何をみてる?


葉山めだかです。 池の縁にいっぱい


何を撮ってる? お人形さんです。 今、こういうのが流行っているらしい


上からみると


そこから1・5キロほど歩くと、葉山一色海岸に。葉山しおざい公園の躑躅




エロい木に魅かれるつつじ (爆)


赤紫色の花の名、知ってる? シラン。


公園の隣りは美術館。これを観てきました。感想文はのちほど・・・こう言って、つんどくチラシがもう7枚。巴里のも、あと7つ分、残っているし、とほほ。


郵便ポストが赤いのも、ブログ記事が遅れるのも、みんな憲法9条のせいでなくて、私のせいです。



おわびのしるしに、一昨日の東博の花々を。

ユリの木の花が咲き始めました


つつじも


法隆寺館前のやなぎ おゆるしくだされ (お辞儀のつもり)

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原節子16歳 ”新しき土”

2012-05-01 10:27:06 | Weblog
恵比寿の東京都写真美術館ホールで、原節子が16歳で初主演した映画が上映されている。アーノルド・ファンク&伊丹万作(十三の父)監督の”新しき土”だ。もうそろそろ終わってしまうところで、ようやく”大願”を果たすことができた。何せ、75年振りの公開というのだから、原節子フアンとしては見逃すわけにはいかないノダ。

映画がどうのこうのというより、とにかく、16歳の原節子をみさせてもらえば、それだけで十分(汗)。そんな気持ちでホールに入った。いきなり火山の爆発かなんかで始まり、原節子はなかなか出てこない。そしてようやく、旧家の令嬢として登場。おおっ、原節子16歳 ! うつくしい。とても16歳にはみえない、大人びている。わが世代、小百合さんに比べてみても、”キューポラのある街”を主演したときの17歳より、16歳の原節子の方が大人びているし、上品でうつくしい。ぼくは、このブログで以前、歴代女優ベストテンを発表し、1位が原節子で、2位を吉永小百合とした。やはり、その通りだ(笑)。

ドイツの女性と共に帰国した小杉勇が、許嫁であった原節子との結婚をしぶる。悲観した原節子は火山に登り、自死しようとするが、追ってきた小杉に助けられ、結局、ハッピーエンドになるという比較的単純な筋立てであるが、映画史上いろいろな見どころがある。その見所がちらしの裏面に要約されている。

1)撮影当時16歳。伝説はここから始まった。息をのむ美しさに時間が止まる。
冒頭に述べたように、ぼくも一番の関心事だった(汗)。若き日の原節子の、洋装、和装、セーラー服、剣士姿、さらに水着姿、野良着姿までみることができる。小津作品では絶対、みられないですよ。プログラムを買ったので、あとで、その写真を載せます。

2)日本初の国際合作映画。世界中で封切られた超大作!
日本だけではなく、ドイツなど世界各国でヒットしたとのこと。仕掛け人は、鎌倉の川喜多夫妻らしい。輸入映画だけではなく、輸出映画もと、ドイツの山岳映画監督の第一人者、アーノルド・ファンク監督にお願いした。伊丹万作も共同監督となったが、名ばかりで助監督みたいな役割だったらしい。日独版の他、日英版もあり、伊丹は後者の編集をした。

3)日本全国での長期ロケーション撮影。美しく、厳しい自然を背景が描かれる人間の絆。
たしかに、日本の名所総ざらいといったところ。富士山、阿蘇山、浅間山、上高地、焼岳などの監督好みの山岳地帯がよく出てくる。鎌倉の大仏さんや安芸の宮島、松島、京都も。監督がこの際と、観光見物をしたのだろう(笑)。当時のうつくしい日本の風景や風物がみられるのもうれしい。

4)円谷監督による日本初の本格的特撮。
のちに特撮の名人となる、円谷監督のデビュー作でもあるのだ。地震とか、火山噴火などの場面が出てくるが、このときに特撮されたのではないかと思った。

5)音楽は山田耕作、挿入歌の作詞は北原白秋、西条八十。
これら大物に加えて、N響と東京フィルの前身のオーケストラが演奏するという、豪華版だ。ただ、監督が、火山の噴火などの効果音を重視するため、映画音楽の影がうすくなり、音楽関係者は不満を感じていたようだ。

”新しき土”とは、どうも満州のことらしい。この地で開墾をはじめた野良着姿の原節子と小杉勇と赤ちゃんの姿が、ラストシーンになっている。1937年の作だ。

ホールロビーに、”最後の看板絵師”、久保板観さんの描いた、”新しき土”の映画看板が飾ってある。青梅シネマチックロードの映画看板をすべて描いている方だそうだ。。

では、最後に、16歳、原節子のファッションショーをごらんください。







父親役の早川雪舟と




久保板観の描いた、”新しき土”の映画看板



”ふたつの写真展も観てきた。”生誕100年記念写真展/ロベール・ドアノー”と写真家堀野正雄の世界/幻のモダニスト”だ。どちらも面白かった。とくに前者はパリの街角の写真が多く、楽しめた。そのうち、紹介したいと思う。

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