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View of the World

世界と日本をつなぎあなたと世界を近づける

最高指導者の聖断」で激変したサメたちの運命

2018-11-17 11:20:13 | 国民の成熟の度合い
 イランについて、しばらく固くてやや疲れかねない情報をお伝えしてきました。今日は一転して、まったく思いがけない角度からこの国の横顔に迫りたいと思います。

 
 ここ数年で日本人の「食」に対する慎重さ・感度・常識は数段の進歩を遂げました。最大の要因は外国人観光客の急増です。今まではなじみの薄かったイスラム教徒(ムスリム)やヒンズー教徒に対する気配りと、彼らが「食べてよい」食品であることを示す権威ある証明書の存在が、テレビを通じて広く知られるようになりました。どういう店に行けば、そういう食品が買えるかということも、大方の当事者は知っています。こういうふうにはっきりと「食べてよい」という食べ物と「食べては駄目」という食べ物の場合は、迷う人もいないでしょう。しかしその中間には「異教徒(仏教徒やキリスト教徒)がうまそうに食べているが、はたして我らムスリムが食べてはいけないのか?」と迷う食べ物もあるのです。


 それが「ウロコのない魚」たちです。有名なところでは、ウナギ、カニ、エビ、タコなどがこれに当ります。これはムスリムたちがほぼ等しく憎み、軽蔑するユダヤ教徒たちが、イスラム教などが生まれるはるか以前から「食べてはいけない」としてきたものたちです。ではその「禁」はどこに書かれているのか? それはユダヤ教徒たちの聖典のひとつ『旧約聖書』の「レビ記」に書いてあります。私も漠然と「『旧約』のどこかに書いてあると聞いたが、そう神経質になって調べることもあるまい」とのんびり構えていたのですが、友人に恐るべき博学で、探求心もただ者ではない男がいて、得意の検索能力で原点を洗い出してくれたのが、2年ほど前でした。

 さて、話はイランに戻ります。問題は「サメ」です。サメは長い間、ムスリムたちから「ウロコのない魚」とされてきました。敬虔なムスリムたちはこれを食するなどとはもってのほかと思い込んでいました。だが、イランにも中国人がだいぶ入り込み、実にうまそうに「フカヒレスープ」などを味わっているではありませんか。そういえば、この魚を手で触ってみるとなにやら、ざらざらごわごわしています。「こりゃあ、こいつらにもウロコがある証拠ではないか」と疑い出す輩が出てきました。そこで現代科学の力を借りて「はたしてサメにウロコがありやなしや」を調べる動きとなりました。

 しかしいくら現代科学が「ウロコあり」と断じても、宗教が科学より優先するイランでは、そんな理屈は通用しません。「最高実力者の聖断」を仰がねばならないのです。どうしてもサメを食べたい輩は、この国の最高位の聖職者ハメネイ師の聖断を仰ぐところまで漕ぎつけました。
 ハメネイ聖断は「サメにウロコあり」と決まりました。これが10年ほど前のことです。
 サメたちはさぞ驚いたことでしょう。いままで人間共に捕獲されることもなく、のんびりとペルシャ湾で遊弋(ゆうよく)していたのが、恐るべき人間たちの食欲のために、ぴりぴりと緊張して生きて行かねばならなくなったわけですから。
 ニュースには固い話も、まったく考えもしなかった出来事もあるという見本のひとつです。

イランを異質・異形(いぎょう)の文明と見る欧米

2018-11-12 10:56:43 | 国民の成熟の度合い
これから大きく世界の関心を集める国イラン・欧米では教養人の必須の知識


 日本のメディアはほとんど取り上げませんが、これから先3,4年以内(あるいはもっと早く)に、イランが最も危険な国、世界の平和を脅かす国として扱われる可能性はきわめて大です。その時になって、皆さんがおよそ世界の常識とはかけ離れた「世論」の一翼を担う人々になってほしくないとの思いから、峻険(しゅんけん)テルモピレーでペルシャ(現在のイラン)の大軍を迎え打ち、300人の将兵がすべて戦死したスパルタ軍のことを書きました。この戦いと、テルモピレーという地名、スパルタ軍を率いた名将レオニダスのことは、欧米の教養人にとっては必須の知識です。彼らと外交・防衛の話をする時はもちろんのこと、ビジネスの会話の場合でも、きわめて役に立つ話題です。
 
