デヴィッド・ベッカムといえばイギスのサッカー界を代表する花形選手でした。知名度といい、年収といい文句なしのスーパースターでした。このベッカムが2002年に日本と韓国で開催されたワールドカップ大会に出場するために来日しました。その時、彼らおよび応援団が持ってきた旗に「おやっ!」という違和感を抱いた方も多かったと思います。おなじみの「連合王国(英国)」のユニオン・ジャックではなく、白地に赤の十字架を描いただけのきわめてシンプルな旗でした。サッカーの玄人筋(?)の人は、こんなことでは少しも騒がず、「イギリスでは昔からサッカーの国際試合では、ユニオンジャックは用いない。連合王国を構成するイングランド、スコットランド、(北)アイルランドのそれぞれの旗を掲げて出場する。場合によってはイングランドとスコットランドがたがいに「異国として」対決することもありうるのだ」といった講釈を、日本のどこかでしていたかも知れません。しかし講釈はそこまでで、「ではあの白地に赤の十字架は何を象徴しているのだ?」と突っ込まれたら、「ううっ!」と返答に窮したことでしょう。私の見たかぎり、この旗の解説をしたテレビ局はありませんでした。そこで、おくればせながら、この旗のいわれについて語らせていただきます。実はこの旗には現在の国際社会の重要問題が凝縮されており、上り坂のある外国人力士の汗と涙と栄光が滲んで見えるのですが、それについてはまた後日として、まずは旗のいわれから。
ドラゴンを退治した聖ジョージ
今から1000年以上も昔。中東から「バルカン」と呼ばれる、山の多い地方にかけてのお話です。ある村に凶暴なドラゴンが現れました。畑を荒らし農作物の貯蔵庫を襲い、美女を誘拐して自分の洞窟に閉じ込め、逃げないように鎖で壁につないでいました。農民は怖くて畑仕事にも出られず、保存食の穀類も底をついてきました。このままでは、一村みな飢え死にしかねない深刻な危機でした。その時、どこからともなく、一人の遍歴の騎士が飄然(ひょうぜん)と村に立ち寄りました。彼はゲオルギュと名乗りました。村人たちは涙ながらに窮状を訴えました。話を聞き終わった騎士は、静かに言い放ちました。「よろしい、拙者がそのドラゴンを退治して進ぜよう」。村人たちの必死の願いを背に受けて、騎士は単身悪竜の洞窟に乗り込みました。壮絶な戦いが始まりました。騎士の槍に突かれてドラゴンはのたうちまわり、ドラゴンの牙は騎士の鎧を食いちぎりました。戦うこと数時間、両者とも疲労は極限に達しましたが、ついに騎士の剣はドラゴンにとどめの一撃を加えました。これを知った村人は総出で英雄を迎えました。平穏な日々がよみがえりました。救出された美女が無事故郷に帰れたのはいうまでもありません。ゲオルギュの人気は、とどまるところを知らず広まってゆきました。彼の死後、ヨーロッパの各地で、この英雄を守護聖人(Patron Saint)として迎えたいとする所が続出しました。ゲオルギュの評判は、十字軍の戦士としてエルサレムに派遣されていたイングランドの騎士たちの耳にも達しました。「そんなに人気の高い聖者なら、ぜひ我が国の守護聖人としてお迎えしたい」という動きが高まり、ついにイングランドは正式にローマ法王庁に願い出て、彼を国の守護聖人とする許可を得ました。名前はイングランド風に、「ジョージ」となりました。英語圏の男の子の中で、一番人気の高い名前です。エリザベス女王の父君は、ジョージ6世でしたし、3,4年前に生まれた曾孫(ひまご)もジョージ君です。つまりチャールズ皇太子とダイアナ妃の孫です。
では、あの白地に赤の十字架の旗とジョージはどんな関係があるのでしょうか? それはジョージがドラゴンと戦った時に、鎧の上から羽織ってい衣の紋章だったという説と、背中に差していた旗指物だったという説が有力ですが、いずれにせよ大きな違いはありません。ヨーロッパ諸国ではジョージの人気は今も絶大で、どんな田舎の美術館に行っても、ジョー
ジとドラゴンの死闘を描いた絵は必ずあると言ってよいほどです。
ドラゴンを退治した聖ジョージ
今から1000年以上も昔。中東から「バルカン」と呼ばれる、山の多い地方にかけてのお話です。ある村に凶暴なドラゴンが現れました。畑を荒らし農作物の貯蔵庫を襲い、美女を誘拐して自分の洞窟に閉じ込め、逃げないように鎖で壁につないでいました。農民は怖くて畑仕事にも出られず、保存食の穀類も底をついてきました。このままでは、一村みな飢え死にしかねない深刻な危機でした。その時、どこからともなく、一人の遍歴の騎士が飄然(ひょうぜん)と村に立ち寄りました。彼はゲオルギュと名乗りました。村人たちは涙ながらに窮状を訴えました。話を聞き終わった騎士は、静かに言い放ちました。「よろしい、拙者がそのドラゴンを退治して進ぜよう」。村人たちの必死の願いを背に受けて、騎士は単身悪竜の洞窟に乗り込みました。壮絶な戦いが始まりました。騎士の槍に突かれてドラゴンはのたうちまわり、ドラゴンの牙は騎士の鎧を食いちぎりました。戦うこと数時間、両者とも疲労は極限に達しましたが、ついに騎士の剣はドラゴンにとどめの一撃を加えました。これを知った村人は総出で英雄を迎えました。平穏な日々がよみがえりました。救出された美女が無事故郷に帰れたのはいうまでもありません。ゲオルギュの人気は、とどまるところを知らず広まってゆきました。彼の死後、ヨーロッパの各地で、この英雄を守護聖人(Patron Saint)として迎えたいとする所が続出しました。ゲオルギュの評判は、十字軍の戦士としてエルサレムに派遣されていたイングランドの騎士たちの耳にも達しました。「そんなに人気の高い聖者なら、ぜひ我が国の守護聖人としてお迎えしたい」という動きが高まり、ついにイングランドは正式にローマ法王庁に願い出て、彼を国の守護聖人とする許可を得ました。名前はイングランド風に、「ジョージ」となりました。英語圏の男の子の中で、一番人気の高い名前です。エリザベス女王の父君は、ジョージ6世でしたし、3,4年前に生まれた曾孫(ひまご)もジョージ君です。つまりチャールズ皇太子とダイアナ妃の孫です。
では、あの白地に赤の十字架の旗とジョージはどんな関係があるのでしょうか? それはジョージがドラゴンと戦った時に、鎧の上から羽織ってい衣の紋章だったという説と、背中に差していた旗指物だったという説が有力ですが、いずれにせよ大きな違いはありません。ヨーロッパ諸国ではジョージの人気は今も絶大で、どんな田舎の美術館に行っても、ジョー
ジとドラゴンの死闘を描いた絵は必ずあると言ってよいほどです。