まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

中秋の名月

2007年09月26日 | にこにこ
 昨日は中秋の名月。
澄んだ秋の空に、まあるい美しいお月様が出ていました 科学的に言えば、本当の満月は明日なのだそうですが、まあ、そんなかたいことは言わず・・・昨夜は素敵な満月でした
 昔、学生の頃、何気ない雑談で、「太陽と月、あなたはどっちが好き?」みたいなことがあって、私はひたすら「私は、断然、太陽やね 何が何でも好きなのは太陽」と答えたことを妙に覚えています
 似たような記憶ですが、やはり大学時代、イギリスの作家の作品を使い、英国の植物についての授業でを受けた後、感想のレポートを提出しなければならないことがありました
 この時も私は、「もし私が花ならば、楚々と咲く野の花ではなく、手をかけて育てられる、美しい庭園に咲く立派なバラでありたい」と書きましたねえ・・・
 いやいや、若かったのでしょう 苦労知らず、若気の至り、でしょうか

 昨夜のあの静かに光るお月様を見て、「ああ・・・凛とした、この美しいお月様・・・豊かな月明かりとなって照らす・・・私は、あんなお月様のような人になりたい、かな・・・」と、心の底から思ったものでした。私も、成長したのでしょうか

 さて、その中秋の名月。
生徒の一人のお母様から、こんなメールをいただきました。
  「本当にきれいなお月様でしたね。帰り道、あのうっとりするほどきれいなお月様を見て、なぜだかうちの子は、手を合わせていました。」
 私はね、とても感動しました 確かに、あの昨夜のお月様には、思わず「手を合わせたくなる」ような崇高さ、がありましたね

 人は太古の昔から、太陽や月、星、そして雨、風、雪などの自然の現象に、人智の及ばぬ力、決してあらがうことのできない絶対的な力を感じ、畏敬の念を持って相対してきたのでしょう

 すすきとお団子でお月見を楽しみました というご家庭もたくさんありました。
 特にここ数年、首都圏ではなかなか明けない梅雨のため、七夕の星空を眺めることができなかったことを思えば、昨日の「中秋の名月」は、本当に久しぶりに暦の行事を堪能できる素敵な夜だったかもしれません

 そんな思いの中、とても興味深いお知らせもありました
きれいなお月様を見て、思わず天体望遠鏡をセットし、親子でお月様を見ました、というメール。
 思わず「おー」そうですねえ、そうそう、そういう見方、感じ方もあったのだな、と、あらためて唸りました

 じつは、私は天体好きで、大人になってからも、何度も一人でプラネタリウムを見に行ったものです
 子どもの頃、両親と一緒にテントの前で見た涸沢や剣沢の満点の星空
 大学時代、テキサスの大平原やロッキーの山中から見上げ、たーくさんの人工衛星を見つけた星空
 主人の駐在時、何度も家族で訪れたインドネシアの孤島で水平線まで広がる降るような星空
 みんなみんな、本当にすばらしい星空でした・・・
 いつか、ハワイ島マウナケア山頂にある、すばる天文台に行ってみたいなあ・・・そんな夢を持っています。

 そう言えば・・・無知な私は、高3の選択授業で「天文学入門」という授業をとり、たった1回で止めた苦い思い出があります
 「天文学・・・」見たとたんに私はときめき、説明も読まずにすぐに飛びつき、受講を申し込みをしました そして、勇んで1回目の授業に出席。それが「地学」という超理系の学問であることも知らず
 そこにいた医学部や数学科志望の優秀な生徒達の白い目にさらされ・・・ もちろん、1時間目からついていけずに断念。
 お星様好きの、夢見る夢子ちゃんでは、とうてい、ついていける代物ではなかったのですねえ

 もう10年以上前のことですが。
小学校2年生?3年生?になった卒業生が、教室にフラリと立ち寄ってくれたことがありました その子は、カトリックの女子校に進学し、とても楽しく学校生活を送り、有意義な毎日を過ごしているようでした。
 ところが・・・その日、その子は私に「1枚のテスト」を机の上に出して、訴えました。
 「先生、私ね、この答え、間違ってないと思うの・・・でも、×もらっちゃった 先生になんで×なんですか?って聞いたら、ちょっと笑って、もう一度教科書を見てみなさいって言われたの。でも・・・私、やっぱり間違ってないと思う・・・

