田中眞紀子(シンガー・ソング・ライター)

ピアノの弾き語りで活躍する田中眞紀子のブログサイト。ホームページはブックマークから。

さよなら 2008

2008-12-31 00:49:38 | Weblog
悲しいことがありました。



29日が私の仕事納めでした。
私は前の職場で毎年、ある取引先のカレンダーを貰っていました。
それは1年分の大きなカレンダーで、ウチのトイレにちょうどいいのです。

トイレの窓は曇りガラスですが、開けると裏の家が丸見え、つまり裏の家からもウチのトイレが丸見えの状態になるわけで、曇りガラスを大体締め切っているとはいえ、なんとなく嫌なわけです。
ですから大きなカレンダーで隠すと、なんとなくいいのです。

昨今こんなに大きなカレンダーはあまり見かけないので、毎年喜んで貰っていました。
でも今年その職場を追ん出されて、もう貰えないかなぁって思っていたんですが、前の職場のみっちゃんを通してお願いをして、下さるということになったのです。
29日に受け取るのに、私は一日中、カレンダー、カレンダーと楽しみにしておりました。何しろ、母にも是非貰ってこいと大変期待されて家を出て来たのです。

仕事が終わり、張り切って前の職場に行きました。
気のいい社員のおじさんが、ニコニコと用意してるよって言って下さいました。
みっちゃんが持ってきてくれました。私のお目当てのと、もう一つ、くれました。
みっちゃん達は飲みに行くというのですが、私は先週飲みに行った時、喉をやられちまったので、年越しライブにヤバいので、帰ることにしました。

お金が全然なかったので、駅の横のATMで下ろすため、そこでみっちゃん達と、よいお年を~!ってさよならしました。
お金を下ろして、すぐに来た電車に乗った途端、カレンダーを持ってないことに気付きました。

きゃああああっっ!

次の駅で降りて、これまたすぐに来た反対方向行きの電車に乗り、駅員さんにそこのATMに忘れ物をしたと断って、走ってATMに行きました。
カレンダーは、、、


ありませんでした。。


そのATMを出てから15分も経っていませんでした。
聞いてもしかたがないのはわかっていましたが、ATMに備え付けられている電話を取って、係の人にカレンダーが届いてないか聞きました。
勿論ありませんでした。
なんとなく諦められなくて、その時は切符を買って乗ったので、駅員さんに切符を買う所にカレンダーはなかったですかと聞きました。
勿論ありませんでした。
電車に乗って、ベソをかいてしまいました。


多分、銀行が配っているカレンダーだと思って、誰かが持っていったのでしょう。
開けてみたら、全然銀行と関係なくて、驚いたかもしれません。

持って行った方、大切に使ってね。



悲しいことになりました。

小風邪をひいてしまったのか、洟垂れおばさん状態が続いていますが、先週の飲み会で騒いだのがいかんかったのでしょう、楽器としての声が、いかれちまってます。
何故か、3つほど、音が出ません。
中音域から高音域に移るところで、3つくらい、、、
こんなことは初めてです。

去年の年越しはケンケン咳の恐怖と闘いながら歌いましたが、今年はいかれた楽器での未明のライブです。
その3つの音だけ避けて歌うのは、無理です。
こんなことは初めてです。

それでも歌います。
悲しみを乗り越えて…


1年間、田中眞紀子のブログとお付き合い頂き、ありがとうございました。
また、ライブに足を運んで下さり、本当に感謝しております。
来年も楽しく読んで頂けるよう、また良い歌を聴いて頂けるよう、日々精進してまいります。
今後とも、何とぞ宜しくお願い申し上げます。

では、皆様、よいお年を!