マッカーサーもチャーチルもドゴールも知っている英雄 

 戦後の日本に君臨したダグラス・マッカーサー元帥も、Dデーのノルマンディー上陸作戦を指揮し、のちにアメリカ大統領にまでなったドワイト・アイゼンハワーも、若き日にウェストポイントの陸軍士官学校で、この戦争について学びました。イギリスを率いてヒットラーと正面から対決したウインストン・チャーチルも、フランスを亡国の危機から救ったシャルル・ドゴールも、第二次世界大戦の政治・軍事のトップリーダーたちはみんな等しく、この戦争について学んでいます。戦前・戦中の日本の青少年たちにとっても、レオニダスはきわめて身近に感じられる存在でした。そのころの日本は、まだあまり軍国主義に染まっていず、欧米の自由な学芸や歌や映画を楽しめる環境でした。
 
日本人の関心外の国だったイラン(ペルシャ) 

 それにくらべ、ペルシャ文明は彼らの日常からは遠いものでした。一部のインテリ青年たちは、イスラム教徒に支配される前の時代のペルシャで生まれた「ツァラトウストラ(英語ではゾロアスター)」の哲学に大きな影響を受けましたが、これはあくまでドイツ語で書かれたニイチェの著作の影響によるものでした。多くの日本人にとって、ペルシャは関心外の国であったと言ってよいでしょう。
 しかしこの国はいま、悪魔の兵器とも言われる「核」を手にしようとしていると、欧米の専門家は見ています。その見方が誤りであって欲しいと思っている人は多いですが、遠くクセルクセス王のギリシャ侵攻の昔から、西欧文明とは異質の文明と価値観を持つ「異形(いぎょう)の国と見られてきたこの国の本当の姿と意志を、自分たちに有利に見るのは誤りです。念には念を入れ、希望的観測などをまじえず、この国を冷厳な目で見てゆきたいものです。

 

栄光と涙の「300人」(レオニダスたちの運命)

2018-11-08 11:44:54 | 国民の成熟の度合い
「テルモピレー」という地名と英雄レオニダス

 3日前にこのブログで、紀元前480年にギリシャを襲った強大なペルシャ(現在のイラン)帝国軍のことを書きました。大部分の日本人は「そんな大昔の、しかも外国の戦争がどうしたというのだ。自分には関係がないよ」と思っています。しかし欧米の教養ある人々にとっては、この戦争は必須の知識であり、現在のイラン人を見る上でかなり大きな影響力を持っているのです。早い話が、ここに掲げた「テルモピレー」という地名ですが、会話の中にこの地名をちょっと入れただけで、あちら(欧米)の紳士淑女はすぐにあなたとの会話に乗ってきます。日本人がこういう地名を口にすることはきわめて稀(まれ)なので、あなたに対する見方は格段に上昇するでしょう。前回の記事で、この地名をご紹介しなかったことは、本当に申し訳ありませんでした
「テルモピレー」というのは、国王にして猛将のレオニダスに率いられた300人のスパルタ兵が、ペルシャの大軍を迎え討った、天然の要害です。南側は絶壁になっており、北は海に面した隘路(あいろ=きわめて狭い道)が数キロにわたり続いています。人一人がやっと通れる狭さで、ここではいかなる大軍といえども、スパルタ兵と一対一の勝負をするしかありません。レオニダスはそこをちゃんと見込んで、すぐれた戦士たちをこの要害に貼り付けたのです。しかし所詮は多勢に無勢です。スパルタ兵たちは次々に討ち取られ、レオニダスをはじめ全員がここで壮烈な死を遂げます。
 
レオニダスは大局を見ていた

 利口ぶった最近の日本人は、「結局は犬死だったんじゃないか。無理をせず、はじめからペルシャ軍に降伏すればよかったんだ」などと言いかねません。そういう人は、古代や中世・近世の世界において、場合によっては現代でも、「敗戦国」がどんなにひどい仕打ちを受けてきたかについて、まったくの無知なのです。あるいは戦争をもっと大局的に見るだけの、知性がない人々といえるでしょう。
 レオニダスは大局を見ていました。
 テルモピレーでペルシャ軍を数時間釘付けにすれば、やがて盟友のアテネが力を盛り返し、得意の海軍力でペルシャ海軍を打ち破る。我々はそのための時間稼ぎをして、ペルシャのギリシャへの侵攻を食い止めるのだーーという戦略眼が彼にはあったのです。彼の狙いは的中しました。アテネ海軍はみごとに勢力を盛り返し、ペルシャ海軍に大勝します。この勝利がなければ、アテネが世界に誇る民主主義も、学芸の隆盛もなかったでしょう。

