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View of the World

世界と日本をつなぎあなたと世界を近づける

スイスに学ぶ「まさかーー」という超楽観主義への戒め

2020-04-15 18:12:53 | 国民の成熟の度合い
 コロナウィルスの蔓延(まんえん)と、政府の対策についてのマスコミ論調が、安倍政権の支持率を低下させています。「対応が遅すぎる」というのが根底にある思想です。しかしもし2週間も早く非常事態宣言」を出していたら、「早すぎる」という批判が巻き起こり、内閣は今よりもっと窮地に立っていたでしょう。現にある大新聞は、そういう論調を掲げ、同社の記者は会見でこの論に沿った質問をしていました。
 今の日本は総理大臣が信念をもって「私はこうするのが一番正しいやり方だと思う。異論はあるだろうがこの案を支持してほしい。かならずこれが最も正しい選択肢だったということが分かっていただけるはずだ。ここは我々に任せてもらいたい」ということを、強くきっぱりと言えない状態です。
 恐るべき病魔に対しても、起こりうる他国による領土侵犯と侵略に対しても、こんな手間暇のかかる意思決定と迫力あるメッセージ不足では対応できません。

 日本人の大多数は、戦後70年以上も続いた泰平(たいへい)にすっかり慣れ過ぎて、「まさか君の言うような大災厄は起こらないだろうし、他国による日本侵略もないだろう。そんなことはありえない」と思っています。だがこの楽観主義が最も危険であり、大災厄を招くことを、もっと真剣に考えたいものです。日本人が「理想の国」「平和の象徴」と思っているスイスが、実は国民皆兵の国であり、各家庭が核戦争に備えたシェルターを持っている現実、平和を守るためにはコストがかかり、国民の徹底した知恵と「意志力」が要るのだという、当たり前の「常識」が今ほど必要な時はありません。

日本のミーハー層を狙い国論の分裂をはかる国

2019-07-19 10:30:56 | 国民の成熟の度合い
 日本の指導者層に最も欠けているのは、この世界にはフェアプレイの精神とか、人から受けた恩は必ず返すという、人間として「当たり前」の常識を「備えていない」人間がいるのだという認識が欠けていることです。こういう卑劣で卑怯な人間が、国のトップにいる場合には、まともな人間は歯がたちません。彼らに対して「効き目のある戦い」をする必要があります。そういう戦いを仕掛けて、しかも長期戦に耐え抜く戦術を持っているだけでは十分ではありません。自国民が十分に賢いか、世論の分裂を仕掛けてくる彼らの狙いに耐えられるかどうかを、十分に計算してかかる必要があります。

 ここ数日のNHKの夜9時のニュースを見ていると、一般大衆どころかニュースを扱う専門家であるはずの編集者やプロデューサー、ディレクターたちの頭の中身が、あまりにも幼稚なのに愕然とします。スタッフが街頭に出て、3,4人連れの若い女性たちにインタビューします。一人が答えます。
「まだ韓国へは行ったことがないので、近く行こうと思っています。でもね、日本に対する国民感情が険しくなっていると聞くと心配です」。そばにいた友人が補足します。「早く解決して安全になってほしいですね」。なんと彼女たちは、日本の国の安全よりは、自分の観光旅行の安全の方が大事なのです。問題はこのインタビューを放送したNHKの職員たちの頭の中身です。彼女らの答えが、安倍批判、政府批判に傾いていることと、自分の観光旅行に障害が生じることを結び付けていることはあきらかですから、「もう少しレベルの高いインタビューを採ってこい」と言うべきでした。インタービューアーはもっと突っ込んだ質問をすべきでした。「もし、いまの政権が、韓国に対してなんら制裁措置を発動せず、その結果もっと日韓関係がこじれるようになった場合、あなたはどうしますか? くらいのことを聞いてみるくらいの見識を持ったインタービューアーを起用すべきだったと思います。これは民主主義が曲りなりにも機能しているまともな国の国民ならまず共感するであろう視点です。

85歳、世界を走るマラソンマンの「胸の内」

2019-01-20 18:16:43 | 国民の成熟の度合い
 ここのところ2回、齢(よわい)85にして、パリ、ニューヨーク、ボストン、バルセロナ、ベルリン、ローマ、フランクフルト、ホノルルといった世界の大都市で開催されるフルマラソンの大会に挑み、完走する元商社マンをご紹介しました。お読みになった方は一様に驚き、感激されたようです。組織の中で活躍した人は、70歳後半くらいになって、組織から完全に退くと、急に老け込み、生きている楽しみや希望を見出せない方が多いですが、このマラソンマンを見ていると、「型にはまらない人生の楽しさ」といったものがあるのだということを実感します。

 この人を紹介するに当り、私が心がけた事がいくつかあります。その一つが、この人を「あまりに偉大なスーパーマンとして扱わないこと」でした。ブログをお読みになって、「このK.K.という人物は、元々我々とは出来が違う。エライことはエライがやはり遠い彼方の人だ」と思っていただきたくなかった。それよりも、「この歳で、こんなにも柔軟に発想し、行動できる人が、同じ時代に生きていることを知ると、なんだか元気が出てくる。嬉しくなってくる」と思っていただけるような文章を書こうと決めたのです。