横浜・東京をめぐる その4

2008-12-30 01:12:30 | Weblog
〈人の力〉


海を見ると、やっぱり、わぁー!って思う。
でもやっぱり、醜いや。
自然を侵食する、人間の欲。
展望台から見たみたいに、力は自然の方が断然強い。必ずや自然が勝つだろう。人の欲が自然の怒りに打ちのめされる日は遠くない。

そのくせレインボーブリッジが見えてくれば、キャーキャー喜ぶ私。初めて見たぞ!生フジテレビ!
テレビでよく見る、海越しのあの風景。
車にはそうそう乗らないから、そうそう見れる風景ではないので、それなりに感激している、ポリシーのない私であった。


横浜に着く。
石川町から、今でいうところの、みなとみらい駅の間は何度か来ているが、いわゆる山の手にちゃんと足を踏み入れたのは、過去に一、二度うっすらと記憶があるだけだ。少なくとも、こんなに洋館が点在してるのは、恥ずかしながら知らなかったんである。
そりゃもう、超私好みの建物の数々。
海外行くなら、絶対ヨーロッパですもん、私!
実際の生活の場の中に点在する建物には、それなりに人の暖かみや息遣いが感じられたから、この散策は悪くなかったな。
もう一度、ゆっくり来ようかな。
多分石川町の方から行った方が、お茶するタイミングの頃、お茶する場所がたくさんあっていいかも。(笑)
その後、港の見える丘公園に、っとかって、結局デートコースだな。


2時間ほど散策してバスに戻り、夕暮れの中、東京へ向かう。
最後に岩本町のオペラ系ライブハウスで、なんつうか、ガラコンサートみたいなライブを聴く為だ。
帰路のバスから、今度は横浜の、あの有名な夜景を見て、また喜んじゃう私。
海もライトが点滅する夜景の方が、よほどきれいだった。
見えない方がいいこともあるってことか?

実は岩本町で10年ほど前まで10年ほど勤めていたが(笑)、そんなライブハウスがあるなんてね。
会社が移転した後にできたのかもしれないが。
結構あの辺、色んなライブハウスがあるみたいね。

帰りの高速が渋滞していて、18:30の開演にギリギリ間に合った。
スタインウェイのグランドがあるというのが売りらしいが、木の、非常に良い音がする、丸みを帯びたピアノの音色は、昼間のオペラシティより、よほど音響が良いのである。天井に直径70~80センチくらいの丸い反射板がたくさん取り付けてあり、マイク無しで物凄い声量に聞こえ、母が驚いていた。

ここでもまた、ジャンルは違えど、と感じさせることがあった。
確かにピアノの音は素晴らしいし、しゃべると関西の陽気なお姉ちゃんなピアニストの演奏も、過不足なく上手い。
けれど、結局、声には敵わないんだ。
なぜだろうね。
ピアノには感動を感じないんだ。感じさせないピアニストが悪いっちゃそれまでだが、人間の声が持つ感情の力の違いだな。やはり楽器という媒体を通すのと、身体直接の放出との差だ。
オペラ曲はイタリア語で歌われていたので、言葉はわからないが、それに伴う感情が声を通して伝わって来る。
しかしだ。
しかし、これまた、言葉が通じないという条件は、別の意味で大きい。
言葉の意味がダイレクトにこちらの脳に伝わらないので、こちらがとらえるのは主に技術になってしまう。
歌唱力を言葉の意味でごまかせない厳しさと、技術で聞き手に感動を与えなければならない厳しさ。背中合わせの`本質からのズレ’、というか、本質の二面性、或いは二重性。
どこに`本質’を置くか、自分で決めよう、なんて思いながら、40分のライブを楽しんだ。
うどんのようなパスタが玉に瑕でしたけど…


さあ、どうでしょう、この11時間に渡る東京ツアー。
都庁の展望台、東京ジャーミー、ランチタイムコンサート、横浜の洋館は入場料タダなんです。
そう考えると高いけど、これだけの作文ができるほど私に刺激を与えてくれる11,000円なんて、今まであったかしらと考えると、安いっちゃ安いかな。
なんとなくクセになりそうなバスツアーでした。

たまには異ジャンルのものに触れるのは、とっても大切ね。
考えが落ち着くところは、結局同じなんだけれども、、、



東京をめぐる その3

2008-12-26 22:56:19 | Weblog
〈ちぐはぐな関係〉

なんでそんな細かい時間を覚えているかというと、常に切迫する集合時間の呪縛によるもので(笑)、次なる訪問先東京ジャーミーは11:10に戻って来いという。
滞在時間は45分。

