まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

おばあちゃんの「前向き」

2008年10月14日 | にこにこ
 横浜のデパ地下でのこと。
時間的に余裕がなく、それでもお腹がすいた私は、ささっと食事の済ませられるイートインで食事をすることにしました
 私は、久しぶりに天丼を食べるべく、カウンターに座ると、2つ向こうの席に、小綺麗にしたおばあさんが天丼を食べていらっしゃいました。

 話しはちょっと横道に逸れますが。
お昼、一人で外食をする機会が増えて気づいたことなのですが・・・
中華料理や、天ぷら、トンカツ屋さんのような「こってり系」のお店で食事をしている年配の方は、どうも、見た目から、かなり精力的?行動派?に見えます
 注文する時の様子ひとつとっても、「Aの、このランチね」とか「天丼の松」とか、声も大きく、お店の方に対して、まさに注文してますー!という感じ  
 一方、おそば屋さん、おうどん屋さんという「あっさり系」にいらっしゃる年配の方は、いかにも、絵に描いたような華奢なイメージの、楚々とした感じ・・・が多い
 とにかく、食べっぷりも、何もかも、明らかに雰囲気が違ってみえます
 もちろん、先週のお買い物の帰りに八宝菜を食べたから、今日はざるそばにしましょ!という方もおいでになるとは思いますが・・・

 さて。
その天丼屋さんのおばあさん。食べながら、ずっとお隣の方に話しかけています。私が、ついつい気になり耳をそばだててしまったのは、その方が関西弁で話していらしたから、かもしれません

 「私ね、今日、初めて「そごうさん」に、こさしてもろたんですのん!」
(まいりましたのよ、という意味。ただ、~~してもろた、は、~~してもらった、ということですから、may come,とか、can come のように、直訳すればなってしまいます。結構、関西弁では、よくこういう表現をつかいます。この表現の中には「おかげさまで、~~させていただけます」というような、そういうニュアンスが入っているのですね。「そごうに来たんです!」より、かなり柔らかく、この方の優しい雰囲気、品格あるお人柄が出る表現です
 「えろー、ひろーてびっくりしましたわ。(とても広くてびっくりしました)、あんたさんも、今日はお一人でお買い物ですか?」
 「私ね、京福電鉄の沿線に住んでましてんけど、主人がのーなりましてね。(亡くなりましてね)3ヶ月だけわずろーて(患って)、ぽっくり。まあ、お互い、それでよろしかってんけど。」
 「私んとこは(私のところは)、一人息子でして、大学からこっちに来てますねん。それでね、なあお母ちゃん、お父ちゃんもいてへんなってんさかいに(いなくなったのだから)、こっちに来たらどうやって言うてくれましてな。まあ、それもよかろうおもて(良いだろうと思って)、決心して横浜に来ましたん。まだまだ、住めば都、いうところまでは来てませんけど、一人でこなして(このようにして)、あっちこっち行かしてもろて、はよ(早く)、こっちに慣れよう思ってますねん。」
 「天丼ひとつとっても、味も違いますやろ。まあ、おもしろいですわ。この年になって、初めてのこともたーくさんあって、楽しめますわ。こっちに暮らせへんかったら、そんなことも、知らんままに、毎日、平々凡々と暮らしてたんやさかい・・・そうおもたら、おもしろいですわ

 もちろん、ずっとお一人でお話しをされているのではなく、途中で、お隣の方も、そのお話しの内容に、少々驚かれたらしく、すっかりおばあさんのペースにはまり、お相手になって相づちを打たれていたのです

 おばあさんのお年は80歳だそうで・・・決して、そのお年には見えませんでした。ご子息のご家族の近所に、一人でマンション暮まいを始められた、ということで、毎日のように、横浜のあちこちに出歩き、探訪、探検をされているらしいのです
 日頃はお一人だからでしょうね。すっかり良い調子でお話しになり、ぺろりと天丼を平らげ・・・
 「ああ、ごちそうさんでした。」と手を合わせ、お店の方に「おいしかったですわ。おおきに、ありがと!ごちそうさま」とお声をかけて、愛嬌を振りまいて出ていかれました。

 いやー、私は正直、驚きました
80歳で新天地。そして、自発的にあっちこっちと見て歩き、ちゃんとお昼になったら一人で天丼を食べ(ここのお店は、関西にもありますねん、有名な東京のお店ですわなあ、と途中で言ってらっしゃいました)、ニコニコと去っていかれる・・・
 午後は、どちらにいらしたのでしょうね。あの調子だと、きっとどこかで休憩をなさり、コーヒーやお茶を楽しまれたかもしれません
 注文が難しそうだから・・・とSBコーヒーを躊躇せず、「カフェラテ、ていうの、いただきましょか。何?サイズ?・・・ほな、小さいのんでお願いします」と注文をなさりそうです。

 私の両親は、2年前の春、74歳の時に、大阪の郊外の家から、梅田というところ(大阪駅とほぼ同じ場所)のマンションの34階に引っ越しました
 その時まで、全く縁のなかった大阪の北側の土地柄。私は、自分で勧めておきながら、実際には、かなりの冒険、かなりの精神的、物理的な負担を母に負わせることになる、と少し心が痛みました
 しかし、私の母も、やっぱり新しい土壌に馴染もうと、せっせとお買い物に行き、今では最寄りのデパ地下では、「○○さんの奥さん」と名前まで呼んでもらうまでに成長しました。
 そして、完全オートロックで、セキュリティー万全なものの、カードキー一つですべてを行う「かなり高度で難しい」生活にも慣れ、34階からの見晴らしを自慢にしています

 とは言え、やはり、私の両親は同じ大阪の中での移動でした。大阪の北と南とでは文化が違う、と言っても、それでも同じ大阪で、言葉も、文化も一緒。
 関東と関西ほどの違いがあるわけではありません それに、母の場合は、「父の介護のためには必要なこと」という、強い意志もあり、父の世話をするためには、自分が新しい生活に慣れないといけない、という使命感が背中を常に押していましたからね。
 それを思うと、私は、この天丼のおばあさんの「前向き」は、本当にすごい!と思いました

 前向き、顔を上げて前進すること・・・
言うのは簡単です。けれど、なかなか、人はすんなりと実行できないものですよね
 何かおおごとが起きると、いつまでも、悲劇のヒロインでいることを無意識の中で望み、反省することや、人から哀れんでもらうことに、知らず知らずのうちに、少しだけ快感を感じていたり・・・
 前を向くなんてできないと最初から決めつけてしまったり・・・ どうせ私の気持ちなどは、私の境遇にならないとわからないわ!などと、当たり前のこと、言っても仕方のないことを口に出し、人を呆れさせていたり・・・
 
 このおばあさん ものすごく、魅力的でした
 そして、お年寄りにありがちな「おしゃべり」ではありましたが、内容が暗くてジメジメした「愚痴」ではなく、とっても愉快で、カラリとした、聞いていて、こちらまでもが一緒に笑ってしまう、ハッピーになってしまうようなものでした
 
 後ろを向く人、いつまでも立ち止まり、停滞する人は、まわりに「どんよりとした空気」しか与えず、自分自身も、決してハッピーにはなれず、ジメジメか、カサカサとした印象しか与えない、嫌われる人になってしまうでしょう

 おばあさん、今日もどこかに行っているのでしょうか?
 80歳のおばあさんに、あらためて「前を向いて進むこと」のすばらしさ、重要性を、教えてもらった時間でした


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