Music from Gen-dai

お気楽色の僕らのBlue

見えない壁

2009-10-31 00:08:23 | 日記
この世の中にはなくてもいいしがらみが多数存在する。

資本主義の世の中ゆえ仕方がないこととはどうしても割り切れない。



こと芸術に関して、そのようなしがらみはあって欲しくないものだが

権利関係の絡みからか、本当に素晴らしい作品が日の目を見る事無く埋もれて行くのは

どうも堪え難い事である。




やたらとリイシューされたりリマスタリングされたりする作品がある。

もちろん名盤と呼ばれるものにはそれなりの価値があり、時代の流れに即して

様々な形で継承して行く事は大切であろう。

ただ過度な商売気を感じてしまうのはうんざりである。



CDの売れなくなった昨今なかなか難しい事かもしれないが、本当に素晴らしい作品を

埋もれたままにしないで欲しいと思う。





Joe Cockerの「Stingray」

Stuffの面々がバックをつとめる多々ある作品の中でも軍を抜いた完成度の作品である。

Joe CockerのVocalもこれ以上にない表現力である。

Bobby Charlesのカバー「Jealous Kind」はまさに本歌取りの一曲。

こんな素晴らしいアルバムも2009年10月現在高額な中古品以外では手に入らないらしい。





しがらみという見えない厚い壁をつらぬいて、是非世の中へと鳴り響いてほしい。

僕の所有する貴重な一枚は今夜も心に鳴り響いている。




















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メガネ

2009-10-30 00:01:54 | 日記
ある時期から視力が衰えたこともあり、メガネを常時かけるようになった。

きっかけはとある老舗のメガネ屋でのこと。



接客をしてくれたのは、若いスタッフ。

非常にスマートな応対であった。

ただそれ以上に、視力測定、度数調整、フィッティング等をしていただいた

かなり、お歳をめされたベテランのメガネ職人さんの仕事ぶりに感銘を受けた。

それ以来、数年間は毎年のようにメガネを新調した。

今僕の手元には10本以上メガネがある。

今では視力の為というよりも、顔の一部になってしまっている。





そんな訳でメガネを常時かけている人には親近感が湧いてくる。






John Sebastianの「Tarzana Kid」





Little Featの「Dexie Chicken」などのアクの強い曲も、彼にかかれば

非常にリラックス感のあるマイルドな曲に仕上がっている。





彼の歌はよく「グッドタイムミュージック」と称されることがあるが、

メガネをかけたその風貌がその一因を担っているのではなかろうか。






少なくてもメガネ派の僕はそう感じながら「Friends Again」を今日も聴いている。













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変えられないもの

2009-10-29 00:19:46 | 日記
別に転勤族と言う訳ではないが

今まで四国、近畿、九州と三つの地方で暮らしたことがある。

そういう意味では、日本における「Westerner」と言えるだろう。



特に一番多感な20~30代を近畿、九州で過ごしたことは非常に意義あるものであったと思う。




離れてみて初めて分かることがたくさんあった。

自分が当たり前に思っていることが、所違うと当たり前ではなかったりした。

新しい刺激を通して変わったものと、

逆にどうしても変わらないもの、いや「変えられないもの」があった。




そういった経験を通して、故郷に戻ると今まで以上に故郷の良さも分かった。



音楽も、様々なジャンルを経てそれぞれの良さを知ると見えてくるものがある。

いろいろ寄り道をしても結局帰ってくるところがある。

それが本当に僕の落ち着く場所なのだろう。





ただまだまだ落ち着くには早すぎる。

音楽に対する様々な探究心は今後も落ち着く事なく続いて行くだろう。




スピーカーからはTom Waitsのしゃがれた声

時に優しさとスリリングさの二面性を兼ね備えたピアノ

乾いたトランペットの音

が鳴っている。





秋から冬にかけて、いつも変わる事無くここに戻って来る自分がいる。


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隙間の美学

2009-10-28 00:03:29 | 日記
ギターを初めて手にしたのが16歳の頃。


なにげにコードストロークが出来るようになった頃には作曲に興味を持つようになった。



小さな頃から歌謡曲が大好きであった。

幸い70s~80sには今と違って、素敵な歌が周りにあふれていた。

何曲かを弾き語りして行くうちに、コードのつながりや響きにさらに興味をもった。

何とか自分の頭の中に浮かんできた曲を、形にして残したいと思った。




大学で神戸にいた頃に録音機材を買い込み、初めて曲を形にして行った。

作曲の楽しさと同時に「編曲の大事さ難しさ」を知る事となった。

メロディを生かすも殺すの編曲次第。

ドラム、ベース、鍵盤、ホーンと欲張りな僕は何かと音を詰め込みたがった。

出来る事をすべて見せたかったのだろう。





数年前実家の片付けをしていた際に、当時のテープを見つけて聞いた。

とても外に出せる代物ではなかったが、いろんなことがこなれた今よりも

必死さが伝わるものではあった。





「エモーショナルな部分は残しつつ、的確な音をチョイスしてまとめあげる。」

これこそがプロデュース作業。

このことに気がつくのには時間がかかった。

音の「足し算」だけでなく、いかに上手く「引き算」をするか。

名プロデューサーはそのあたりのさじ加減が絶妙である。




ニューオーリンズが誇る名プロデューサー「Allen Toussaint」

彼の作品群を聞くと、

ともすれば「音の洪水になりかねないニューオーリンズのごった煮サウンド」

を「音の隙間」さえ見せつつまとめあげている。






この「隙間の美学」を片時も忘れずにいたいと思う。

















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いつの日か

2009-10-27 00:21:42 | 日記

福岡から故郷に戻って来た頃、何年かぶりにバンド活動を再開した。

最初にスタジオに入り4人で音を出した瞬間、今までにはない確かな手応えを感じた。

バンド結成一ヶ月で、初のライブは、とあるコンテストのステージだった。

福岡で5年間蓄えた音楽を自分なりに消化して、二曲のオリジナルを作った。



結果、人生初めての「グランプリ」なるものを獲得した。

自分の作った曲や演奏が他人に認めてもらえることを知った貴重な経験だった。



その後、メンバーチェンジを経ながら、オリジナル曲を作って京阪神のライブハウスにも演奏に行った。

まったく見知らぬ人ばかりの前で演奏する緊張感と気持ち良さの両方を学んだ。

永遠にどんな形であれ、音楽を続けて行きたいと思った。



が、あることをきっかけにバンド活動を辞める事となる。

あんなにのめりこんだ音楽を一旦停止する事となる。

ただその結果天職とも思える今の仕事に就く事となった。

人生の流れというものは本当に分からないものである。



それから6年。

「いつの日か」音楽を再開したいとずっと思っていたがなかなか出来なかった。

きっかけは、もうすぐ2歳になる息子が作ってくれた。

彼の誕生までの間に、記念となるアルバムを作る事を決意した。

毎日仕事の合間をぬってのレコーディング。

苦手な歌詞もなんとか書き上げ彼の誕生の半月前にアルバムは完成した。




「いつの日か」彼が音楽を好きになったら、このアルバムの曲をセッションしてみたいと思う。





アルバム作成時によく聴いていた曲がダグ・サームの「someday」

きっと「いつの日か」が実現することを願いながら今夜は眠りたい。
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