 しかしあまりにも「親しみやすさ」を心掛けすぎ、「スーパーマン色を消そう」としすぎたために、この人がジョギングからマラソンへと「精神的進化」を遂げる間の苦しみや、マラソンがもたらしてくれる、「真に価値あるもの」についての洞察力を欠き、前人未踏のことを成し遂げつつある英雄に対する敬意を欠いた文章にしてしまったことへの反省の念が、じわーっとこみ上げてきていることを告白せざるを得ません。自回にそれを書くかどうかは別にして、もう一度近い内に本名と活躍した商社名を含む、より充実した記事を書かせていただくつもりです。しばらくお待ちください。

85歳でフルマラソンに挑む元商社マン

2019-01-07 18:45:47 | 国民の成熟の度合い
 新年おめでとうございます。年明け早々から、ニューヨーク株式市場は急落と急騰をともに演じてみせました。東京もその他の市場も、大きく揺れ動いています。先の読めない、むずかしい1年になりそうです。しかし人は悲観ばかりしてはいられません。こういう大波乱の中でも、儲ける人は儲けているのです。そこで、あまりにも複雑で先行き不透明な業界の話はひとまず脇に置いて、高齢者から若者まで、身近に感じられる話題から今年度のブログを始めたいと思います。

 たとえば三浦雄一郎さんが、86歳でエヴェレストに登頂すると発表しても、誰も驚きはしません。みんな「あの方なら成功するだろう」と思っています。「成功した」というニュースが世界を駆けめぐったとしても、「えらいもんだ」と同年配の友人あるいは孫と祝福しあい、日本人としていささか誇らしい気分になるくらいでしょう。
 なぜか?
 三浦さんは「偉すぎ」、同時に「遠すぎる」からです。

 さて今日ご紹介するのは、そんな偉大で遠すぎる人ではありません。歳は85歳の酉年(とりどし)の男性です。住み家は神奈川県。元は商社マンとして、世界を股にかけて飛び回っていました。この人のすごい処は、この歳で42.195キロのフルマラソンを完走していることです。今までに走破した大会は、ニューヨーク、ホノルル、ボストン、バルセロナ、ローマ、フランクフルトといった有名な都市ですが、今年は東京ともう一個所を予定しているとか。

 なんで私が新年早々多くの人が「希望はしても実行はできそうもない」夢みたいな話をご紹介したかと言いますと、近ごろ少し日本人が「おとなしくなりすぎた」あるいは「高齢者にも若者にも夢がなくなりすぎた」と感じているからです。おとなしくなり、趣味に没頭し、孫と遊ぶのが最高の余生ーーと思っている方はそれでいいでしょうが、もう少し常識はずれで、豪快なところがある人々が出てきたほうが、世の中が面白くなるのではないかーーと思うからです。フルマラソンを走るといっても、途中で歩かなければとても体力はもちません。もう少し詳しいこともお伝えすべきですが、今日はここまでで失礼します。

誰も解けなかった知恵の輪を見事に解いた男

2018-12-31 16:55:20 | 国民の成熟の度合い
 イエス・キリストが生まれるよりも、350年ほど前の話。小アジアと呼ばれる地域にフィルギスという国がありました。軍事的にも、経済的にも、文化的にも、とくにすぐれたものを持っていたわけではありません。地味な国でした。だがこの小国には他国にはない、「人を惹きつけるもの」がありました。「ゴルディウスの結び目」と呼ばれる、一種の「知恵の輪」です。材料は木の幹の樹皮あるいは木の根だったという説が有力です。実に精巧に編まれており、どこから始まってどこで終るのか、全く見当もつきませんでした。

 この知恵の輪は、こういう物を作る天才と呼ばれた「ゴルディウス」という職人が、王の依頼を受けて作ったものでした。この作品には、神託(しんたく)が下っていました。「このパズルを解いた者は、全東方(オリエント)の王になるであろう」という、神のお告げです。こうなると、知恵自慢の各国の男たちは、「よし、我こそは」という気になるのは当然です。何百人という野心家たちが、この神託を信じて挑戦しました。しかしそこは天才が腕によりをかけて作ったパズルです。挑戦者たちは、あえなく敗退してゆきました。

 ある日、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な青年貴族が、この知恵の輪の前に立ちました。挑戦する者たちの悪戦苦闘ぶりを眺めていた青年は、自分の番になるや、腰に帯びた一刀を抜き放ち、頭上高く振りかざしたと思う間もなく、それを振りおろしました。知恵の輪は、真っ二つに切られていました。彼は誰も試みなかったやり方で、「結び目を解く」という大事業をやってのけたのです。例によって「それはずるいよ。そういうやり方でいいのなら、自分にもできた」と言い募る者たちが続出しました。しかし「人がやったあとなら、誰でもそういうことはできる。前例にとらわれず、実行した若者はまさに天才だ」という意見が、言い訳がましい愚論を一蹴しました。
 この若者は神託のとおり、のちにエジプト、シリア、ペルシャからインドまでを征服し、当時の世界で最も偉大な「英雄」とされました。ギリシャの中での一小国マケドニアの出身で、のちに「大王」の尊称で呼ばれるようになる、「アレクサンダー」(アレクサンドロス)の若き日の逸話(いつわ)です。

 コロンブスの卵の話と実によく似ていますね。