私のCDのジャケット、荒居依良の絵のタイトルである。
「ニライカナイ」
沖縄の言葉で‘理想郷’というような意味あいであるようだ。
6月23日は沖縄慰霊の日。
昨年からこの日に、色んな場所で同時に、沖縄について考え、その歴史を忘れない為のコンサートをやろうというイベントが、新宿ネイキッドロフトの若い店長の発案で催されている。
昨年に続いて、ネイキッドロフトのライブは佐渡山さんであった。
オープニングアクトは藤木勇人さん。
沖縄のスライド写真を見せながら、沖縄の人々の暮らしを愉快に語ってくれた。
悲しみや苦しみを文化の力で、生きるエネルギーに組み込み明るさに変換させていく逞しさ。
私の「乙姫と白百合の記憶」の歌詞に‘逞しく’という言葉を佐渡山さんから貰ったが、藤木氏の軽妙な語りを聞きながら、なるほどと納得した。
基地の中のフリーマーケット。
売っていいのはアメリカ側だけ。日本人は買うだけ。
でも盛況なフリマを見てどうしても売りたい沖縄人は、基地のフェンスの外側にズラリと商品を吊して商売してる、とか。
基地のフェンスに近い隅っこの土地なら、ちょっとくらい使っても黙認されるらしく、そこで野菜を作って、フリマで基地の入口の外で売る、とか。
いずれにしろ土地建物の資金0だから(笑)、非常に儲かってるそうである。
こういう沖縄の人々を怒らせるのだから、相当なものなのだ、ここんとこのは!
先日の中目黒楽屋でご一緒した古我地さんも1曲飛び入り。ミルクの缶で作った三線で、涙を流しながら染み入るように歌った。
佐渡山さんのサポート、この日は元頭脳警察コンビ。ギターの勝呂さんとベースの正夫さん。
佐渡山さん以外は、不謹慎にも本番前に飲みに行っちゃってて、本番直前にネイキッドロフトの窓から見える、帰って来る面々のお姿の中に、あらまぁ石塚俊明さんが!
ラストの「ドゥチュイムニー」に、鞄をぶら下げたままタンバリンで参加されておられました。(笑)
二人の渋いサポートに乗せ、マイクにかじりつきながら、沖縄の怒りを一言一言押し込むように歌う。佐渡山さんが歌うのをこれだけ間近で見るのは一年ぶりだ。
大きな身体を小さくたたむようにして、トシさんが参加した(笑)その「ドゥチュイムニー」に、なんと!
ひょいと「ニライカナイ」という言葉が飛んできたのだ。
えっ?と思った。
実は私は「ドゥチュイムニー」の楽譜を持っていない。
佐渡山さんの楽譜というのは、以前にも書いたが、A3の紙にびっしりと書かれた歌詞の文字の合間をぬってコードが振られていて、我々サポートメンバーはその歌詞を追いながらコードを弾いていく。
時々抜かしたりするので、やっかいなのだ。
去年沖縄でのライブでは、歌詞を沖縄弁で歌われて、どこをやってるのかわからなくなりパニクったりした。
ところで「ドゥチュイムニー」は、曲の構成が簡素であるし、その時々で歌う箇所が違うし、何しろ矢のように‘間奏を弾け’攻撃が降って来るので、楽譜を見る暇がないというか、必要がないというか。
で、頂いてなかったのである。
ライブ終了後、私のCDのジャケットが「ニライカナイ」という題だと佐渡山さんに話し、「ドゥチュイムニー」にその言葉が入っているのを知らなかったと言うと、
「そうだったか。なにしろ歌詞が58番まであるからなぁ。」
今度「ドゥチュイムニー」の‘楽譜’を‘一式’頂くことにした。(笑)
私のブログを読んでくれていて、喉にいいからと黒糖蜜をくれた。う~ん、喉…
気管支と喉は同じかしら。
でもお土産も心遣いも嬉しくて喜んでいたら、
「あぁ、まきちゃん、夏休みは無いから。」
と8月17日の出動命令を受ける。
おまけに12月7日のトラトラの出動命令も頂いた。
とっても嬉しくって、大きな溜息が出た。
夏休み…(涙)
え~、各方面の方々へ。
私は今後、健康上の理由から、ライブは月に2つまでと決めました。よってカワカミユニットの年間スケジュールが既に入っている為、12月は打ち止めであります。
自分のも出来やしないわ。
あぁ、今年も終わるのだわ…
理想郷など、一体どこにあるのだろう。
未来に、人生に、暮らしの中に、社会の中に、この地球の中に。
絶望渦巻く私の生きる世界では、探しても探してもその手を擦り抜ける。
理想郷なるものは。
ピアノの前に座り声を出して歌い出すと生まれ、終われば消える、私の小さくほのかな理想郷を、持ち合わせる幸福を悲しく噛み締める。
私が幸福でいる時、誰かが悲しみの中で消えてしまう、絶望渦巻くこの世界で。