東京ジャーミーは、代々木上原にあるイスラム教の集会場で、オスマントルコ様式の装飾の美しい建物だった。
ここに入る為に、女性は髪を隠すスカーフを持って来いということだったが、結局被らなくていいと言われた。
キリスト教における牧師にあたるのか、伝道する立場にあるらしき、トルコ人の大変ハンサムな係の方(笑)は、イスラム教について熱弁をふるい時間オーバー、お土産タイムが縮小されたが、負けじと買い物をする女性陣。お釣りは寄付してあげてね、と、ツアコンのおじさん。
普通の通りに、忽然とあるその建物は、暖房してないので非常に寒く、そのためか余計荘厳な気分になれたが、建物から見る街並みが普通に日本なので、建物を出た途端、なんだかアミューズメントパークみたいな安っぽさをうっかり感じてしまい、申し訳ない気持ちになった。

宗教的な話には色々考えることもあったが、ここでは触れるのは止めておきます。


バスに戻って、今度は初台のオペラシティに向かう。11:45からのランチタイムコンサートを聴く為だ。
このツアーは1週間前にもあり、その時はパイプオルガンだったらしいが、この日はピアノのコンサート。先週のツアーよりラッキーだとツアコンおじさんは言うが、私も母もパイプオルガンの方が良かったよねぇと話す。
イタリアのコンクールで賞を取るような、優秀なピアニストであるようだが、そもそも音がにじんでいて、今一つ聴き心地が悪い。
かなり大きなホールは1階席満員なんであるが、あまりクラシックを聴くような感じではない人ばかりで、かなりの人がすやすや寝ていた。
一生懸命弾いてるんだからさぁ、と思って、私は頑張って聞いたよ。
45分のコンサートは、ピアニストが曲解説のMCまで入れていて、モーツァルトの「トルコ行進曲」だの、ショパンの「大円舞曲」やら「革命」やら、馴染みのあるプログラム。
子供が弾くような曲を、ちゃんとしたピアニストが弾くの聴くのは、これまた妙な感じなのだった。
どうも無料らしいんだな、このコンサート。海外にワクチンを送る為の寄付集めに催されているようだ。
それにしても、数百人が集っている。
私のライブの集客は… と考えないではいられないのだった。
純粋にこの人のコンサートを開いてみたら、どのくらい人が集まるかしら?でも音大の講師とかしてるから、生徒で結構集まるな。コンサートを聞いて、感動したりとかするんだろうか…
昔、よくピアノの先生の演奏会に行かされたよなぁ。チケット10枚くらい押し付けられてさ。良いんだか悪いんだかわかんない演奏会を聞いて、適当に書いた感想文なんかを、小学校で褒められたりしたぜ。肝心のピアノは褒められたこと、ほとんどなかったけどな。
隣ですやすや寝ていた母が、「色が嫌よ」と言っていた、昼間なのに大変派手な赤いドレスと、原稿棒読みのたどたどしいMC。
満員の客席で眠る観客達。
腕のいいピアニストが弾く「トルコ行進曲」。
なんだかなぁってな、ちぐはぐなコンサートにおいて、ちょっと面白かったこと。
最初の3曲は馴染みのない、聞き映えのしない作品だったが、その次のスメタナの「海辺にて」という、波をイメージした曲は、初めて聞いたが非常に良かったんだ。ちょっとショパンの「大洋エチュード」に似ているが、音使いが洒落ているし、クロスハンドのアルペジオ続きの難曲をよく弾きこなしていた。これの100分の1くらいの音数で、似たような曲をつくっちゃおうかな!
多分、ピアニスト自身がこの曲が好きなんだろうなって感じさせた。
それから調子が出てきたみたいで演奏がのびのびしてきたが、最後に「革命エチュード」を持ってきていて、疲れが出たのかミスが多かった。
てな具合に、ジャンルやらレベルやらが違っても、結局ライブって、やってること同じなのね。


オペラシティの50何階での和食レストランで、大して美味くもない昼食を取った後、面白がりながら、いちゃもん付けまくる私を乗せ、バスは横浜へと向かうのだった。


まだ続きます。

東京をめぐる その2

2008-12-24 19:39:01 | Weblog
〈醜い街〉


最初に連れて行かれたのは、都庁の展望台。
こういうツアーが面白いのは、自らの意志ではまず絶対に行こうとしない場所に、強制的に連れて行かれるところだ。
昔、法律事務所に勤めていた頃、有楽町にあった小汚い都庁に仕事で行ったりしたけど、いやあれは、すでに仮庁舎だったかな?
ともあれ、新宿の都庁に足を踏み入れたのは初めてだ。
入ったらいきなり手荷物検査。そして大勢の外国人。
そうよね、どっちかといえば、外国人向け観光地よね。
妙にオーバーアクションのエレベーター係に仕切られて、40何階だかの展望台に上った。

