田中眞紀子(シンガー・ソング・ライター)

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次のエネルギー 3

2012-02-09 02:10:24 | Weblog
福島の宿は、チェックアウトが12時という、ありがたいホテルで、計画では昼まで寝て、ちょっと福島市内をぶらぶらしようと思っていたが、残念ながら雪が降ってしまい、しかも12時過ぎの気温が-0.9度!
寒いと打ち身に堪えるし、どこも真っ白でつまらないから東京に帰ることにした。

ちょっとお土産でも見ようかと、駅前のデパートに入った。
このデパートは`中合´といって、実は仕事で少々関わりがあり、‘来ちゃったよ中合!○○さんは何処にいるのかしら~♪’などとウキウキしながら地下食品売場に入ったが、お土産売場のような所は向こうの隅っこにしかなく、しかもほとんど客がいないので、少々居心地が悪くなって出てきてしまった。

東京のデパ地下と比べるものではないだろうし、平日の昼間だし、人がいないのは仕方がないのかもしれないが、それにしても、と思った。
いわきのドライブ中も、車も人も少ないなと思ったし。
小名浜港の水産物の売場も、人はまばら。
前夜、リハの合間に外に出た時も、美しいイルミネーションで彩られた街は、人通りは少なかった。
お洒落な街だ。
本当は、もっと賑わってるんじゃないだろうか。
そういえば、いわきに着いてから、リハ前の時間を潰している時の喫茶店で何人か見かけて以来、子供の姿は見ていない気がした。



いわきでも福島でも、店のスタッフ達と、それこそ夜を徹するように話をした。
福島に住む人の本音が聞けたのは、何より有意義だった。


福島を取り巻く社会的な動きは、地元の人々には違和感が感じられるもののようだ。

福島の問題を国全体の事と考えて、原発や放射線について語るならともかく、それを通り越して、自分の考えを押し進めるべく、福島の人々に福島から離れろと言うのは、いかがなものか?と以前から思っていた。
某俳優などは、悪いがもう、自分の闘争本能を満足させるが為に動いているようにしか見えないのだ。
その出発点が、善意や正義感からだとしてもだ。
逃げたくても金がないのだという言葉を、何度も聞いた。その声に、個人レベルで何を答えられるのか?
反原発の色々な運動も、主義を主張する自らの行為に、酔いしれているだけではないのか。
それをちゃんと自問自答しながら行っているものなのだろうか?

何かが、ずれてきてやしないか?

まずは、福島を愛し、そこで暮らす事を、福島の人達は望んでいるだろう。
そしてガレキは汚物ではない。
遺品なのだ。
「ガレキは受け入れない」という他の自治体の`心´に危険を感じてしまうのではないか。
放射線以上に危険なのが、人の心なのだと私は思う。


そもそも‘福島の人達の気持ちを考える’とは、どういうことなのか?

今、福島に住む人達は、それこそ脳みそが痛くなるほど、自分の人生の今までと今とこれからを考え抜いて、ここにいるのだと思った。
行く前からチバ君から聞いていたが、その通り、彼らは冷静だった。
原発との関わりの歴史も良く知っているようだし、放射線と関わっていかなければならないことも。

放射線の恐怖とは、つまり死の恐怖だ。それを彼らはどこかで受け入れているのだ。
自分が生まれ育った土地、暮らして来た世界が、地震や津波で破壊され、つまりは自分の歴史が失われ、周りの人間を亡くし、そして放射線によって未来すら奪われようとしている。
それでも、ここに居ることを選択し、決意をしている。
金が無くて逃げられないことも含めてだ。

福島の人達の気持ちに沿うとは、彼らのプライドを尊重し、彼らのプライドを支えることだと私は思う。
プライドを持って欲しいと思っていたし、実際会った人達は皆、プライドを持っていた。
生まれたばかりの赤ちゃん含め、2人の小さな子供と共にここで暮らしていく決意を語ってくれた若い男性の目は熱意が満ちていたし、お客もまばらな中合の、デパ地下の店員さん達は皆、シャンと背筋が伸びていた。

遠くにいて、今、安全な所にいて、その安全を脅かされることを忌み嫌い、ヒステリックに放射線の数値に反応する周りの状況に比べ、福島は、覚悟し、腹を据え、達観した人々が穏やかに住まう‘悟りの世界’のようだった。
何だか心身共に浄められて帰って来たような清々しさである。



放射線によってガンになりたくなかったら、その前に、スパスパたばこを吸い、ガブガブ酒を飲み、脂っこいものばかり食ってる、そのメタボな身体から変えたらよかろうよ。
ネットの中にどっぷり浸かって、雑多な情報に振り回され、ヒステリックに原発反対を叫ぶ人達は、それならあの凄まじい煙を24時間吹き出し続ける火力発電所はいいのかよ。
多分、原発がこれだけ止まっているからには、日本中で福島と同じ光景が展開してるんだろう。
あぁ、原発が止まって安全だから安心だわ、と、あの火力発電所の下で赤ん坊を抱えて言えるのか?