 映画「300(スリーハンドレッド)」に見られる、偏見と人種差別をご紹介するつもりで書き始めた記事ですが、やはり正統的な歴史の紹介に力を入れる記事になりました。もう一度か二度、この続きを書かせていただきます。現代人にとって、どうしても必要なファクトだと思うからです。

欧米人の対イラン人(ペルシャ人)イメージ

2018-11-05 14:31:08 | 国民の成熟の度合い
 アメリカが主導する「対イラン経済制裁の第2弾」が、今日から実行されます。日本もこの制裁に加わって、イラン産原油の輸入をしばらくストップします。テレビは原油の輸入が減るために、ガソリン価格などが上昇し、温室栽培のメロンなどの価格も上がるということを、伝えています。取材する記者は、「いま経済制裁をすることによるマイナス面」だけを伝え、「もし制裁をしなければ半年先、1年先にイランが核兵器を開発し、これによって世界の平和が根本的に脅かされる恐れがあることを、ほとんど伝えていません。「石油価格の上昇と、世界の平和が脅かされる恐れのどちらを貴方は選びますか?」といった質問をする記者の姿を見たことがありません。

 イランに対する日本人の関心はきわめて薄く、「アメリカやヨーロッパはなぜそんなにイランを敵視するのか?」と思っている人が多いでしょう。これは欧米人のイランに対する認識が厳しすぎるためではなく、日本人の対イラン認識が鈍(にぶ)すぎるためだと思います。
 10年ほど前に「300(スリーハンドレッド)」というアメリカ映画が封切られました。ちょうどイランの核開発が世界の防衛関係者の関心を集めていたころで、とくにイスラエルは先制攻撃に踏み切らんばかりの緊迫した状況でした。そうした空気の中で、この映画を製作した者たちの意図は明白でした。イランのマイナスイメージを広め、対イラン強硬姿勢への支持を集めるためでした。「300」というのは、イエス・キリストの生まれる450年ほど前に、ギリシャに攻め込んだペルシャ(今のイラン)軍を迎え打った、スパルタ軍の精鋭300人のことです。
 東方から来た異文化人という扱いで、とくにクセルクセス王の描き方は、身の丈が普通の人間の倍はあろうかという、まるで「怪物」扱いでした。映画の制作者たちの、ペルシャ人に対する見方が露骨に示されていました。この対ペルシャ(イラン)イメージが、今も欧米人の意識の底辺にあるのではないか。そのことを念頭に置いた外交交渉が必要ではないかと思います。

 今日はここまでにさせていただきます。

仕事探し行進がなぜ「恐怖」なのか

2018-11-03 15:46:33 | 国民の成熟の度合い
 前回の記事で私はホンジュラスからアメリカへ向かって行進している数千人の群衆のことを「恐怖のジョブハンティング行進」とお伝えしました。お読みいただいた方の中には、「なぜ彼らが『恐怖』なのか、少し大げさ過ぎないか?」とお感じになった方もおられると思います。私の怖れているのは、彼らがアメリカとの国境に着いて、入国管理官から入国を「認めない」と告げられた場合に、一行の不満を煽る者がいて、これがデモ隊の怒りに火をつけ、収集のつかない騒乱を引き起こすのではないか、ということです。それでも無理やりに国境を突破しようとする者たちは明らかな「不法侵入者」であり、「主権の侵犯者」です。これを国境警備隊が見逃すだろうか? 発砲騒ぎになり、犠牲者が出はしないか? そこまで考えると、私の言う「恐怖」が現実味を帯びてくると思います。

 北京で、1989年6月4日に起きたような惨劇が起きてほしくない、と願うのはだれしも同じでしょう。漁民を装った某国の工作員が、日本に不法入国しようとして、何百人単位で押し寄せた場合の「恐怖」を現実のものとしてとらえることのできる人もまた、私のいう「恐怖」の意味がお分かりいただけるはずです。