「ニライカナイ」
沖縄の言葉で‘理想郷’というような意味あいであるようだ。
6月23日は沖縄慰霊の日。
昨年からこの日に、色んな場所で同時に、沖縄について考え、その歴史を忘れない為のコンサートをやろうというイベントが、新宿ネイキッドロフトの若い店長の発案で催されている。
昨年に続いて、ネイキッドロフトのライブは佐渡山さんであった。
オープニングアクトは藤木勇人さん。
沖縄のスライド写真を見せながら、沖縄の人々の暮らしを愉快に語ってくれた。
悲しみや苦しみを文化の力で、生きるエネルギーに組み込み明るさに変換させていく逞しさ。
私の「乙姫と白百合の記憶」の歌詞に‘逞しく’という言葉を佐渡山さんから貰ったが、藤木氏の軽妙な語りを聞きながら、なるほどと納得した。
基地の中のフリーマーケット。
売っていいのはアメリカ側だけ。日本人は買うだけ。
でも盛況なフリマを見てどうしても売りたい沖縄人は、基地のフェンスの外側にズラリと商品を吊して商売してる、とか。
基地のフェンスに近い隅っこの土地なら、ちょっとくらい使っても黙認されるらしく、そこで野菜を作って、フリマで基地の入口の外で売る、とか。
いずれにしろ土地建物の資金0だから(笑)、非常に儲かってるそうである。
こういう沖縄の人々を怒らせるのだから、相当なものなのだ、ここんとこのは!
先日の中目黒楽屋でご一緒した古我地さんも1曲飛び入り。ミルクの缶で作った三線で、涙を流しながら染み入るように歌った。
佐渡山さんのサポート、この日は元頭脳警察コンビ。ギターの勝呂さんとベースの正夫さん。
佐渡山さん以外は、不謹慎にも本番前に飲みに行っちゃってて、本番直前にネイキッドロフトの窓から見える、帰って来る面々のお姿の中に、あらまぁ石塚俊明さんが!
ラストの「ドゥチュイムニー」に、鞄をぶら下げたままタンバリンで参加されておられました。(笑)
二人の渋いサポートに乗せ、マイクにかじりつきながら、沖縄の怒りを一言一言押し込むように歌う。佐渡山さんが歌うのをこれだけ間近で見るのは一年ぶりだ。
大きな身体を小さくたたむようにして、トシさんが参加した(笑)その「ドゥチュイムニー」に、なんと!
ひょいと「ニライカナイ」という言葉が飛んできたのだ。
えっ?と思った。
実は私は「ドゥチュイムニー」の楽譜を持っていない。
佐渡山さんの楽譜というのは、以前にも書いたが、A3の紙にびっしりと書かれた歌詞の文字の合間をぬってコードが振られていて、我々サポートメンバーはその歌詞を追いながらコードを弾いていく。
時々抜かしたりするので、やっかいなのだ。
去年沖縄でのライブでは、歌詞を沖縄弁で歌われて、どこをやってるのかわからなくなりパニクったりした。
ところで「ドゥチュイムニー」は、曲の構成が簡素であるし、その時々で歌う箇所が違うし、何しろ矢のように‘間奏を弾け’攻撃が降って来るので、楽譜を見る暇がないというか、必要がないというか。
で、頂いてなかったのである。
ライブ終了後、私のCDのジャケットが「ニライカナイ」という題だと佐渡山さんに話し、「ドゥチュイムニー」にその言葉が入っているのを知らなかったと言うと、
「そうだったか。なにしろ歌詞が58番まであるからなぁ。」
今度「ドゥチュイムニー」の‘楽譜’を‘一式’頂くことにした。(笑)
私のブログを読んでくれていて、喉にいいからと黒糖蜜をくれた。う~ん、喉…
気管支と喉は同じかしら。
でもお土産も心遣いも嬉しくて喜んでいたら、
「あぁ、まきちゃん、夏休みは無いから。」
と8月17日の出動命令を受ける。
おまけに12月7日のトラトラの出動命令も頂いた。
とっても嬉しくって、大きな溜息が出た。
夏休み…(涙)
え~、各方面の方々へ。
私は今後、健康上の理由から、ライブは月に2つまでと決めました。よってカワカミユニットの年間スケジュールが既に入っている為、12月は打ち止めであります。
自分のも出来やしないわ。
あぁ、今年も終わるのだわ…
理想郷など、一体どこにあるのだろう。
未来に、人生に、暮らしの中に、社会の中に、この地球の中に。
絶望渦巻く私の生きる世界では、探しても探してもその手を擦り抜ける。
理想郷なるものは。
ピアノの前に座り声を出して歌い出すと生まれ、終われば消える、私の小さくほのかな理想郷を、持ち合わせる幸福を悲しく噛み締める。
私が幸福でいる時、誰かが悲しみの中で消えてしまう、絶望渦巻くこの世界で。