母が驚く事を言う。
「私、高所恐怖症だから、こういう所は嫌よ。」
彼女の娘に生まれて、ん十ん年経つけれど、彼女が高所恐怖症だとは知らなかったな。(笑)
まぁ、こんな風に親子でどこかへ行く事など、今まで滅多になかったから。
多分母のこと、知らないことが相当たくさんあるんだろう。そもそも、そんなにおしゃべりし合うこともなく過ごしてきたし。
そのくせ、嫌になるくらい、そっくりだったりする。
そんなことをぼんやり考えながら見下ろす東京の街は、実に醜いのだった。
わぁっ!て嬉しくなるのは、海と富士山。
小汚くゴミゴミした建物にびっしりと埋めつくされた視界の中で、明治神宮の森が異様な存在感を示している。
街は`死´を感じさせ、その森が圧倒的生命力を持ち、向こうに見える海とこの森が、街を食い尽くせばいいのに、などと思う。
そんな`死´のエリアで右往左往する人間の一人というわけだ、私も。それを素敵なスポットはどこだなんて言いながら。

ウチの裏山、高尾山も、物凄いことになっているらしい。
ケーブルカーもトイレも1時間待ち、何十軒もある蕎麦屋が長蛇の列だそうで、それは平日もらしい。
参道がラッシュ状態なんて、なんとアホな話か!
恥ずかしながら幼少の頃から住んでいるので、小学校の時は春も秋も遠足は高尾山だったから、別に行きたいと思う場所じゃなかったが、先日友人達が行きたいと言うので予定を立てたところ、一人が大風邪をひいて中止になった。止めて大正解だったらしい。
中高年中心に人気があったのは前からだが、ギャル子ちゃん達がミニスカにブーツで来るんだと!
まぁこのブームが、高尾山にトンネルを掘るのをストップさせたりするなら、良しとしようか。
参道がラッシュの山なんて、良い所とは言えないよな。
山頂が満員で入れないそうだよ。

展望台から地上に降りると、建物内で迷ってしまった。出口を出ればいいというもんではない。バスが止まっている所に出なければならない。
集合時間が迫って焦っていたら、さっきのオーバーアクションのエレベーター係さんを発見!
そう、この出口よ!
というわけで、無事バスに乗れたのでした。


まだまだ続く。
この時点でAM10:05。
年内に書き終わらないかも~。(笑)


そういえば、世はクリスマスイブなのね。
デパ地下に入ったら凄い人で、くらくらしました。さっさとケーキを諦め、退散。


メリークリスマス!!

言葉の洪水

2008-12-23 00:25:04 | Weblog
12月20日 ライブ22 渋谷アピア

青木研治

正直な感想を言えば、多少聞き疲れをした。
何しろ1時間以上、言葉の洪水だったのだ。
やる方があれだけ真剣なら、こちらも真剣に聴かざるをえず、必死に言葉を捕らえようとするのだから、少々疲労もするわけだ。
難を言えば、1時間強、音が鳴り続けていた事かな。沈黙や静寂がもっとあってもよかったかもしれない。彼なら立っているだけでも絵になる`役者´だ。
詩を語るスピードの緩急も少なかったしね。スピードの遅いものがもう少しあれば、同じ作品での流れでも、大分聴きやすかったろう。
ステップを踏み続けていたのも、もうちょっと加減してもよかったのではないか?そのステップの意味をもっと明確にするとか、パントマイム的要素を取り入れたりすれば、更に面白いステージになるに違いない。


しかし。
しかし、やはり凄い!
ここまでに記したのは、単なる観客の気軽な感想だが、やる者として考えれば、あれだけの量の言葉と格闘し、最後までテンションを保ち続けているのは並大抵ではない。
最後の方は、もう気持ちが先に行ってしまって口が追いついていかない感じだったけど、それがかえって思いを伝えていて、迫ってくるものがあった。
本人にも言ったが、一番よかったのが全てが終わった後の映像。
何でも、山手線一周ライブというのをやったそうで、山手線の各駅や電車の中でまで詩の朗読をしている姿が、幼い頃や家族の写真と共に映され、`補欠合格で生まれた´彼が、今、ここにこうしていること、ここまでになるまでに、どんなにか苦労して芸を磨いてきたか、感動的に伝えていた。

この人のステージには`甘え´がない。
表現にこだわり、芸を磨き、志高く前進する。
その彼の歴史と未来が、`青木研治´というジャンルを確立し続ける。
そして、このジャンルは、確実に進化を続ける。
まだまだ`糊しろ´があるのだ。




ライブ22の後、何だか妙にテンションが上がってしまった私は、この日の夜の部に出ていた高井つよし氏の打ち上げに着いて行ってしまい、朝帰りをしてしまったの。
高井つよし氏は、自らを`糊しろがあると言われる´と語っていた。
近々、拝聴できる日を楽しみにしていますね!

東京をめぐる その1

2008-12-21 07:00:51 | Weblog
〈むせかえる、女のかおり〉


何にもしたくない、というよりは、何か違うことしたい!
音楽じゃないこと。

なんにしろやりすぎである。
しつこいが…

もぉ~、嫌!
って、このタイミングでなるのは分かっていたので、`何か違うことしたい´欲求を満たすべく、以前より予約しておいたのだ、東京・横浜ツアー。
生協の案内に載っていたもので、母子してそれぞれ行く気になっていたのが判明し、一人11,000円。
さぁこれは高いのか安いのか…


19日の朝、7:55発の電車に乗る。
久々の通勤ラッシュ時。
この時間の電車は、新宿まで、昼間より20分近く長くかかる。私はともかく、母をそんな電車で立たせるわけにはいたないので、15分も前にホームに着いて、朝の寒空の下、一番前の車両に並んだ。
本当に久しぶりの朝のこんな経験だ。
たまの事なら、清々しいなどと思いつつ、首尾よく座れたはよかったが…
座った途端、あまりのことに仰天する。



臭っ!

なんだ、この臭さは!!



さて問題です。
この`臭い´の元は何でしょう?



答え。
化粧品。




先も記したように、朝のこんな時間に電車に乗るのは久しぶりで、朝の通勤ラッシュ時に一番前の車両が`女性専用´になってから乗ったことがなかったのだ。乗ってから、あぁそうだったと気がついたのだが、まぁ、あっちでもこっちでも、そっちでも向こうでも、カチャカチャ音を立てながら、老若女女がお化粧の真っ最中なんである。

わかるよ、わかる。
気持ちも事情もわかる。
かつて若かりし頃、朝の化粧の時間は1分が貴重な出掛けに、いかに幅を効かした`もったいない´時間であったか、私だって経験している。
しかし!


私を直接知る方はご存じと思われるが、私は体質上の問題があり、現在化粧というものを全くしていない。化粧品に含まれる香料の類もNGであるので、長年化粧品の匂いというものを日常的に嗅いでいないのだ。その上、鼻も悪いので、人一倍過敏なのは自覚している。
が、しかし!

これはひどい!!



以前にも女性専用車両の過激な風景を、ここに作文したことがある。
帰りのラッシュ時、異性が全くいない車両の中で女達は、ちょっとしたことに舌打ちをし、行いも荒々しく、やはり男と女は共にいてしかるべきと感じたのだが、仕事(或いは遊び)の帰りの疲労により感情がむき出しになる帰宅ラッシュだけでなく、朝まで女は慎みを失っているわけだ。
老若女女共にだ!

いかん!
電車で化粧をしていいのは、若い子だけだ。
おばさんはいかん!
おばさんの一人としてご同輩に訴えたい。
若いなら可愛いのだ。
あらもう、みっともないわ、おバカな子ね!で済むのだ。
そう思って若い子をたしなめるべき大人の女が、同じことをしてどうするのだ!?

以前にも、おばさんは電車で化粧するべきではないと、やはりここに作文した。あの時は一人だった。下地から作っていて本当に驚愕したが、いつからそれは、当たり前になったのだ?
赤信号は確かに、みんな渡れば恐くないが、女の集団化粧は恐ろしい。ましてやおばさんの化粧の全工程の公開は、もはや犯罪の域だ、ご同輩!

慎みを持って自宅で化粧を済ませてきた女性達も、化粧したてであるからして、いつもより長い新宿までの車中、むせかえる女のかおりで軽く酔いを感じ、新宿に着くまでに、かなり疲労してしまう私であった。

そんな女のかおりを持てない自分に、いくばくかの悲しみを感じ、また、ステージでガアガア歌う自分に、慎みを語る資格があるのかと思いつつ…


続きは、また後日。

答え

2008-12-20 13:48:58 | Weblog
サンタさんの`ヒゲ´です。

ご本人が何か分からず購入されて、初め頭につけてみたり笑かしてくれました。
肩に取り付けた時には、もう少し小ぶりだったのですが、ライブの時にはだいぶ時間がたっていて、重力の成せるわざで大分ひらひらと広がっていましたね。
こういうものが似合うのは、さすがの実力と褒め称えておきましょう!

私は、ドラム椅子に座って、前を向いて歌う時は、お尻をくるんくるんしないように気を付けようと反省しました。
私はライブでよく、ピアノの前から立ち上がってステージを歩き回ったりするのですが、ちょっと前まで椅子がよく回らず、立つ時に難儀しておったのです。まりえちゃんにそれを言ったら、くるくる回るようにしてくれたのでした。
あの日も、回るようにしておくね~!と言ってくれて、そうしてもらったのですが、カワカミさんが痛む腰をおして踏ん張っているのに、私は気軽にくるんくるんしていて、大変申し訳ないと映像を見て反省した次第です。
はい。

ライブ映像

2008-12-18 01:48:32 | Weblog
ってのは、あんまり見るの好きじゃないんですが、、、
たいてい物凄くがっかりするので、、

まぁ、13日のライブレポに書いた3曲が上がってますので、カワカミさんのブログをのぞいてみて下さい。
派手な衣装で座ってるカワカミさんが鑑賞できます。

足、あんなに開いてたんだ!(笑)
いや、(笑)は、いかん。。。
痛くて閉じれなかったのかもしれん。。。

↑コメント欄から行けます。


さて、見てくださった方に問題です。
カワカミさんの左肩に付いている、白いふわふわは、いったい何でしょう?


めぐりあわせ

2008-12-16 01:46:00 | Weblog
最悪の場合、`田中眞紀子、カワカミアラタを歌う´になるかと覚悟した。
普通のバンドならドタキャンであろうが、`カワカミアラタwith田中眞紀子’では、ドタキャンが許されるのはカワカミさんだけだよなぁ。絶対何かやれって言われるよなぁ。
で、前日の夜、ちょいと練習してみたが、人の歌は歌いにくいこと!付け焼き刃じゃ無理だよなぁ。
でもやるっきゃないなぁ。
と、一人相撲的妄想に揺れる私…

妄想で済んで助かった。当日、カワカミさんから家を出発するとの連絡。
いやまだ安心はできない。来る途中で何が起こるかわからない。ギター抜きとかもあり得る…

ありがたいことに、これも妄想で済んだ。
いや、まだまだ安心できんぞ。本番終わるまで…
リハでグッギリとか、、、

てなくらい、今回はカワカミさんの腰にヒヤヒヤした訳です。
とにかく無事に済んで本当に、本当によかった!


12月13日 渋谷アピア
   カワカミアラタ with 田中眞紀子


<セットリスト>

 1.誰かの一日
 2.逆さ屏風
 3.踉めきの骨
 4.悲しみの雨
 5.誰のせい

最初は11月の半ば、チャリに乗るとき、相当強烈なのをグギッとやったらしい。
その後もう1回やって、ライブの1週間前、くしゃみしてグギッ、、とのこと。
最初のグッギリの後の練習で、座りで歌うことにした。彼は立って歌うと暴れるので、座ることで強制的に大人しくせざるをえないようにした方が、身体にも歌にもいいだろうとの判断。

「逆さ屏風」はベース抜きでやったことがない。ベースラインを真似てピアノで弾いてみたが様にならない。
で、キイを変え、リズムを変え、ついでにボーカルも取っかえて私がメイン、カワカミさんがコーラス。
これは面白かったね!アピアパパにはすこぶる好評で、「なぜ自分のライブで、ああいう風に歌わないんだい?」と非常に困る褒められ方をした。

「誰のせい」は、これまたとんでもない変拍子もので、しかも時と場合によってカワカミさんの弾き方が違うのだ。だいぶ整えてもらったが… 
ただ、このご本人もよくわかっていない変拍子がカワカミサウンドの最大の特徴であり、これを`変でない’拍子に変えると案外つまらなくなってしまうのに私は気が付いているので、ピアノを弾くのをパス。ピアノはとても合わせられないが、歌だけなら時と場合によって違っても、0コンマ数秒で追いつける。
まだこんな名曲を隠し持っていたかと尊敬ものの楽曲である。

しかしなんといっても今回のメインは「悲しみの雨」だ。
雨音のSEを用意するという、彼としても初めての試み。
6月に亡くなったのりこさんに捧げる歌。
セットリストは彼女に対するレクイエムとして組んだといえる。暗すぎるので他の曲を差し込むことを提案したが、時間もオーバーするし、この雰囲気で行きたいのだとのことだったので、今回は素直に(?笑)カワカミさんに従った。


聞いて頂いている方々には、我々のライブは重すぎただろう。観客との空気の共有感は大切だ。
しかし実際、あまりにも重く苦しく悲しい出来事であるし、さほど近しくない私ですら、ショックでどうしようもない時期があったし、ましてやカワカミ氏の受けた衝撃は推し量るのも難しい。
そういう思いを吐露する、非常に個人的なライブが、時にあってもよいだろうと思うのだ。


のりこさんが亡くなったあの日、客席にはアオケンがいた。そのアオケンが、我々の出番直前にひょこっと顔を出した。「眞紀子さん、ライブですか。なら聞いてこ!」

1年半くらい会ってないクニちゃんが、リハ前に突然、今日眞紀ちゃんが出るなら見に行くとメールをくれた。

ライブが終わってコーヒーを買いに出たら、引っ越して行ったきり会ってないオグちゃんとばったり再会した。

衣装制作者のリンダさんがお子さんを連れて来てくれた。
1年数ヶ月前、カワカミさんのステージに上がっちゃいそうに客席をパタパタ走っていたお嬢ちゃんは、良い子でちゃんと座って聞いてくれるほどお姉ちゃんになっていた。
そうだ、この前リンダさんが来てくれた日に、我々のバンドは結成したんだっけ。

1月の前橋に来てくれた椿さんも、美味しいお蕎麦を持って新潟から駆けつけてくれた。
2月にはのりこさんも来てくれたんだ。
リンダさんと3人で会えたら、どんなによかっただろうね。


今年最後のライブで、なんだか私の中の色んなめぐりあわせを感じることとなったのだった。



生きて行こうよ

これからも
それぞれに


そしたら 
こんな素敵な日が
きっとまた
めぐってくる
日々の苦しさなど
霧が晴れるように消えてしまう
こんな素敵な日が
またきっと
めぐってくるよ

ねぇ
生きていれば
いいんですよ
あなたがいるということが
わたしにとって
なにより尊いものなんだと
もうとっくに思い知っているんです



P.S.

この日のカワカミさんの衣装は、もんの凄い派手でしてね。
それを目の当たりにした時は、一人爆笑が止まらなくなってしまいました。
大体この衣装の横に、どうやって居りゃあいいんでしょうかいな!?
と、クリスマスにしか売ってないという、つまりはツリー用のピカピカしたお星様の飾りをグルグル巻かれまして、私も結構な派手さになってしまいました。

まぁ、楽しいといえば、楽しいやね!




29

2008-12-15 11:34:00 | Weblog
今年やったライブの本数である。
日数は27なのだが、前橋は2回ともカワカミユニットと自分のダブルだったので、本数は29となる。
なんにしろ、やりすぎである。

来年は、なるべく過密にならないようにしたいので、既にお断りしたオファーもある。もったいないし残念だが、断る勇気も必要だろう。新しいこともしていきたいので、その準備の為にも時間や精神的余裕が欲しいのだ。

しばらく`何にもしたくない病´にかかるだろう。
その後、ここのところの佐渡山サウンドとカワカミサウンドに侵食された私の体内に、自分の歌を取り戻すのだ!


現在、出勤車中で新ケイタイの練習中。
ライブレポは、やっぱりパソコンのが早いや。

音楽漬けの夢のような日々は終わり、超現実のつまらん仕事が待っている。
それも`気分転換´に良しとしよう。