以前にも私は、原発反対ではなく、脱原発の立場だと書いた。
その思いは、今回の福島行きで、より強くなった。
原発反対というのは感情にすぎないのだ。その感情が54基中51基の原発を止める要因になっているのは大したものだが、怒りの感情には‘次’を生み出す力までは無い。

‘次’に行かなくてはならない。
人間の力では御しきれない原子力を使わない、次のエネルギーを。
火力発電に‘後戻り’しない、次のエネルギーを。
足るを知る、身の丈に合せる、という先人の残した戒めの言葉を、もう一度かみ締めて。
原発の稼働が止まればそれでいい、というところで留まっていては先には進まない。

もちろん、先に書いたような腹を括っていると感じられたのは、大人達のことだ。
低量被曝する子供に、その親に、覚悟などはできないだろう。
しかしながら例えば今夜のニュースにあったような、福井の大飯原発の稼働を、「子供たちを守れ」とヒステリックに止めようとする事が、今、福島で被曝している子供を守る事にも救うことにもなっていないではないかと、疑問を持たずにはいられないのだ。

何かが、ずれてやしないか?



福島から帰って10日ほど経ち、いわきで見た光景がやっと、私の頭の中でその意味を理解しだした。
先にも記したが、あれは遺品だったのだ。
亡くなった方々の、そして無くなった暮らしの。
‘ガレキ’が遺品であるとの意識で、拝むような、慰霊のような、厳かな気持ちで整理された、あの分別の山だったのだ。
その一角に、袋詰めされた大きな塊が積み上げられていて、もしかしたら汚染された土かもね、とチバ君と話した。

‘ガレキ’の山も、袋詰めされた大きな塊も、土台だけ残して整理された土地もパックリと口を開けて、‘次’を待っている。



私が歌う事が、少しは福島の人に喜んでもらえた事は私の救いにもなった。
この貴重な機会を与えてくれたチバ大三氏に、心から感謝します。

帰りの新幹線に乗る前、福島の観光パンフレットを何枚か手に取った。
今度はもう少し暖かい時に来て、色んな所を歩いてみようと思う。
そして、また来て下さいと言ってもらえたから、また来て、精一杯伝わるように歌おうと思う。

それでも、

「友達の家を見に行ってもいいですか。」

「あぁ、無くなってる。」

この二言で彼の半生を静かに語り伝えた新妻君の言葉ほど、人の心に響く歌は到底歌えないだろうけれども。



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3 コメント

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はい (チバ大三)
2012-02-13 00:35:47
チバ大三です。お疲れ様でした!

思うところは皆いろいろあると思う。
東電の対応には単純に腹が立つし。
どっちつかずの政府には悲しくなるばかり。

まず東京人が贅沢な生活やら電気やら切り詰めた上で、東電を追求するのが筋だと思えども、慣れ親しんだ生活はなかなか変えられず。俺もね。

福島の子供は避難を!という声の中から「ウチは2人長期ホームステイを受け入れた」とかの声は今だ聞かず。
俺は転勤族だから、転校する大変さは少しは分かる。福島の場合他県へはもっと大変だろうって事も。

俺は今はただ、東京の都知事選挙の絶望感だけは責任持って歌える。都民だから。
あとは、それでも生き物は最後まで生きる!「野良牛」だな・・・。もう一曲考えているけど。


先日の新潟柏崎の●造●造は原発関係の下請けの下請けで働いていて、彼の話も貴重。今急に原発辞めて、失業者どれだけ出ると思う?という話。ニュースにはなかなか出ない。


とにかく今回、マッキーを福島に誘って良かった!ブログにマッキーのモヤモヤが開いたなー!(喜)。それだけで成功。

これからだよ。
やっと!日本が地に足着けて行く道が、始まる、かな?
俺はただ「逞しくなろうぜ!」と願う。体でも心でも。


3月15日はチバ大三にピアノ参加よろしくお願いします!!!(店にも確認済み)
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お世話になりました! (まきこ)
2012-02-14 19:08:49

>福島の子供は避難を!という声の中から「ウチは2人長期ホームステイを受け入れた」とかの声は今だ聞かず。

私も全く同じ事を考えてた。
そういうことなんだよね。

今の社会的な運動を、全面的に否定するつもりは無いんだ。
何十年も積み重ねた無関心の歴史より、よっぽどいい。

でも、その主眼が、‘もしかしたら困ることになるかもしれない自分の子供’の前に、‘今、実際危険なところにいる福島の子供’に向いてのものであって欲しい。
福島に暮らす人達が、福島の為になっていると実感できる成果を生み出せるものに、焦点を合せた動きになって欲しい。

行ってみて、私という個人は心底それを感じた。
いまだ活動停止中のつもりだし(そのわりには、やたら忙しい!笑)、ブログもあまり書く気持ちになれなかったんだけど、行ったからには、そこで感じたことと現地の生の声を、この場で伝えるべきと思ったので書いてみました。

そして、それが連れて行ってくれたチバ君への感謝の表明ともなるとも思ったので。おかげでミュージシャンとしての闘争心に、密かに火が付いています。
あんまりご心配をかけないように(笑)ただいま‘大人の戦い方’を模索中…

戦場のような女、だっけ?(笑)

3月15日、ぶちかましましょう♪

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Unknown (Unknown)
2012-05-30 03:32:18
こんな状況ゆえ福島に未来を感じます。
こどもたちの歌です。

http://www.youtube.com/watch?v=xjfzcbhhgUQ&feature=youtube_gdata_player
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