 当時は、まだ1年生も2年生も「生活科」という授業ではなく、「理科」「社会」と2教科に分かれていた時代ですが、それは明らかに「理科」のテストでした。
 彼女が指さした問題はこんな問題でした
 「蒔いた種が芽を出し、大きく育っていくために必要なものは何ですか?あなたの思いつくものを3つ答えなさい。」
 その子が書いた答えは、「太陽」「水」「神様の恵み」・・・

 私は、その子がとてもかわいそうになりました。そして何となく、私のところに、そのことを訴えにやってきたことを、とてもうれしく思いました

 その日、私は、こんなふうに話したのでした。
 「まどか先生はね、あなたの答えは間違ってはいないと思うわよ でも、きっとあなたの先生は、もっと違う答えも、あなたに思い出して欲しいな、と思われたのだと思うな!
 もしね、このテストの問題が、「種」の問題じゃなくて、こんな問題だったら、あなたはどんなふうに答えるのかしら?
  『あなたが、毎日、おいしいご飯を食べるためには、何が必要ですか?』という問題だったとしたら・・・
  『病気になった時、怪我をした時、あなたに必要なものは何ですか?』という問題だったとしたら・・・」

 その子は、ちょっと考えてから、「お野菜とかお肉・・・おなべ、フライパン・・・それから、ママ」と答えてくれました
 そして、次の質問には「お医者さん、病院、看護婦さん・・・お薬・・・かな」と答えてくれました。
 私は、「その通りね」と答えた上で、こう付け足しました。

  「でも、「神様の恵み」も必要じゃないかしら?」
 すると、ちょっと考えてから、笑顔で「うん、そうだね」と答えてくれたのでした。

  「まどか先生が思うのは・・・神様のお恵み、というものはね、「何がいりますか?何が必要でしょう?」とたずねられた時、必ずいる、大事なものだと思うのよ。でも、きっと、いつも「一番最後の一つ」の答え、なんだと思うんだなあ だから、これからは、「一番最後の一つ」よりも、違うことを先に考えて、思い出せばいいと思うわよ 学校の先生が、教科書を見てごらん、とおっしゃったのも、「一番最後の一つ」ではない、別の大事な答えが、きちんと教科書には書かれてあるから、それを思い出して欲しんですよ、とあなたに言いたかったんだと思うのよ。どうかしら?」と話しました。
 そこ子は、にこにこと何度も振り返り、手を振って、帰っていきました。まさに、この子がこんなふうに素敵なお嬢さんとして育っているのは、お父様やお母様の愛情と、「神様や仏様?人智の及ばない大きな力?」そういうものがプラスされて今日があるに違いない、私はそう思いました

 私は、昨夜、「お月様に思わず手を合わせた子ども」と「天体望遠鏡で満月を見た子ども」と、どちらの子どもの姿をも思い浮かべ、とても豊かな気持ちになりました。
 そして、思わず、昔々の、この女の子との大切な時間を思い出したのでした

 私が、21世紀を生きる子ども達に願うこと。
  科学を探究し、より多くの「新しいこと、正確なこと、正しいこと」を知ろうとする意欲ある目を持つこと。
  大自然や、長い長い年月をかけて人が作ってきたさまざまな伝統に向かうとき、頭(こうべ)を垂れ、畏敬の念を持って相対する心を持つこと。
です。
 そのどちらも持って欲しい、と心から願っています
なぜなら、そのどちらかが足りないと、きっとアンバランスな精神、豊かさや潤いに欠ける殺伐とした精神しか育っていかない、と思うのです。

 お月様には、うさぎもいて、かぐや姫もいて、そして1969年以降は、アームストロング船長と、オルドリン飛行士の足跡もあるのですね 私が好きで眺めるお月様は、そんなところ、です
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする