廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

サックス奏者としてのテオ・マセロ

2018年11月24日 | Jazz LP (Prestige)

Teo Macero / TEO  ( 米 Prestige PRLP 7104 )


プロデューサーとしてのテオ・マセロについては既に語り尽くされている感があるけど、サックス奏者としての彼の姿はどういう訳かまったく見えてこない。
彼自身は自分のことを音楽プロデューサーではなく作・編曲家だと思っていると語っているが、その基盤になっているのは1人の演奏家としての自分だったはずだ。
ただ、彼は演奏家として成功したいという欲求がさほど強くはなかったようで、ジュリアードに通ったのも徴兵から逃れるためだったし、入学したらしたで
クラシックよりもポピュラー音楽に夢中になったり、と自分の置かれた環境と自身の興味が大抵の場合乖離状態にあった。 こういう生き方をしていては、
その道で成功するのは土台無理な話なのであって、彼のサックス奏者としての姿が蜃気楼のようにぼやけてしか見えないのはこの時期の彼自身の
アンビバレントさが原因だったのではないかという気がする。

ミンガスとの録音では夜の咆哮を想わせる深い音色だったが、このリーダー作では演奏スタイルを180度変えてまるでウォーン・マーシュのようなプレイをしており、
同一人物には思えない。 マル・ウォルドロンの寡黙なピアノ、テディ・チャールズのひんやりと冷たいヴァイブが響く静かな空間の中をのっそりのっそりと
ゆっくりしたテンポで音楽が進む。 この独特の雰囲気は、マイルスの "Blue Moods" そっくりだ。 けたたましく激しいハードバップが全盛の最中で、
この音楽はとにかく異質に聴こえただろう。 

でも私はこのレコードが結構好きで、折に触れてよく聴く。 この音楽には、どこかはわからないながらも惹かれるところがある。 掴みどころがないようでいて
それでも心に残るものを創っているところに、音楽家としての非凡さがよく表れていると思う。 自身での進路選択後の大成は何も不思議なことではないのだ
ということが、これを聴けばよくわかるのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする