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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

新しい時代!子どもを変身させましょう!

2019年05月01日 | にこにこ
 令和の時代を生きる、子ども達へのメッセージ 

 平成の時代が終わり、令和の時代が始まりました
4歳、5歳、6歳というあなた達は、まだちょっと小さいので、あまりこの意味はわからないかもしれませんね。
 ただ、今年お正月を迎えた時に、パパやママに教えてもらった言葉「明けましておめでとうございます!」と言って、新しい一年が始まった…という時よりも、ずっとずっともっともっと新しいことが始まったのですよ。こう言えば、少しだけはわかってくれるかな

 今日は、新しい「令和(れいわ)」の一日目。せっかく、新しい時代が始まったのだから、あなた達も令和の時代に生きる「新しいあなた」に変身しましょうよ
 平成の間、ちょっと「困ったちゃん」だったところは、新しい令和にかわるこの時にポイっと捨てて、変身した「本当のおりこうちゃん」「本当の良い子」に変身してください!

 もし、あなたが…
 いつもぐずぐずお支度をしたり、ぐずぐずご飯を食べたりする、時間を大事にしない子だったら、明日からは気持ちよくさっさとお支度をし、食べ物に感謝しながら美味しくご飯を食べる良い子になって下さい
 一日は24時間、です。これは、地球の上のすべての国の人達、みんなに与えられた同じ長さの時間です。ぐずぐずする…ということは、その大切な時間を大切にしていない、ということ、なんですよ。
 だから、どうぞこれからは「時間を大切にする賢い人」になって下さい。

 もし、あなたが…
 自分の気に入ったこと、好きなことは喜んでするけれど、自分の気に入らないこと、好きじゃないこと、苦手なことは「したくない!」「しない!」という子だったら、明日からは、どんなことにも一生懸命にがんばる良い子になって下さい
 大きくなる、ということは、あなたの「好き、嫌い」「出来る、出来ない」「得意、得意じゃない」ということで「すること」を決められなくなる、ということなのです。あなたのお父さんやお母さんは、「今日はお仕事をしたくないから、休むよ!」と言ったり、「これは苦手なことだから、こういうことはしたくない!」などと言っているのを聞いたことがありますか?本当は、お父さん、お母さんだって、したくないこと、得意じゃないこともあるはずです。でも、そういう理由で、「する、しない」を決めてはいません。
 だから、どうぞこれからは「どんなことにも一生懸命に取り組む真面目な人」になって下さい。
 一生懸命にがんばることは、本当に素晴らしいことです。もし、がんばったけれど上手くいかなかったとしても、それは悪いことではありません。また、次にがんばるチャンスができたのだから。

 もし、あなたが…
 すぐに腹を立てたり、癇癪をおこしたり、泣いたり、自分にとって不都合なことがあったらプッとふくれっ面になる我儘な子だったら、明日からは、どんなことも「これは、私が素敵になるためのお勉強」と思う良い子になって下さい
 我儘な子は、我儘な大人になります。我儘な子も、我儘な大人も、まわりの人に嫌われて、悲しい思いをすることになります。人から好かれないということは、そこに「あなたがいても、いなくても誰も気にしない、あなたはいてもいなくてもどうでもよい人」ということです。そんなに悲しいことはありません。
 だから、どうぞこれからは、「誰からも愛される、穏やかな人」になって下さい。

 もし、あなたが…
 お父さんやお母さんにえらそうな口をきいたり、叩いたりするようないけない子だったら、明日からは、お父さんお母さんを大切にする良い子になって下さい
 あなたは、まだ小さな子どもです。知らないこと、出来ないこと、わからないこともたくさんあるのではありませんか?お父さんやお母さん、まわりの大人の人達は、本当にたくさんのことをあなたのために、子ども達のためにしてくださっています。そういうことを、あなたは知らないのです。
 いつか、あなたも大人になります。そして、お父さん、お母さんにもなるでしょう。今、あなたがお父さんやお母さんを大切にしないダメな子どもだとしたら、間違いなく、あなたが大人になった時、あなたも自分の子どもに愛してもらえない寂しい親になりますよ
 お父さんやお母さんほど大切な人はいません。どうぞこれからはお父さん、お母さんを大事にする、「優しい人」になって下さい。

 もし、あなたが…
 お行儀が悪かったり、汚い言葉を使う困った子だったら、明日から正しく美しい日本語を話す、お行儀の良い子になってください
 お家から一歩外に出たら、たくさんの人があなたを見ています。あなたは、いつも「この子はどんな子なのかな?」と見られているのです。お行儀の良いあなたは、とても素敵です。
 そして、あなたの話す言葉は、あなたの心、なのですよ。日本人として、正しく美しい日本語を話す人になれるように、毎日、言葉を大切にしましょう。言葉を大切にすることは、あなたの心を磨くことです。ピカピカに磨かれた心は、あなたをもっともっと素敵に、格好よくしてくれます

 もっともっと、賢い子になりたいあなた達にお話をしたいことがありますが、それはまた別の機会にしましょう。
 もう60歳を過ぎた私でも、毎日、毎日、もっともっと良い人、もっともっと賢い人、もっともっと素敵な人になろうと思い、がんばっています
 あなた達のお父さんもお母さんも、きっと同じです。
 決して疲れることのない子どものあなた達は、私よりもずっとずっとたくさんがんばれます ダメダメな大人の真似をして、「疲れた~」なんて言ってはいけません。

 今は幼いあなた達も、毎日毎日、どんどんいろいろなことを感じ、考え、学び、大きくなっていきます。なんて素敵なことでしょう。この新しい令和の時代は、大きく成長していく「あなた達が担う時代」なのですもの

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人と人とがふれあうこと

2017年01月22日 | にこにこ
 「知らない人に話しかけられたら、お返事をするのはダメよ
 「ニコニコ話しかけてくる人は、コワイ人かもしれないから、気を付けてね
 これが、現代、世間一般の「都会の子育」ての定番なのだと聞きました。何とも悲しいではありませんか・・・
 飛躍した論理かもしれませんが、要するに、知らない人は悪い人なのかもしれないから、関わってはいけません、ということですね 

 私は仕事がら、町中でも子どもの様子がすぐに目に入り、そして、大阪生まれの血でしょうか、すぐに誰にでも気軽に声をかけます 
 たとえば、妹の手を引き、一生懸命にママが押すベビーカーの後ろを必死に早足で歩いていく4,5歳児を見ると、その親子を追い抜く時に「あなた、おりこうちゃんねえ 立派なお兄ちゃまだわ。ほめてもらってね」とか・・・
 ランドセルを背負った小学校低学年の子どもが、道端で一生懸命に何かを見ている様子に出くわすと、「ねえねえ、何を見てるの?何か面白いもの、見つけたの?」とか。
 一つ目の例の場合は、そこにママがいらっしゃるわけですから、さすがに大人であるママは私の言葉を聞いて警戒心を見せることはなく、むしろ、ハッと後ろを振り向き、我が子二人の様子をあらためて見て、私に会釈をしてくれたりします
 でも、ここ数年、あきらかに後者のような例の場合、子ども達の対応は違ってきたと思います

 以前は、同様のシチュエーションで声をかけると、大抵の子どもは「〇〇を見てるの」と返事をしてくれました。ある子は恥ずかしそうに。ある子は嬉しそうに。
 中には、おーよくぞたずねてくれましたとばかりに、堰を切ったように説明をしてくれるちょっぴりオタク的な子どももいたりして・・・本当に子どもっていいなあ、と思う時間でした
 ところが、今は多くの場合、固い笑顔を残し、さっとその場を立ち去ります。もちろん、こんな時には、いろんな意味があってそうすることと思います。思わず時間を忘れて没頭してしまったことに気づき、我に返って慌てて家路につく、という場合もあるでしょうし、没頭していた自分をちょっと恥ずかしく思い、羞恥の心理で早々に立ち去りたいと思った場合・・・ でも、明らかに「知らない人に、親しげに声をかけられてしまった。おお大変」という様子の子も少なくありません。

 確かにこんな時代です。子どもの「警戒心」を育てることは、本当に大事なことなのだとも思います。
でもその一方で、多くの親達は「子どもの優しさ」「優しい心」をも育みたいと思っているわけでね・・・ そうであれば、人を見て「警戒心」が前面に出るようなリードでは、人に対して優しい言葉かけをする、とか、優しい心からの思いやり、というものは育ってはいかないでしょう

 人と人とがたとえ一瞬でも触れ合うこと。
ふっと和む言葉をかけたり、かけられたりすること。
 それは、本当に素敵なことですね。そう思いませんか?

 悲しいこと、辛いことがあって、長い時間をかけてお友達に話し、そして、長い時間をかけて慰めてもらったり、チアアップしてもらったり これも素晴らしいことです。
 でも、それほど親しくない人の、ほんの短いひと言に心和んだり、救われたりすることもあります それは、その相手とたとえ短い時間でも、人と人として向き合ったから、でしょう。

 土曜日の早朝。その日は、いつもの土曜日よりもずっと早い時間に私は家を出ました。歩いている人もまばら。
いつもの大きな交差点、信号を渡り始めると、歩行者用信号の青信号が点滅を始めました。私はびっくりして、走り出しました
 すると、反対側から走りながら渡ってきた人とすれ違う時、「走ろう」と声をかけられたのです。すれ違う瞬間、その人の笑顔が見えたように思いました。「走ろう」の声は、すれ違ったあとで遅れて聞こえてきました。
 「走ろう
「走れ!」ではないのです。私に「走れ!」と言ったのではないのです。
 走ってきたその人は、走っている自分に対しても、走りだした私に対しても「さあ、走ろう もうすぐ信号が変わる。渡りきらなきゃね」私にはそのように聞こえました。
 私は、何という気持ちの良い朝一番の出来事だったことか・・・と、本当にほのぼのとしました

 世知辛い現代社会では、子どもの人懐っこさは表裏一体であることよくわかります。
でもね、人と人とが触れ合って、相手を警戒するのではなく、相手を思い気持ちを持てば、そこに尊い空気が生まれ、そこから「優しさ」が育まれるということを、やっぱり、子育てをしている親だからこそ、知っていてもらいたいな・・・と心底思っています・・・
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言葉足らずは、心足らず

2016年11月14日 | う゛う゛ー
 言葉足らずは、心足らず・・・
この言葉は、娘が幼い頃に私が言い続けたフレーズです。今思い返せば、私の「躾(しつけ)」の中でも、かなり上位に来る、人として覚えていて欲しい事、わかっていて欲しい事、だったと思います

 しかし、ティーンエイジャーという多感な時期にあって、学校では友人関係で揺れ、近づいてくる大学受験を不安に思う娘にとっては、頻繁に言われる私のこの言葉は時には残酷な忠告であったかもしれません
 とは言え、まさに「人としての成長期」にある娘を前にした時、私はいつも娘の気持ちを最優先にするよりも、今だからこそ言わなければという気分でした。

 昨日、買い物に立ち寄った先で、ベビーカーを押しているご夫婦と一緒になりました
あまり混んだお店ではありませんでしたが、通路ですれ違う時には毎回、ベビーカーと接触しそうになります。ベビーカーの中でスヤスヤと眠る赤ちゃんのことを思うと、決してぶつかることなく、スムーズにすれ違わなくてはな・・・と思いました。
 ただ、ベビーカーを押すパパも、ママも、私や夫のみならず、他の客とぶつかることにはあまり頓着がなかったのか、あまりそのことを気にされてはいないようでした。

 さすがに私も年を取りましたからね 若い頃のように、何でもかんでも「ムカッイラッ」とはしなくなっています、はっはっは
 でも、もしこの方達とすれ違う時、「すみません」「失礼します」というお声がけがあれば、少なくとも、その場の空気は柔らかくなったのではないかな・・・とも感じました。

 ベビーカー云々という話ではなく、私達は暮らしの中で、否が応にも「狭い所で人とすれ違う」「故意ではないけれど、少しぶつかりそうになる」ということがあります。そんな時、ひと声「すみません」「失礼します」と表情を崩して言葉にして発するだけで、その場の空気は和んだものになります

 同じような言葉はいろいろありますね
「お先に(失礼します)」「(どうぞ)お先に」「前を失礼します」などなど。
 エレベーターから降りる時にも、こういうふうな「言葉があれば空気が和む」というシチュエーションでしょう

 言葉足らずは、心足らず・・・
言葉というものは、なかなか一人歩きはしないものです。「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」というような挨拶でさえ、その言葉の中に「心、気持ち」が伴わなくては、なかなかスムーズに発することができないこともあるでしょう
 もう二度と会わないであろう人達と空間を共にする買い物先、電車、バス、さまざまな場所・・・そんな自分の人生と深く関わることがない人が相手であっても、偶然にも同じ空間に居合わせることになったのです その場では、同じ舞台に立った共演者
 ほんの少しでも、相手を思う気持ちを持てば、自然と言葉も出ているのではないでしょうか?

 特に、子育てをしている最中は、子ども達は親の行動、親の言動を見ています。そして、その姿を見て感じ、学び、そして真似をしながら成長していきます
 本当ですよ・・・
 
 
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母の「置き換えられた記憶」に思うこと

2016年04月15日 | にこにこ
 ここ10年、私は毎月、必ず二泊三日の帰省をします それは、両親との間で決めた約束だから、でもあります。
 大阪の郊外で暮らしていた両親。私も結婚するまでの13年間をその家で暮らしました
 アメリカへの短期留学ですっかり有頂天になり、「アメリカかぶれ」になっていた頃には、庭にデッキチェアを出して読書をしたりていましたし・・・両親もお客様を招いて庭でバーベキューをしたりしましたし・・・私の子ども達が幼い頃は、父が用意をしてくれた小さなお砂場やビニールプールで遊ばせたり・・・もしました。
 私が中学生の頃に植えられた庭の木々も、いつしか立派な木に育ち、四季折々の美しい姿を見せてくれる広いお庭でした
 けれど、若年性のパーキンソン病を患う父の症状が進行するにつれ、庭の世話も難しくなり、バリアフリーとは無縁のその家そのものが、両親の暮らしを脅かすようになっていきました。玄関から家までの階段で父が転んだり、飛び石に蹴躓いたり・・・父の自慢だった家も庭も、すべてが住み難さのかたまりのようになっていきました
 そして10年前、両親、特に父は断腸の思いで大阪のど真ん中の高層マンションに移ったのでした。その時の条件、約束が、「伊丹や新大阪から近い町の真ん中であれば、私は楽に帰省できるでしょ 飛行機や新幹線で大阪に着いても、その後、電車を乗り換えて1時間以上もかかるようでは、すごく効率わるいもん。中心に引越せば、私は毎月、帰ってくるよ」でした。

 さてさて。
その毎月の帰省によって、私と母の距離は一気に縮まりました。ってことは、以前は母子に距離があったの?ということですが、いやー、そうだったんです。
 昭和の好景気の中、父と共に小さな企業を創業した母にとって、「一番大事なこと」は、長年ずっと「会社を守ること」でした
 母は、決して口に出して「一番大事なのは仕事」とは言いませんが、一人っ子でもあり、常に両親を客観的、そして冷静に見ていた私には「自然と見えること」がたくさんありました。
 私にとっては不都合なことであり、あまり幸せとは言えないことであっても、それが事実、現実であれば甘受するしかなく、そしてその状況の中で上手く生きていくこと・・・それが私に課せられた「私の暮らし、私の環境」です それを嘆くことは、自分の暮らしを自分でつぶすことだと思っていた私は、文句はありませんでした。
 両親が私が小学校2年生の時に起業して以降、結婚して家を離れるまでの18年間、仕事中心の暮らしをしていた母との間では、あまり「母と過ごした、話した」という記憶がありません
 でも、そんな母の心の中には自分の描く「理想の母像」があったのです。母とはこうあるべき、とか、こんな母が素敵な母だ、という・・・
 そういう母のイメージする理想の母像は、母の実生活とは大きくかけ離れた「24時間体制で、子どもに目をかけ、手をかけて育てる母」でした。
 「おかえりなさ-い」と我が子を迎え、手作りのお菓子をおやつに出してあげる・・・一緒におやつを食べながら、我が子のその日の学校の様子を聞き、談笑する・・・
 そんなことは絵に描いた餅であり、実際には専業ママの家庭でも、こんなドラマのような暮らしなんてあり得ない でも、状況的にそんな暮らしが出来ない母からすると、もし自分が仕事をしていなかったら、私は間違いなくそういう母親の理想像通りの暮らしをしていたに違いない、という思いが強かったのでしょう。

 母が一度も口に出して「仕事が大事」と言ったことがないのは、そういう「仕事を大事にする母親」は、自分の思い描く理想の母親ではなかったから、なのです。私は幼い頃から、そのことに気づいていました。
 そして、「私は仕事を一番大事にしているのよ」と母が自信を持ってそう言ってしまえば、ずっと母自身も私も楽になるのになあ・・・と、ずっとずっと思っていたのです・・・
 なぜなら、私は「社会人としての母」を尊敬していましたし、自慢でもありましたし、そんな母の背中から、とてもとても多くのことを学び、真似て、今があります。それに、母の愛情はきちんと感じられていたのですから。
 これは余談ですが、私は子育てをしている間、自分の子ども達には社会人としての自分の顔をしっかりと見せてきましたし、そういう顔に誇りを持っていることも伝えてきました。これは、母と私の関係からの「反面教師」だったわけです。

 話を元に戻しましょう
そうです、私と母の距離が近づいたのは、母と二人の時間が長くなり、いろいろなことを話すようになったから、なのですが、そんな中でとってもおもしろいことに気づきました
 それは、ことごとく「母の記憶が改ざんされている」ということ、なのです。
 つまり「仕事が一番大事だった母」が長年してきたことや、言ってきたこと、何らかの出来事での記憶の中で、少し思い出すには辛い記憶や悲しい思い出などは、母の都合の良いように、母が思い出した時に気持ちの良いように置き換えられている、ということなんです
 たぶん、自己防衛本能が働き、いろいろな自分にとっての嫌な記憶や不都合な記憶をすり替えることで、母自身が安心できたり、納得できるようになっている・・・

 たとえば。
仕事を優先したために、私との固い約束を果たせなかった記憶は、本当は私が前日から体調不良だったために、体調をおもんばかった母が断腸の思いで中止をした、ということになっていたり・・・約束の手料理をふるまえなかった記憶は、ケイタリングのほうが見た目も豪華だからと以前から私が言っていたから、とか・・・
 記憶力の良い私は、いろいろな思い出をものすごく細部まで覚えています その時に着ていた洋服や、その場面の場所や空気などなど、すぐにでもよみがえってくるのです。
 娘としての私の根性が根っから悪くて、母を責めるために私のほうが、母に不都合なように記憶や思い出を意地悪くすり替えた、ということはないのです、はっはっは。
 私は、今さらブログにこんなことを書き、母への恨みを晴らしたい、なんて気は毛頭ありません 私はさっきも書いたように、心から「私の母」も「社会人としての母」も尊敬していますし、誇りに思っていますから。
 ただ、理想と現実の中で葛藤を繰り返したであろう母の長い年月を思うと、気の毒でならないのです 自分の描く母の理想像からかけ離れた現実を受け入れられず、一人で悶々としたり、自分を責めたり、時には父や他の人達を責めたり・・・ こんな「辛い」「悲しい」マイナスの時間は必要ないですよね

 現代は、特に都市部では「働くママ達」が多数を占めるようになってきました。私の教室でも、8割以上がお仕事を持ったお母様達です。
 そういうママ達が、社会からの目や批判などではなく、自らの意識の中で不必要な引け目を感じたりすることは、本当につまらないこと、残念なことです
 仕事を持っている自分に「自信と誇り」を持ち、むしろ、その姿を堂々と、気持ち良く、子ども達に紹介するような心意気を持って、毎日の子育てに勤しむ事・・・素適だと思うのですよね
 増やすことの出来ない時間に嘆いたり、変えることの出来ない状況に嘆くよりも、その状況、環境の中で、精一杯のことを心を込めてすることが、真の愛情溢れる子育てだと思えてなりません。

 変わってしまった母の記憶をもとに戻すことは不可能です
 何となく違和感があって話しますが、もう今となってはそんな母の記憶も苦笑して済ませられるほど、私も年をとりました。
 でもねえ、記憶は塗り替えられるよりも、やっぱり真実のままのほうが尊い、と思うのですよね

 



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驚いたり、感動したり・・・

2016年02月05日 | にこにこ
 冷たい・・・ あまりの冷たさに目が覚めてしまいました。
よほど疲れていたのか、それとも寝心地がいつもよりも良かったのか、私はベッドに入った時のままの体勢で寝ていたようです。横向きになってウトウトしながら、「ああ、右手がお布団から出ているわ・・・」と思っていたことを覚えていました
 それから数時間。朝の冷え込みで一層室温が下がり、その「お布団から出ていた右手」が氷のようにつめたーーーーくなってしまっていました

 私はまだ夜が明けきらない時間の、薄暗い部屋の中で目を閉じたまま、「何時かなあ・・・やっぱり手をお布団の中に入れて寝れば良かったあ・・・大失敗。まだもうちょっと寝られるかなあ・・・」と思いました。
 お布団の中に入れた右手は、だんだんじわじわと温まってきましたが、私は半分寝ているはずの頭の中で「お布団から出ている手は、あんなに冷たくなるんだなあ・・・」という思いがいつまでも離れず、もうひと寝入りしたいと思っているのに、なぜか脳ミソだけが活動を始めてしまったかのようで・・・
 その次に頭の中に浮かんできたのが、「むー・・・手を出してたらこんなに冷たくなって、目まで覚めてしまったのに・・・じゃあなんで顔は冷たくならないのかな?」「おかしいじゃない・・・顔は毎晩、お布団から出ているのに、どうして冷たさで目が覚めないんだろう?」ということでした
 そっと温まりかけた右手を出して顔をさわってみても、さほど顔は冷たくはありません。
 いやいや・・・考え出すと、どんどん脳は勝手に動きだし、楽しい二度寝はできる様子はなくなってしまいました。

 私達の身の回りには、「どうしてだろう?」「不思議だな?」と思うことがいろいろとあります
そんなにご大層なことではなく、ちょっとしたこと・・・「昨夜に使ったバスタオルは、どうして日なたに干しているわけでもないのに、洗面所のタオル掛けで乾いているんだろう?」そんなことだって、自分できちんと説明ができるか?と問われると、自信はないです ってことは、知っているような気になっているだけで、実際には「不思議だなあ」と思うことでもあります。

 3歳くらいになった子ども達は、よく「ねえ、なんでえ?」「どうしてなのお?」と聞いてきます
最初のうちは、まあうちの子も成長してきたのねなどと、フフフの気持ちだったのに、次から次へと「ねえ、なんで、なんで?」とやられているうちにすっかり面倒になり「もー、なんでなんでばっかり聞かないの とにかく、なんでもなの」などと言いたくもなっています。
 まっ、こんな時の答えるコツは、あまり学術的な説明をしようとするのではなく、3歳は3歳、4歳は4歳の頭で「なるほど」と思えるようなたとえ話などを使って、簡潔に、手短に答えることですよ 完璧に教えよう!などとは思ってはいけません

 それにしても。
私達大人は、いつしか「何事にも驚かなくなり」「おー!というような感動をしなくなる」そうではありませんか?
 そして、それが成長することだ、と思ってしまっている・・・ でも 私はやっぱり何歳になっても、自分の身の回りに起こること、周りの様子にびっくりしたり、感動したり、え?あれ?わー!という感性を持っていなければならない、と思っています
 なんでもかんでも、そりゃあそうでしょう、とか、まあこんなもんじゃない、のような「平坦な感性」では、きっと脳ミソが老化していき、身体の中の細胞たちも、どんどんとどんよりしていくのじゃないかな?と思うのです

 そう言えば。
かわいげのない子っていうのは、大人びた子、だと思いませんか?その大人びたって表現は、いつも平坦な感情で、わー!とかきゃー!とか、すごい!みたいな感情の起伏が乏しく、何でもそんなの当然でしょう?!みたいな顔をする子・・・だと私は思います
 大人も子どもも、「驚いたり、感動したり」する、プルンプルンした感性があったほうが、その人は素適で、豊かな毎日が送れるし、そのほうが生活が楽しいように思います

 ところで、何で顔は冷たくならないのかな?調べてみなくっちゃ
 

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